劉備（りゅうび）、曹操（そうそう）にコテンパンにされるの巻。

ここに絡む話を「蜀記（しょくき）」から紹介するっす。

まだ劉備が曹操の敵じゃなかった頃、

許（きょ）、つまり曹操の本拠地で、

一緒に狩りをすることがあったっす。

獲物を追うため、みんながバラける。

今なら目撃者はいない。

関羽（かんう）、劉備に言うっす。こっそり。

「今こそ曹操を闇に葬る好機に候（そうろう）」

「！？　っおま、ばばば馬鹿言うない！」

そんなやり取りが以前にあったから、

関羽、夏口（かこう）で劉備と一緒になったときに

川からの風に当たりながら、激怒したっす。

「去（い）まし日に我が献策に従わば、

　こんなアホみたいな事態に

　陥らずに済んだで候！」

あんだとコノヤロー、劉備も応じるっす。

「バッケヤロイ！

　あん時に曹操殺しちまったら、

　いま以上にお国がぐちゃぐちゃに

　なっちまったんだよ！

　いいか雲長（うんちょう）、お天道さまぁ見てんぞ！

　こっから先、いいことあるって！

　絶っ対ぇにな！」

……このやり取り、ひでえっすよね。

許での狩りのあと、劉備、

董承（とうしょう）ってオッサンと曹操暗殺図ったけど、

あっさりバレて、曹操にそのこと

ツッコまれてるじゃないっすか。

そんなやつが、どの口で

「お国のためには曹操は惜しい」

なんてほざくんだ、って話っすよ。

もし仮に、仮にっすよ、

本当に関羽がそう勧めてて、

劉備がそれに従わなかったとしたら、

それってもうちょい単純な話だと思うんす。

許の周辺にゃ曹操の親戚や配下が

ひしめいてるわけじゃないっすか。

逃げるにもどこにも泊まれず、

どこに行っても手のものの目があり、

うかつに身動きが取れない状態っす。

万が一暗殺に成功しても、

ふつうに劉備が第一容疑者。

まず、間違いなく捕まるっす。

そしたらあっさり殺されるっす。

だから劉備、関羽の献策を

退けたんでしょう。

なにが「惜しい」だよバーロイ、

って話っすよマジで！

劉備のやつ、テキトーに

それっぽいこと言って

こまかしたんじゃねえの疑惑が

ハンパねーっす。

蜀記曰：初，劉備在許，與曹公共獵。獵中，眾散，羽勸備殺公，備不從。及在夏口，飄颻江渚，羽怒曰：「往日獵中，若從羽言，可無今日之困。」備曰：「是時亦為國家惜之耳；若天道輔正，安知此不為福邪！」臣松之以為備後與董承等結謀，但事泄不克諧耳，若為國家惜曹公，其如此言何！羽若果有此勸而備不肯從者，將以曹公腹心親戚，實繁有徒，事不宿構，非造次所行；曹雖可殺，身必不免，故以計而止，何惜之有乎！既往之事，故讬為雅言耳。

蜀記に曰く：初にして、劉備の許に在れるに、曹公と共に獵す。獵の中、眾の散ずるに、羽は備に公を殺さんことを勸むれど、備は從わず。夏口に在せるに及び、江渚に飄颻し、羽は怒りて曰く：「往ましき日の獵中にて、若し羽が言に從わば、今日の困は無かりたるべし」と。備は曰く：「是が時にては亦た國家が為に之を惜しみたるのみ。若し天道の正しきを輔したれば、安んぞ此を福と為さざるを知らんや！」と。

臣松之以（おも）えらく、備の後に董承らと結謀せるを為したれど、但だ事の泄れ克せざるを諧したれば、若し國家が為に曹公を惜しむるらば、其の此くの如き言たるや何ぞ！　羽の若し果たして此の勸め有り、而して備の從いたるを肯んぜざらば、將に以て曹公が腹心や親戚の實に徒の繁りたる有りしに、事の構うるの宿らず、次に行きたる所を造せるに非ざりたるなり。曹を殺すべかると雖も、身は必ずや免れず、故に以て計は而して止む、何ぞ之を惜しむる有らんか！　既往の事、故より雅言に託せるを為したるのみ。