空想少年由希・不良少年ブン太

第1話

 朝の商店街を歩く。

 シャッターが閉められた店の群れの、殺風景な空気に慣れた登校風景。

 それは昨日まで続いていたありふれたひと時。

 一軒の店の前で足を止めた。


 まかろんはうす。

 ケーキを思わせるクリーム色の建物。


 店の名前はマカロンのような、丸みのある形と淡いピンクとブルーで交互に記されている。

 お菓子の家のようなヘンテコな店。

 閉められたガラスのドア越しに見える店の中。白いテーブルと椅子、カウンター席が飲食店だと僕に告げる。

 壁と床も白で統一されているのは、ホイップクリームをイメージしてるんだろうか?

 そして、壁を彩る八重婆ちゃんの絵。


「夢じゃなかった」


 スーツを着た男が僕を一瞥し通り過ぎていく。ポケットの中の、柔らかいパズルのピースを握りしめた。


 回転パズル。


 丸みを帯びて膨れているもの。

 なんなのかわからないけど、八重婆ちゃんからの僕へのプレゼントであるらしい。八重婆ちゃんとまかろんはうすにどんな繋がりがあるんだろう。

 佐藤くるみが連れていった黒うさぎ。あいつは何かを知ってるのかな。


 見知らぬ女生徒達が、まかろんはうすの前で足を止め興味深げな視線を投げた。


「ここ、学校帰りに寄ってみようよ」

「スイーツの名前も可愛いかもね」

「昨日さ、ぬいぐるみが踊ってたってお母さんが言ってたけど、ここだったのかな?」

「え〜、見たかったなそれ」


 可愛いらしい雰囲気とまかろんはうすという名前。スイーツ命の姉貴が知ったら、毎日通いそうだけどしばらく話さずにいようかな。


 店に入った客は、八重婆ちゃんの絵を見て何を感じ取るだろう。パステルカラーで描かれた、優しさと温もりいっぱいの世界から。

 僕のように、夢を見つけて動きだすきっかけになればいいんだけど。

 八重婆ちゃんの絵には、未来への背中を押してくれる不思議な力があるんだから。


『由希。この世界にはね、魔法がいっぱいかけられてるの。魔法は何かを変えたり動かすだけじゃない。包みこむ優しさや、心を温かくする何かも魔法。由希、魔法を見つけてごらん……生きることは、夢を生み紡ぎ続ける長い旅なのだから』


 八重婆ちゃんが言う魔法がなんなのかわからない。だけど、魔法を探す日々の中で見つけた空想することの面白さ。

 空想が僕が描く物語未来になっていく。


 最初の空想は雲だったと思う。

 雲の形から動物を連想することから始まって、ふわふわの雲動物が空を旅する日々の空想が始まった。


 ぷっくりまぁるい雲動物クジラ。

 空の海は自由で、暑さも寒さもない快適世界。風の船に乗り、旅を楽しむ雲動物クジラの悩みは食べ物探し。

 雲動物クジラが見つけたご馳走は、食べられそうになった瞬間とき、ご馳走から違う姿になってしまうのだ。

 甘くて美味しい雲キャンディが、雲怪獣に姿を変えて雲動物クジラに襲いかかった。

 壊れてしまった風の船を降りて、雲動物クジラは空の海を泳ぐ。


「食べられたくない‼︎ 食べられちゃったら、ボクの旅が終わっちゃうんだからっ‼︎」


 必死に逃げる雲動物クジラに、追いついた雲怪獣が大きな口を開けた。


「わぁっ。見て見て、空にクジラさんがいるよ」

「ほんとだぁ。クジラを追っかけてる雲、怪獣みたいだねっ‼︎」


 地上から聞こえる子供達の声。

 雲動物クジラに見えるのは、地球と呼ばれる星の中のちっぽけな幸せ世界。


「負けないでクジラさん‼︎ 怪獣なんかやっつけちゃえ‼︎」


 子供達の声が風に流れて、雲動物クジラの姿を変えていく。モコモコと膨れた体が、大きな恐竜になり雲怪獣を威嚇した……


「って‼︎」


 背後からの衝撃によろめいた。何かに押し弾かれたような、重さを背中に感じる。

 

「邪魔だお前」


 振り向くと、男子生徒が僕を見つめている。僕より少し背が高くて、肩にかかる髪は金色めいた茶髪。

 同じ学校の生徒。

 髪を染めるなんて校則違反じゃないか。襟元のボタンが外され見える金色のネックレス。


「聞こえなかったのか? 道のど真ん中に立ちやがって。邪魔なんだよ」

「邪魔って」


 商店街の道は狭くない。

 僕をよけて歩けるのに何言ってるんだ。

 整った顔してるのにもったいないな。髪を染めてなかったら、口が悪くなければもてるんじゃないのか?


「狭い道じゃないんだから、黙って歩けばいいだろ。なんだよ、いきなり突き飛ばして」


 生徒の目に滲んだ苛立ち。

 こんな奴にかまってられない。早く学校に行かなきゃ……っと。

 足を止めて生徒を睨んだ。行き先は同じだし、こんな奴について来られたら僕の空想世界がぶっ壊れちまう。


「どけてやるから先に行けよ。邪魔した覚えなんてないけど」

「……馬鹿かお前」

「松宮っ」


 生徒の呟きと朗らかな声が重なった。岡部和也おかべかずやが人懐っこい笑顔を浮かべ足早に近づいてくる。

 生徒が僕の横を通り過ぎた時、微かに漂った香水の匂い。あいつの校則違反は、髪の色とアクセサリーだけじゃないのか。


「どうしたんだ? 誰だよ今の」

「知らない。いきなり突き飛ばされたんだ」

「お前ぼけっとしてたんだろ。空想はいいけど、時と場所を考えろよな」


 和也に背中を押され歩きだす。

 中学で知り合った和也。クラスの誰もが僕の空想を笑った中、興味を持ってくれたのは和也だけだった。


 和也の夢は世界を巡る冒険家。

 僕が空想を勧めて以来、和也は眠る前の空想を楽しんでいる。

 和也によると、眠る前のワクワクする空想は夢に現れて、空想を越える劇的な冒険を見せてくれるらしい。

 話してくれる夢冒険のリアルさに、僕は何度も驚かされている。


 和也と肩を並べ、商店街を出て並木道を歩く。初夏の今は鮮やかな緑の葉が眩しい。

 


 今日も新しい1日が始まった。

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