プロローグ【2】

「……由希君」


 佐藤が呟いた。

 名前を呼んだことがひっかかるけど、僕を見ている黒うさぎ。


「あら見て、うさぎがいる」

「男の子のペットかしら。背中のリュック可愛いわね」


 知らない人達が、僕と黒うさぎを見て通り過ぎていく。

 こいつが勝手に現れて、僕を見てるだけなのにペットだって?

 なんなんだこの状況は。


“マカロンころんころん。みんなもころんころん”


 ラジカセから響く声と、黒うさぎの背中で揺れるリュックサック。


「彩音ちゃん。うさちゃんのリュック……何が入ってるのかな」

「さぁ? なにやってんの松宮君、早く開けてよ」


 馴れ馴れしいのは佐藤だけじゃなかった。黒うさぎが僕を見てるからって、僕がリュックを開けなきゃいけないってことないだろ。

 

「開けろよ佐藤」

「えっ」


 佐藤の目が見開かれた。僕が話しかけるのはそんなに驚くことなのか?


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 僕の名前を呼んだ次はこんな反応か。

 佐藤くるみ。

 めんどくさい女だな。


「驚くことないだろ。開けろって言っただけなんだから」

「ごめんなさい。由希君が話してくれると思わなかったから」


 また僕の名前を。

 イラつくけど態度には出せないな。どんな反応されるかわかったもんじゃない。


「よかったじゃんくるみ」


 彩音に肩を叩かれた佐藤が、照れたように笑いうなづいた。

 よかったって何が?

 

「私が開けていいの? ほんとに?」


 しゃがみこみ、黒うさぎの頭を撫で始めた佐藤。伸ばされたまっすぐな黒髪が夕陽に照らされ輝いた。


「可愛い。彩音ちゃん、うさちゃんの毛サラサラだよ」


 彩音を見上げ佐藤は笑った。

 早く開けろよ。リュックの中を見たら帰るんだから。


 想像し生まれていく物語の卵をスケッチブックに描く。

 僕の夢は、八重やえ婆ちゃんみたいな絵本作家になること。あったかくて可愛らしくて、ワクワクする世界をえがくんだ。

 僕が小学生の時、八重婆ちゃんは死んだ。眠るように息を引き取った八重婆ちゃんの、穏やかな顔を今もよく覚えている。

 僕が描くものを、八重婆ちゃんが天国で見ててくれるなら。


“マカロンころんころん。みんなもころんころん”


「あの店ってさ……売ってるの、マカロンだけってことないよね」


 彩音の問いかけに佐藤は首を傾げる。僕を見ていた黒うさぎは、すっかり佐藤になついてるみたいだ。


「わかんない。でも彩音ちゃん、あのお店……今まであったかな?」


 僕と同じ疑問を佐藤は口にした。

 あんな店今までなかったはずだ。

 学校を行き帰りの見慣れた光景。商店街は静けさに包まれてたんだから。

 だけどわからない。

 店がある場所に何があったのか。別の店だった気がするし、建物が壊された跡だったようにも思う。

 

「由希君、早く開けて?」


 誰かが話しかけてきた。

 子供の舌ったらずな語り口。

 声の主を探そうと見回したが、見知らぬ人が通り過ぎる中子供の姿はない。

 

「ちょっと、何よそ見してんのよ」


 彩音の声に苛立ちながら佐藤を見た。黒うさぎの背中で揺れるリュックサック。


「佐藤、早く開けろよ」

「えっ? うん」


 佐藤の指がリュックサックに触れた。さっきの声、僕に開けろって言ったけど佐藤でもいいんだよな?

 開けることに変わりはないんだし。


 リュックサックのボタンが外された。開かれ見えたのは、数個のキャンディと……なんだ?

 何かがキラキラ光ってる。


「なんだろう? 彩音ちゃん」


 佐藤が取り出したのはジグソーパズルのピース。マカロンのような厚みがあるピースが、青く光り輝いている。

 なんだこれ?

 しゃがみこみ、ピースに触れた時……


「おや、大きくなったねぇ由希」

「八重婆ちゃん?」


 懐かしい声が響いた。鼓動が早まり体が熱くなっていく。

 どうして八重婆ちゃんの声が聞こえたんだ?

 わからないけど、八重婆ちゃんの声はあったかくてぽかぽかする。


「ほら由希君。パズルを受け取って」


 僕を見る黒うさぎ。

 こいつの声なのか?

 まさか……うさぎが話せるはずないだろ。


「八重ちゃんからのプレゼント。回転パズルだよ」

「回て……?」


 不思議な響きが疑問となって頭の中を回る。

 回転パズルって……なんだ?


「松宮君? 何ぶつぶつ言ってんの。ねぇ、八重って誰よっ‼︎」

「なんでもない。八重婆ちゃんを呼び捨てにするな」


 立ち上がり彩音を睨んだ。佐藤が持つパズルのピースと僕を見る黒うさぎ。こいつの声は、僕にだけ聞こえてるのか。


「佐藤、そのピース僕がもらう。飴玉はお前らにやるよ」

「なんだろうねこれ。なんで厚みがあるのかな」

「さぁな」


 佐藤から受け取ったピースは、柔らかく触り心地がいい。なんなのかわからないけど、八重婆ちゃんがくれたものなら大事にしなきゃ。


「……うさちゃんは?」

「え?」

「この子、由希君を見てたから」

「別に、僕はどうでも」

「じゃあ、私が飼ってもいい?」


 何も言わず僕は歩きだした。


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 パズルのピースを握り家に向かう。

 まかろんはうすから流れる甘い匂いと、踊り続けるモコモコうさぎのぬいぐるみ。

 店内に見えた白いテーブルと椅子。壁を鮮やかに彩る、八重婆ちゃんが描いた優しい世界達。


 🧩🧩


 青く輝くパズルのピース。

 満月に照らすと淡い白さに包まれた。

 うさぎは月の住人だって、八重婆ちゃんが教えてくれた。

 八重婆ちゃんの絵本には月に住むうさぎの物語はない。

 だからこの秘密は、僕の大切な宝物なんだ。



【月にはもうひとつの世界がある。


 月の住人はうさぎの姿をした魔法使い達。

 楽しいことが大好きな魔法使い達は、ワクワクしながら魔法をかけ続ける。


 月の世界から。


 地球いっぱいに。

 宇宙いっぱいに。


 みんなの心いっぱいに。


 泣いても大丈夫だよ。

 辛くても大丈夫だよ。



 君のそばにはいつも優しさがあるから。


 悲しくても大丈夫だよ。

 苦しくても大丈夫だよ。



 君のそばにはいつも温もりがあるから。



 

 君は君でいいんだよ。

 いつまでも……幸せはそばにいるから】




 これは八重婆ちゃんの、創作ノートに書かれていたもの。


 僕に夢をくれた



 八重婆ちゃんの命のメッセージ。


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