第2話

 空を見上げながら考える。回転パズルのことを和也に話そうか、何かがわかるまで黙っていようかを。

 マカロンのように丸みのあるパズルのピース。

 説明がややこしくなりそうだし、わからないことを話しても和也が困っちゃうかな。


「和也、昨日は夢を見たの?」

「見たけど冒険じゃなかったな。……うさぎが出てきた」

「うさぎ?」


 昨日の学校帰り。

 まかろんはうすの前で、踊っていたモコモコうさぎのぬいぐるみと、僕の前に現れた黒うさぎ。

 偶然なのか?

 和也がうさぎを夢に見るなんて。

 足を止めた僕を、和也は不思議そうに見つめている。


「何? どうしたんだ松宮」

「ごめん……なんでもない」


 駆け出すように和也に歩み寄り、僕達は再び歩きだした。


「どんなうさぎが出てきたの?」

「真っ黒な毛のうさぎでさ、可愛かったんだけど……その」


 和也の顔に浮かんだ寂しさ。黒うさぎってのが気になるけどどうしたんだろう。和也のこんな顔を見たのは初めてだ。


「小さい頃、うさぎを飼ってたんだよ。茶色い毛のうさぎで、母さんがウサコって名前を付けたんだ。ウサコが死んで……俺何日も泣いててさ、それっきり動物を飼えなくなった。ウサコのことを思い出して、どんな夢だったのかよく覚えてないんだ。黒うさぎが『はじめまして』って言ってたのは、なんとなく覚えてるけど」

「……そうなんだ」

「ウサコは可愛かったんだぜ。人懐っこくて、俺のまわりをくるくる跳ね回ってさ。はははっ、今の俺みたいだよな」


 和也の顔に笑顔が戻った。人懐っこくて安心出来る僕の居場所。


 和也は僕の話をなんだって聞いてくれる。女みたいな名前が嫌だってことも、話した時笑われるかと思ったけど和也は笑わなかった。

 僕が話し終えたあと言ってくれたんだ。


『気にすんなよ。いつか好きになれる時が来るんだから。俺はいい名前だと思うけどな。……ほら、雪が降ったあとの世界って優しいじゃん。枯れた木も踏み潰された葉っぱも隠してくれる。……早く松宮が、名前嫌いを克服出来たらいいな。名前で呼び合えるの友達1番の最高じゃん‼︎』


 友達という響きが、あの時ほど嬉しかったことはなかったな。和也に出会えてよかった。

 夢の形が違っても、空想世界をわかりあえる和也と今を生きている奇跡。

 名前を好きになれたら、和也は僕を名前で呼んでくれるんだ。


「ねぇ、由希君」


 可愛らしい声が僕を呼んだ。

 黒うさぎの声。

 あたりを見回したが、知らない生徒達の他佐藤くるみと彩音の姿は見えない。


「おはよう。よかったぁ、ボクの声聞こえてるんだね」


 もしかして、黒うさぎは僕を見てるんだろうか。弾む声を聞きながら昨日、踊るように動いてたのを思い出した。


 黒うさぎに聞きたいことがある。

 回転パズルがなんなのか。

 まかろんはうすの中に、八重婆ちゃんの絵が飾られているのは何故なのか。

 黒うさぎと八重婆ちゃんには、どんな繋がりがあるのか。


 ——お前、どうして話せるんだ? うさぎのくせに。


 で問いかけた。和也と生徒達がいる道で、声を出して話しかけることは出来ない。


 誰が信じてくれるんだ。

 喋るうさぎがいるなんて。


「由希君、ボクのお願い聞いてくれる?」


 ——お願い? 質問に答えろよ。お前はなんで話せるんだ。


「聞いてくれるよね?」


 親しげな黒うさぎの声は、僕にちっぽけな苛立ちを呼ぶ。自分の話だけを進めるなんて勝手な奴だな。


 ——ヘンテコうさぎ。お前が言うことなんか聞くもんか。


「そんなぁ‼︎ 回転パズルのこと知らなくていいの? 由希君が聞いてくれなきゃ、ボクも無視しちゃうんだからっ‼︎ 八重ちゃんも悲しむんだからねっ‼︎」


 ヘンテコうさぎのプンスカ怒り。舌ったらずな声で怒られても怖くないぞ。

 けど八重婆ちゃんか。

 八重婆ちゃんが回転パズルに託したものがあるとしたら。僕は知り受け止めなきゃいけないよな。

ポケットの中の、回転パズルを握りしめた。

 

「ねぇ由希君、お願い聞いてくれるんだよね? ……ボクの名前はモカっていうの」


 ——モカ? お前の名前なんてどうだっていいけど、僕へのお願いとどう関係あるんだ?


「あのね、ボクの名前をくるみちゃんに教えてあげてほしいんだ」


 ——名前? ……名前なんて佐藤も考えてるんじゃないのか? 彩音と一緒に、どんな名前にしようか話し合ったかもしれないし。


「くるみちゃんって可愛い名前だよね。ボクはモカって名前が可愛くて大好きなんだ。くるみちゃんがボクをモカって呼んでくれる幸せ……考えただけでワクワクしちゃう。くるみちゃんもワクワクするかな? 由希君とお話し出来たらね」

「え?」


 黒うさぎが言ったことに、僕の口から漏れてしまった声。

 佐藤がワクワクするってなんで? 昨日僕を前に困ってたじゃないか。僕が怒ったと思って顔を真っ赤にして……


「松宮? ……おい、松宮」

「ごっごめん。ちょっと思い出したことがあって」

「ぼけっとするなって。トラブルがあったばかりだろ」


 そうだった。

 染めた髪と金色ネックレスの校則違反。知らない奴にいきなり突き飛ばされた。何処のクラスかわからないし、もう会わないだろうけど。

 それよりも佐藤くるみだ。

 僕が話しかけたら、佐藤はまた困っちまうんじゃないのか?


「お願いしたよ? くるみちゃんにボクの名前教えてね? 由希君も和也君も、ボクをモカって呼んでくれたら嬉しいなぁ」


 ——和也? お前、和也を知ってるのか?


「知ってるよ。由希君の大事なお友達‼︎ だからボクも和也君の友達なの‼︎」


 和也の夢に現れたのはこいつなのか。

 なんなんだこのうさぎは?

 なんのために、僕の前に現れたんだろう。


 並木道を通り過ぎ、通学路を歩く先に校門と白い校舎が見えてきた。


「そうだ、知ってるか松宮」

「何?」

「うちのクラス、転校生が来るらしいぜ」

「転校生? なんで和也が知ってるの?」

「噂だよ。女子連中の」


 休み時間、女子はいくつかのグループに分かれ盛り上がってる。何処にでもいるんだよな、情報を聞きつけてくる奴が。

 

「いつ来るの?」

「噂が本当なら、今日らしいな」

「何処から情報が漏れるんだろ。女子の噂……他のことに力を発揮すればいいのに」


 僕のぼやきに和也は笑った。


 転校生か。

 どんな生徒なんだろう。

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