ロボット越しの恋人

機人レンジ

ロボット越しの恋人

 突然だが、僕には素晴らしい恋人がいる。名前はカノコさん。僕が出会ってきた人々の中でも、最高の女性だ。


 嬉しいことに、今日は彼女との三度目の交際記念日。


 三年の間、こんなに素敵な女性と交際を続けてこられたのは、正に奇跡と言っていい。


「アンドウくん、いくらなんでも大袈裟すぎるよ。あたしなんて、どうってことない女だよ」


 そう言って、カノコさんは僕の前で笑った。真っ白なプラスチックの手で、上品に口元を隠しながら。


 去年完成したばかりの高層ビル。その最上階に設けられた展望レストランで、僕たちは食事の真っ最中だ。都会の夜景は、ダイアモンドの大河のようにきらめき、僕たちの前途を祝福してくれているようだ。


 いや、むしろこれからの僕の健闘を祈っているのかもしれない。


「そんなことないよ。カノコさんの良いところ、僕はたくさん知っている。君は音楽に詳しくて、僕にうってつけのクラシックをいくつも教えてくれた。ドヴォルザークの〈新世界より〉は、音楽に疎かった僕に新しい世界を切り開いてくれた。世の中には、あれほど壮大で耳が離せなくなる、素晴らしい芸術があるんだね」


「アンドウくんが気に入ってくれたならよかった。まぁ、すごいのは作曲したドヴォルザークだよ。あたしは曲の存在を教えてあげただけ。本当は自分が譜面を書いた曲で、あなたを感動させてあげたいんだけどね」


 そう、彼女は作曲家だ。主にテレビのCMやソーシャルゲームのBGMを手掛けていて、まだ名前は広く知られてはいないものの、すでに多くの楽曲を生み出している。優れた才能の持ち主だ。


「君の作った曲だって、みんなすごいものだよ。この間、君が担当した〈エンジェル・プロジェクト〉ってゲームをプレイしたけど、モンスターを召喚するときに流れるBGMなんて、とてもスペクタクルなイメージが伝わってきたよ」


「ありがとう。アンドウくんにそう言ってもらえると、ちょっと自信がわいてくるよ」


 シリコンに覆われた顔の口角がつりあがり、彼女ははにかむように笑った。


「僕は思ったことを正直に伝えているだけさ。カノコさん、君は素敵な人だ。豊かな芸術の才能があって、謙虚で、それに優しい。人付き合いが苦手で落ち込みやすかった僕を、いつも励ましてくれる。感謝してるんだ、君の存在に」


「また大仰だね。あたしだって人付き合いは得意じゃない。だからアンドウくんと気が合ったのかもね。他人と思えないから、放っておけなくて応援したくなっちゃうのかも」


「そうだよ。僕らは似た者どうしで、だからこそこうして分かり合えて、愛し合うことだってできるんだ」


「愛し合うだなんて。歯が浮くような台詞、よくスラスラ出てくるね」


「想いは伝え合わなくちゃ。でしょ?」


 またはにかむような笑顔。僕は彼女のこんな表情も好きだ。


 そして、僕は頃合いが来たことを悟った。カノコさんが良い気分になっている、いまがチャンスだ。


「ところでカノコさん。一つお願いがあるんだ」


 鴨のローストを口に運ぼうとするのを止めて、彼女は僕を見た。


「なぁに? そんな改まっちゃって」


「本当の君に会えないかな? ロボット越しの君ではなくて」


 カノコさんは動かなくなった。正確には、彼女の分身であるアバターロボットが。

 ついにこの時が来たか。ロボットはそう観念したように、フォークを皿の上に置いた。


 現代において、アバターロボットの存在は珍しいものではない。寝たきりの生活を余儀なくされている難病患者や、身体の衰えから遠出が困難な高齢者、そして様々な理由で人と人とのコミュニケーションに苦痛を感じる引きこもり。


 そんな人々でも、アバターロボットを自宅から操縦することで、もう一人の自分を通じて社会参加ができるようになった。脳波スキャナーと呼ばれる帽子状の装置を頭にかぶるだけで、装置が操縦者の脳波を読み取り、ロボットを思うがままに動かすことができる。だから寝たきりで指一本動かせない人間でも、スキャナーさえ被ればだれでも操縦が可能だ。


 おまけにロボットには各種の複雑なセンサーが搭載され、視覚はもちろんのこと、聴覚や触覚、はては味覚にいたるまで、すべての五感を操縦者に伝えることが可能だ。消化こそできないが、口に含めば鴨のローストの香ばしい風味だって味わえる。


 アバターロボットの普及によって、長年自宅から出られなかった人々でも、社会復帰への敷居が格段に下がった。中には僕たちのように、最初はロボットを通じて交際をスタートさせ、結婚までこぎつけたカップルもいるという。


「うん、そうだね。そういう流れになるよね」


 彼女は、いや彼女のアバターロボットは、シャンパングラスを取ると一口飲んだ。ロボット越しでも味は感じられるが、満腹感と酔いだけは得られないのが残念だと、以前彼女が話していたのを思い出す。


「でもね、アンドウくん。たぶんだけど、ううん、絶対。絶対本当のあたしに会ったら、あなたはガッカリすると思う。失望すると思う」


 ロボットは力なく首を左右に振った。しかし、ここまでは想定内だ。彼女にだって、ロボットを使わざるを得ない何かしらの事情があるのは想像に難くない。すんなりとはいかないだろう。


 これからが踏ん張りどころだ。僕は胸の内で決意を新たにする。本物の彼女に会うという決意を。


「カノコさん。僕は君のことが大好きだ。むしろロボット越しだからこそ、君は心が純粋で美しい女性なんだと、確信することができた。いくら見た目をつくろったって、心が豊かでなければ台無しだ。君は音楽を愛し、僕を愛してくれている。君は僕の外見を好きになったわけじゃないだろう? 僕だって同じなんだ。お願いだカノコさん。僕は、君のすべてを受け入れて、本物の恋人になりたいんだ」


 そうして、押し問答はしばらく続いた。彼女の首を左右ではなく縦にふらせるのは容易ではなかったけれど、僕も諦めるわけにはいかなかった。なんとしても、本物の彼女に会いたかった。


 僕が好きになったのはカノコさんの操るアバターロボットではない。ロボットの背後から、ずっと僕のことを見つめ続けてくれたカノコさんなんだ。


「……わかった。正直言って、とっても不安だよ。でも、アンドウくんはきっとわたし以上に不安なんだよね」


 ロボットは再び口角を吊り上げた。きっと彼女も、内心では覚悟していたのだろう。


 レストランを出て、ロボットの後ろについてきてやってきたのは、3階建ての平凡なマンションだった。カノコさんのロボットは二階まで上がると、とある一室のドアを開けた。僕に中に入るよう促す。


 部屋に入った僕の鼻腔を、すえた臭いがチクチクと刺した。思わず鼻をつまみそうになるが、女性の部屋でそんな行為は失礼な気がして我慢した。薄暗かったので、足元にあったごみ袋をうっかり踏んづけてしまい、中身が破れ出てしまった。腐った生ごみは悪臭を強めた。


 それほどまでに、部屋の中はゴミが散乱していた。


 脱いだままの衣服とゴミ袋の山をかき分けて、僕とロボットは部屋の中央へ進んだ。その先には、液晶画面の放つ冷たい光が見える。パソコンのキーを叩く音も聞こえる。


「片づけてなくてごめんね。どうしても面倒くさいの」


 ゴミの山の先で、カノコさんの声が聞こえた。アバターロボットの発声スピーカーからではない。本物の彼女の口から発せられた言葉。


 三年かけて、ようやくここまで来た。間近で本物の彼女の声を聞けた。それだけで、僕は感激していた。


「気にしないで。僕だって掃除はマメな方じゃないから」


 ゴミ袋をかき分けて、僕は彼女が待つ場所へと進んだ。


 そして、ようやくたどり着いた。一緒にいたロボットは停止し、マネキンのように動かなくなった。


「どう? これが本当のあたし。あなたが恋焦がれた女だよ」


 パソコンの画面に無心で音符を打ち込んでいた彼女は、脳波スキャン装置を頭から外すと、座っていたワークチェアを回転させ、僕の方へ向き直った。


 真っ先に目に入ったのは、顔の左側を広く覆う青い痣だった。乱杭歯が唇を押し上げて露出し、頬にはいくつものニキビ跡が浮かんでいる。ぼさぼさの前髪に隠れているが度数の高そうな分厚い眼鏡をかけているのもわかった。上下を灰色のスウェットで揃え、足先は靴下も履いていなかった。


「がっかりする、なんて程度じゃないかもね。あたしだってさ、信じられないくらいの醜さだと思うよ」


 彼女はまくしたてるように話し始めた。僕が口をさしはさむ間も与えず。


「子どもの頃からずっとこうだった。親からもお前は不細工って罵られた。こんな顔に生んでおいて、よくも平然と。大人になって音楽で身を立てるようになってからも、ロボット越しでないと仕事にならなかった。顔出しのチャットでプレゼンすると、どんな曲でも採用されないの。あるCMソングを作ったときなんて、曲は好評だったのにプロデューサーがあたしの顔を見たら不採用になった。でも別のCMで、今度はロボットでプレゼンをしたら採用になった。やけくそで同じ曲を、同じプロデューサーに提供して、だよ。あたしのこの姿じゃ、せっかく生み出した曲もすぐに忘れ去られてしまうみたい。こんな不細工の作ったBGMは記憶に残しておきたくもないみたいに」


 カノコさんは一気に語り終えると、まっすぐ僕を見つめた。瞳は悲嘆に潤んでいた。


「あたしみたいな人間はね、アバターロボットを通して生きる方が社会のためになるの。みんなロボット越しなら、あたしを好きになってくれるの。あなただってそうでしょ? 最初にデートした時、もしこんな女が目の前に現れたら、きっと逃げ出すに決まってる。アンドウくんは音楽の才能があると言ってくれたけど、ロボットを使わないと才能だって宝の持ち腐れなの。相手にもされないの」


 彼女はその体型では小さすぎるワークチェアの中で、窮屈そうに身もだえする。


「どうして、あなたのお願いを聞き入れたと思う? 諦めてもらうためだよ。あなたがロボット越しに見ているわたしの幻想を捨ててもらうため。本当のカノコは、不気味な歯並びの、デブの、根暗の、卑しい女だって知ってもらうため。こんな女、あなたは受け入れられるの? 無理だよね、そうだよね。結局人は外見なの! どんなに心が大切と言ったってきれいごとなの! 見てくれがダメならすべてがダメなの! あたしは存在自体がダメ! すべてがダメ! あたしは、あたしは!」


「落ち着いて、カノコさん」


 僕はゆっくり彼女に近づくと、包み込むようにハグをした。


「……あなた、とっても冷たい」


「風が強かったんだ。だから身体が冷えちゃって」


 そして、ゆっくりとカノコさんの頭を撫でた。


「カノコさん。君の抱えるつらさはよくわかった。本当に孤独だったんだろうね。僕の願いを聞き入れてくれたのは自分を諦めてもらうためだと言っていた。でもそれはウソだ。本当は、君だってありのままの自分を受け入れてくれる誰かが欲しかったんじゃないのかい?」


 彼女は呆然としたまま、僕の腕の中で小さく震えはじめた。


「カノコさん。君の苦しみはよくわかるんだ。みんなと違っているせいで、打ち解け合うこともできず、いつも一人で苦痛に耐えるしかない。だから偽りの自分でなければ社会に溶け込めない。でもねカノコさん。僕はありのままの君が好きだ。ずっと会いたかったんだ。孤独に耐えて、それでも音楽の道を諦めなかった、強くて素敵な女性の君に」


 僕は彼女を放すと、まっすぐ瞳を見つめた。すでに彼女の目からは、涙があふれ始めている。


「だから、今度は本物の君の恋人になりたい。焦らなくてもいい。ゆっくりと、君が傷ついてきた年月と同じだけ、今度は二人で幸せな時間を積み重ねていこう」


 今度はカノコさんが僕に抱き着いてきた。声を上げて泣き、肩にまわした腕に力を込めた。二度と放したくないかのように。


「ありがとう……ありがとう……」


 か細く、しかし安心しきった声で、彼女はつぶやいた。


 そうして永遠のように長く、実際には短い時間が過ぎた。泣き止んだ彼女は、僕の胸の中に顔をうずめて言った。


「アンドウくん。あなたは最高の恋人だよ。生きているうちにあなたみたいな人に会えるなんて夢みたい。まるで奇跡だよ」


「それ、僕の受け売り?」


「ふふ、実際に言われる気分はどう? 恥ずかしいでしょ?」

 確かに少々こそばゆい。我ながら照れくさい気分だ。


 僕たちは笑いあった。すべてをさらけ出し、二人だけの世界で笑いあった。


 いや、まだだ。


 僕にはまだ、彼女にさらけ出していない秘密がある。


 ここからが、本当の正念場だ。


「カノコさん。聞いて欲しいことがあるんだ」


 カノコさんは、胸元にうずめていた顔を上げた。


「君が本当の自分を隠していたように、実は僕も本当の自分を隠しているんだ。黙っていてすまない。でも、本当のカノコさんを受け入れられたいま、今度は君に真の僕を受け入れてほしいんだ。勝手なお願いかもしれないけど、できるかな?」


 カノコさんは、朗らかに笑った。


「そんな、いまさら。あたしを受け入れてくれたあなたを、あたしが受け入れられないわけがないじゃない。もしかして借金でもあるの? それともバツイチとか?」


「いや、そういうものじゃないんだ。ただ、たぶん君は大いに困惑することになる」


「もったいぶるのはやめて。あたしだって、あなたの全部を知りたい。だから教えて。あなたの秘密を」


 彼女の口調は確固たるものだった。僕がどのような存在であろうと受け入れる。その覚悟が伝わってきた。


 そうだ、彼女ならきっと大丈夫だ。


 僕は安心して、左耳の裏にあるスイッチを押した。



 それから一時間後。僕は一人で家路についていた。彼女の部屋から追い出されたからだ。二度と来ないでほしいと忠告まで受けて。


 家のドアを開け、居間の安楽椅子に身をゆだねる。リモコンでオーディオを起動させ、ドヴォルザークの〈新世界より〉を再生する。


 そして再び左耳の裏のスイッチを押し、マスクのロックを外した。


 両手でゆっくりとマスクをはぎ取り、傍らのテーブルに置く。部屋の隅に置かれた姿見には、僕のロボットとしての顔が写っていた。無機質なカメラアイと、真っ白なシリコンで覆われた顔が。



 いま世界には、僕のような自立型AIロボットが五〇〇体あまり稼働中だ。中にはこうして、人間のマスクを被って一般市民として生活しているものもいる。科学技術の発達と反比例して、人口は年々世界的に減少しつつあった。そうした中で、僕のような人間型ロボットは貴重な労働力だ。ゆえに、現代では高度なAIを搭載した個体なら、人間用に造られたライフライン、つまり人間用の家や交通機関といったものを使うことが許されている。


 しかし、人間たちにとってまだまだ僕らは異形らしい。マスクを付けている間は何もないけども、ひとたび本当の姿をさらしてしまうと、人間たちは僕たちに恐れのこもった視線を向ける。視線は僕らを隅々まで射貫き、最悪の場合、直接的に危害を加えられることもある。人間になりすました化け物だと。



 僕はため息をついて、ドヴォルザークの雄大な旋律に聞き入った。今度こそは上手くいくはずだった。アバターロボットを介してしか自分をさらけだせないカノコさんなら、同じく人間のマスクを通さないと自分をさらけだせない僕の苦しみをわかってくれると思った。実際、僕は彼女の苦しみがよくわかった。でも彼女の方がわかろうとしなかった。


 ロボット越しの人間と、人間越しのロボット。


 お互い同じようなものだと考えていたが、どうやら僕の乗り越えるべき壁は相当に高いらしい。


〈新世界より〉は第二楽章に入った。日本では〈遠き山に日は落ちて〉の元となった曲としても有名だ。家族の待つ家に帰り、団らんを楽しむ喜びを唄った名曲だ。


 僕にもいつか、帰りを待ってくれる家族ができるだろうか。


 残念なことに、僕の電子頭脳ではそのような不確定要素の多すぎる未来予測は荷が重すぎた。電子頭脳の過負荷に疲れ切った僕は、しばしの間スリープモードに入った。


 かけがえのないパートナーを手に入れた新世界を夢見ながら。


〈終〉

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