幸せ色のマカロン、回転パズルとティータイム

月野璃子

誘(いざな)いの黒うさぎ

プロローグ【1】

 🍬🍬


 店を開ける時がやってきた。

 みんなは今日いっぱいの幸せを味わえた?


 幸せを噛みしめてみて?

 幸せを思いだしてみて?

 心が弾むように動きだす。


 ポカポカするから。

 ドキドキするから。


 幸せを味わおうよ。

 幸せは美味しいよ。




 とってもね‼︎





 ——黒うさぎ・モカより。

 みんなへの始まりのメッセージ——



 🍬🍬


 ありきたりな日々が色を失くし、透明になったらどうなるんだろう。

 僕達の姿も、家も景色も見えない世界になってしまったら。

 家から出たとしても、目的地が見えなければたどり着けないだろうし、総てが透明な世界はきっと、困惑と寂しさに包まれた絶望世界。


 商店街を行き過ぎる人々を見ながら思う。

 姿が見えない日々の中、友情を育み恋をするのは難しい。聞こえる音や話し声。歌声から想像し動かざるをえない透明な世界では。

 それでもきっと、絶望を凌駕する奇跡のような友情と恋が生まれていく。人の想いと心は、絶望に飲まれず生きていくから。


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 オルゴールのような音に混じる、可愛らしい声に足を止めた。

 リズミカルだけど歌声と呼ぶには幼すぎる。


 都心から離れた町の中の桜宮さくらみや商店街。

 商店街の入り口とも言える通学路は並木道だ。春になると地味な景色が、色鮮やかな桜色に染まる。

 桜並木を見に、県外から来る人達が現れだして商店街ここはちょっとした観光地になった。

 桜をイメージしたキーホルダーやハンカチ、桜色の和菓子や桜を形どったクッキーが、足を止めた土産屋の中に見える。


“マカロンころんころん。みんなもころんころん”


 流れてくるスイーツの甘い匂い。

 歩き慣れた道で、飽きるほど嗅いでいた揚げものの匂いが霞んでいく。


由希ゆき君?」


 匂いを追いかけ、土産屋から離れかけた僕を誰かが呼び止めた。

 振り向いて見えたのは、同じクラスの女子ふたり。ひとりの名前はわからないけどもうひとりはわかる。


 佐藤くるみ。


 菓子を連想させる名前。

 砂糖とくるみなんて、スイーツ命の姉貴 春奈はるなが聞いたら手を叩いて喜びそうな響きだし。


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 マカロンか。

 何日か前に姉貴が買ってきたっけ。コインを厚くしたような丸い形。パステルカラーの菓子なんて初めて見たけど、今僕を呼んだのはどっちだ。

 女みたいな名前、親しくもない奴に呼ばれたくないってのに。

 何も言わない僕に、佐藤の隣に立つ女子が眉をひそめた。


“マカロンころんころん。みんなもころんころん”


 幼い声と甘い匂いが不機嫌な僕を包む。さっきまで僕は、透明になった世界を想像し想いを巡らせていた。

 考えたいことを考えて、いい気分でいられたのに名前を呼ばれるだけで不愉快だ。

 男なのに由希なんて……父さんも母さんも、なんだってこんな名前にしたんだよ。


「なんなのその顔」


 女子の声に滲む少しの苛立ちと、困惑気味な佐藤くるみ。僕達を通り過ぎていく同じ制服の生徒達。


「私もくるみも、松宮君と同じクラスなんだけど?」

「あっ彩音あやねちゃん」


 佐藤が慌てたように女子の腕を掴んだ。この声、僕を呼んだのは佐藤か。


「……だから何」


 突き放すように答えた。

 慣れ慣れしい奴は嫌いだし話したくもない。彩音と呼ばれた女子が、呆れたように僕を見てるけどなんでだ。


「ごめんなさい……私」


 消え入りそうな佐藤の声。

 僕を見た佐藤の顔が赤みを帯びだした。


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 可愛らしい声が響き続ける。

 佐藤の鳶色の目が、僕から離れ見つめる先。振り向くと、僕達から離れた場所に1軒の店が見えた。


 ……まかろんはうす?


 買い物帰りの主婦や、学校帰りの生徒が行き過ぎる商店街に並ぶのは地味な店ばかり。だけど僕と佐藤が見てるのは、ケーキを思わせるクリーム色のヘンテコな建物。

 モコモコ白うさぎの、大きなぬいぐるみが店先で踊っている。

 あんな店、商店街ここにあったっけ?


“マカロンころんころん。みんなもころんころん”


 ぬいぐるみの足元にある、ピンク色のラジカセから可愛らしい声が響き続ける。


「由希君。……話しかけたの迷惑だった?」


 佐藤の華奢な体が震え、顔が真っ赤になっている。怒られたと思ったのかな。突き放そうと思っただけで、キツく言ったつもりはないんだけど。


「……っていうか、名ま」

「くるみっ‼︎ うさぎが‼︎」


 すっとんきょうな彩音の声が商店街に響いた。声に反応し、僕達を見て通り過ぎる人々。

 佐藤の目が丸くなり僕は呆気に取られた。

 なんだようさぎって。

 今頃ぬいぐるみに気がついたのか?


「見て? リュック背負ってる‼︎」


 リュック?

 彩音が見てるのは、ヘンテコな店じゃなく僕達の足元。

 つられて足元を見ると、黒いうさぎが僕を見上げている。赤い目と背中に背負った黄色いリュックサック。

 なんでうさぎがリュックを背負ってるのか……それよりも、こいつはここに来たんだ?


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 可愛らしい声に合わせるように、黒うさぎの耳がピクピクと動く。体を揺らしてるけど踊ってるんじゃないよな?

 ただのうさぎだし。


“マカロンころんころん。みんなもころんころん”


 まかろんはうすの前で踊るモコモコのぬいぐるみ。店の前で足を止め、ぬいぐるみの可愛らしいダンスを見つめる人々。


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 声に合わせるように黒うさぎが体を揺らし、リュックサックがガサガサ音を立てる。

『リュックを開けて』って言うように。まさかとは思うけど、こいつは開けてほしいのか?


 ちっちゃなリュックを?

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