3-2
「おや、またあんたたちか」
「どうも」
ルヴァドの街を拠点にし始めて十日が過ぎた。
ギルドに足を踏み入れると真っ先に話しかけてきたのはいつもカウンターに座っている壮年の男だった。初日にニコを揶揄って「感じが悪い」などと苦言を呈されていた彼だったが、ここ最近はにこやかを通り越して慇懃な感じがしないでもない。
それもこれも、初日の橋百足の件があるからだ。
「いや、ただの魔法使い二人組だと思っていたけど、全然違うね。強さが段違いだ」
「そりゃどうも」
「本当はさぞ高名な魔法使いなんだろう? なんでこんな街に?」
「色々あるのよ」
「色々、ねぇ……」
彼が私とニコの顔を交互に見てひとりで納得しているのでしたいようにさせておく。色々あるのは確かなことだ。
依頼の貼ってある掲示板をざっと見渡す。橋百足の報奨金が意外に多かったおかげで、金子に余裕があるので、ここ数日はルヴァドを離れず、エリス山での魔物退治の仕事に絞って依頼を受けている。その方が四足竜の情報が入りやすいだろうと考えてのことだった。
カウンターのあの壮年の男性を邪険に扱わないのもその一環だ。彼は人脈が広い。ギルドに出入りする冒険者や、エリス山で林業を営む木こりたち、麓の住民に話を聞くのに都合をつけてもらいやすい。
人づきあいが苦手だからなどとも言っていられず、何とか情報を集めているが、今の時点では明確な情報は得られていないのが現状だ。正直手詰まりだった。
あれから四足竜の行動や習性を調べてみたりもしたが、思い返せばあの奇形の四足竜が 通常の四足竜の習性と同じとは考えづらい。そもそも、四足竜は穏やかな性格で、滅多に人に襲い掛かることもないような魔物だ。
そうなると、焦りが滲む。倒されてしまったのか、とかもうこの周辺にはいないんじゃないか、とか。嫌な方へ、嫌な方へと考えてしまう。
だが、あれだけ見た目が変わっていて、尚且つ頑強なオーガを一発で縊り殺すような強さの四足竜を倒したら自慢もしたくなるはずだ。
だから、まだ希望は捨てられないでいた。必ず、敵をとるのだと。
いつもの通りエリス山周辺の依頼を探して掲示板を見ていると、大きな手にぎゅっと肩を掴まれた。ニコかと思って振り向けば、鎧を着た赤い髪の毛の男が困ったような顔をして立っている。
自分の立ち位置を見れば、掲示板の真ん前だ。邪魔だったかしら、と思って一言謝ってどけようとするが、彼は中々その大きな手を離してくれなかった。
「あの、何かご用で?」
「いや」
と軽く首を振りながら、彼は顔を覗き込んでくる。
髪より濃い赤茶の瞳がじっと見つめてきたので、思わず顔を見返してしまった。
「魔法使いなのか?」
「ええ、そうよ。戦士にでも見えた?」
「いや、君みたいな戦士がいたら考え直すように忠告する」
「親切なのね」
親切なのはわかったから、肩にかかった手を放してほしい。ニコにでも助けてもらおうかと思って視線だけで探そうと思ったら、目の前の彼から思いもよらない言葉が飛び出た。
「もし、仲間がいないなら、俺と一緒に行かないか?」
「えーと……」
肩にかかった彼の手をやんわりとどけて次の一言を考えた。
「あの……どういう意味?」
「いつも、一人で掲示板見ているから、気になっていて」
顔を見れば私よりは一回り年上かと思う。僅かに浮かんだ目尻のしわや、口元の優し気な黒子に、悪い人ではないのだろうと思い直した。ただ、心配性なのだろう。
「魔法使い一人の旅は大変だろう? もしよければ……」
「ありがとう」
戸惑いを隠しながら、何とか微笑んでみる。
「でも、私。連れがいるから……」
とニコの方を見るやるが、なんと信じられないことに女性の冒険者に囲まれていた。じりじりと詰め寄る彼女たちに気圧されているような感じである。自分の足元を見て、何かしら言いながら後じさりしているようだった。
珍しいというのが率直な感想だ。結構はっきりものを言うタイプだと思ってたから、ああいった強引な近寄り方にはしっかりと難色を示すと思っていたのに。
「あの人?」
エマの視線を追ったのか、上から降ってきた声に顔を上げれば、戦士がニコの事を指さしていた。
「そう」
と思わず条件反射のように頷いてしまうが、どんどん壁際に追い詰められていくニコを見ているとだんだん自信がなくなっていく。彼が私の強い味方なのだと言っても説得力はあまりないかもしれない。
「まぁ、ちょっと気が弱いのかもしれないけど、見込みはあるの」
「へぇ」
まだ女性たちの猛攻からは逃げ出せないような感じである。どんどん壁際に寄せられて四方を囲まれているが、そのうち逃げ場がなくなったらどうするんだろうかと思った。
そんな姿を見ていた戦士が肩をすくめる。
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