第4話

 胸の奥がザワザワする。

 僕に言いがかりをつけてきた今朝の……


「松宮、行こうぜ」

「え?」

「朝の奴かもしれない。今後のためにも話をつけるんだ」


 話をつけるってどういうこと?

 校則違反がイメージさせるのは不良少年。平和なクラスにやってくる問題児。

 和也は僕達に絡んでくるなってことと、クラスで騒ぎを起こすなってことを転校生に言うつもりなのか。

 雅先生は迎えに行けって言ってるだけだし無理に関わらなくても。


「和也、トラブルはまず」


 僕の話を聞き終えるより早く和也は席を立った。和也は出会った時からこうだ。思ったらすぐ行動の熱い心の持ち主。……悪く言えば瞬間湯沸かし器。


「先生、僕と松宮が行って来ます」

「和也ってば」

「立てよ松宮」


 和也が言うことには逆らえない。

 気の重さに包まれながら席を立つと、雅先生は文句無しと言わんばかりにうなづいた。


「待って先生、私とくるみもっ」

「あっ彩音ちゃん‼︎」


 続けて響いた彩音と佐藤の声。

 椅子が動く音に目を向けると、満面の笑みで彩音が立っている。あいつ、授業をサボりたいだけじゃないのか?


「先生が叱るってことは、よっぽどの困った君じゃん。岡部君と松宮君だけじゃ頼りないからさ」

「宮野と佐藤もか? 宮野は喧嘩っ早そうだし迎えには……とは言え、名乗り出たのを断るのも」

「なら先生、じゃんけんで決めたらどうですか?」


 田宮の他人事ひとごとな提案が、教室に呼ぶざわめきと僕の呆れ。

 こんな時、1番に動くのは学級委員長じゃないのか? 和也より早く『行く』って言ってくれてたら。

 今からだって遅くないんだ。『みんなの代わりに僕が行きます』って、言うべきじゃないのか学級委員長‼︎


「ほらくるみ、岡部君とじゃんけんだよ。私は松宮君とね」


 彩音は田宮の提案をあっさり受け入れている。あいつ、授業をサボるためならなんでもありなのか? そういえば、女子のフルネームを知ったのは佐藤以来だな。


「じゃんけんって。いいんですか先生?」

「問題はない。勝ったふたりが迎えに行くとしようか」


 和也の問いかけと雅先生の即答に、力が抜けていくのを感じる。雅先生まで彩音に流されるなんて。


「くるみ、席を立って」


 ざわめきを遮るように彩音の声が響く。

 和也と席を立った佐藤が向き合った。アバウトな雅先生と、他人事ひとごと学級委員長により始まったヘンテコじゃんけん対決。


「それじゃあ、佐藤さんいくよ」

「うん」

「じゃんけん‼︎」


 和也がグーで佐藤がパー。

 和也が唇を噛み締めたのは、転校生と話をつけ損ねた悔しさだろうか。僕としては、トラブルを避けることが出来てひと安心……なんだけど。


 木野瀬ブン太。


 僕が今朝出会った生徒だとしたら。

 あいつ気が強そうだし佐藤で大丈夫かな。睨まれただけで何も話せなくなるんじゃ。


「由希君、くるみちゃんを気にかけてくれた‼︎ ボク嬉しいなぁ」


 黒うさぎの可愛らしく弾む声。

 ほんと、佐藤のことになるとすぐ反応するよな。


 ——不安になっただけじゃないか。お前だって見てただろ、僕が今朝 木野瀬あいつに突き飛ばされたのを。


「だからだよ由希君。不安は心配の裏返しなの‼︎ 由希君、ちょっとだけ優しくなれたね‼︎」


 ——うるさいなぁ。お前、なんで佐藤のことばっかり言ってくるんだよ。


「秘密。由希君は激鈍君なのだ‼︎」


 なんだよそれ。

 わからないことと鈍さは違うだろ。

 佐藤が考えてることも、黒うさぎが言いたいこともわからないから聞いてるってのに。

 ヘンテコうさぎはとんだ捻くれ者だ。


「私とのじゃんけんだけどさ、松宮君が勝つまで続けていい?」


 僕が勝つまでって彩音の奴、授業をサボる気満々だな。

 僕が勝っても、上手いこと言ってじゃんけんを繰り返す気だろ?

 雅先生は授業の準備を進めていて、黒板から木野瀬の名前が消されている。


「由希君、じゃんけん一回で終わらせたい? だったらグーを出して? 彩音ちゃんはチョキを出すから」


 ——チョキ? お前、彩音が考えてることわかるのか?


「違うよ。ボクは彩音ちゃんに、チョキを出す魔法をかけるだけなの」


 ——魔法?


「うん。ボクが由希君と話せることも魔法だよ。ボクが由希君を知ってるのも、八重ちゃんがくれた魔法だね」


「じゃんけん‼︎」


 教室に響いた彩音の声。

 黒うさぎに言われるままグーを出し、彩音がチョキを出したのが見えた。

 僕がすぐに勝って悔しがるかと思いきや。彩音は嬉しそうに笑って佐藤に手を振っている。


「先生、困った君を迎えにいくの、くるみと松宮君。行ってきなくるみ‼︎」


 佐藤の顔が赤くなったのは、みんなに見られている恥ずかしさからか?

 彩音にうなづいたような素振りを見せ、佐藤が近づいてきた。


「……由希君」


 消え入りそうな佐藤の声が、ざわめきの中染み入るように聞こえる。

 名前を呼ばれたことへの苛立ち。

 それより強く僕を包むのは、木野瀬ブン太と対峙することへの緊張。


「松宮、私の授業が終わるまでに転校生を連れてくるように。次の授業は鬼の上島かみしま先生だからな。遅れると、お前と佐藤に雷が落ちるぞ」


 笑いとざわめきの中雅先生の授業が始まった。

 佐藤と肩を並べ教室を出る。

 廊下の静けさに包まれながら、長い廊下を歩きだした。授業中の教室を、通り過ぎるうしろめたさと緊張の中、向かうのは屋上に続く階段。

 窓の外に見える体育館と校庭。

 晴れた空と小さな雲の群れ。


「びっくりしたね。転校生が来るなんて知らなかったし……こんな形で、由希君と」

「あのさ、佐藤」


 名前を呼ばれる苛立ち。

 黒うさぎとの約束を果たさなきゃだけど、言うことは言っておかなきゃな。

 女みたいな名前。

 親しくもないのに呼ばれるのは嫌なんだ。

 階段を前に足を止めた。


「名前で呼ぶの、やめてくれないかな」


 佐藤の目に寂しげな光が宿った。開かれた唇から漏れた息と、聞き取れない呟き。


「僕達は、同じクラスってだけで親しくはないし」

「……思いだしてくれないのかな」


 佐藤の声に僕は首をかしげ次の言葉を待った。

 思いだすって何を?

 佐藤は何を言ってるんだ?


「私達……ずっと前に会ってるのに。由希君に会えて……嬉しかったのに」

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