2-5


「じゃあ、魔女は?」


「魔女は不可視魔法を使うの。幻覚とか、呪いとか、人体を強化する魔法とか使い魔を使う人も魔女に分類されるかな」


「ふーん」


 また知らない単語が出てきたので、頭が混乱する。そもそも不可視魔法が何たるかもわからない。


「不可視魔法は基本的に魔力を大量に使うから、魔力が強い人しかなれないのよ」


 だから、魔力の強い魔族は魔女に向いていると、エマが続ける。話を聞く限り、魔女の方が魔法使いより世間一般でいう地位が高いという扱いなのだろう。だから、エマは俺に魔女になることを薦める。


「魔女も魔法使いも魔物使いとは違うのか?」


「ああ」


 本題に踏み込めば、エマがわずかに怯んだような眼をしたが、深呼吸をしてからしゃべりだした。少し落ち着きがないようにも見える。


「……魔物使いは魔物を繋ぎとめておくのに魔道具に頼っているから、魔法使いとも魔女とも呼べないよ。魔物使いが使役の魔法――ああ、魔物を従わせる魔法ね。それを使うのは、初めの一回と、どうしても従わせたい命令があるときだけ。まぁ、道具に頼らず使役の魔法をずっと使う人もいるけど。そうなると、その人は魔女って呼べるわね」


「でも、その使役の魔法が使えるってことは、魔女ってことじゃないのか?」


 エマの話ではそうなる。使役の魔法を使う人は魔女だというのだから、魔女でいいじゃないかと思ったのだ。だんだん訳が分からなくなってくる。

 魔女や魔法使いの世界というのは思うより複雑らしい。


「違うのよ。使役魔法以外が使えないから、魔女と呼ぶにはちょっと力不足っていうこと。私なんかが魔女なんて名乗ったら、本物の魔女たちに怒られてしまうわ」


「だから、エマは魔物使いなのか」


「そう、魔力があんまりないから」


 エマがゆっくりと頷いた。


「魔女とも、魔法使いとも呼べないのよ。私は」


 口元にはあきらめたような笑みがある。

 行く先に、人の胴体の何倍はあろうかという倒木が道を塞いでいた。俺が両手を広げても一周するのは難しそうだ。俺は腕を伸ばせば登れそうだが、エマはどうだろうか。

 横を見ると、困ったような顔の彼女の姿がある。


「迂回しましょうか」


「いや、ちょっと待って……」


 エマが地図を出して元来た道を行こうとするので、静止して先に丸太の上に上る。触ってみれば、まだ倒れたばかりの木らしかった。そういえば、さっき休んだ倒木もまだ新しかったなと思い出す。嵐でも来たばかりなのだろうか。しかも、こんな巨木を倒すような大きな嵐が。

 巨木の上から見たエマが思いのほか小さくて、どきりとする。

 不思議そうに見上げる彼女に手を差し伸べた。


「掴まって」


「ありがとう」 


 握り返してくる手は小さい。いつの間に手袋をしたのか、なめらかな手触りの黒革が彼女の手を覆っていた。引き上げてみると体もふわりと持ち上がる。勢いをつけすぎたので、思わず抱き留めてしまった。

 胸の中で「びっくりした……」と呟いているエマがなんとも可愛らしい。

 目元にかかる長めの前髪の隙間から俺のこと見上げている。


「ありがとう」


 と小さく呟いた声が聞こえた。

 エマを先に倒木から降ろして、俺も飛び降りる。

 それを見ていたエマが


「魔族って体も丈夫なのかしら?」


 と腕組みをしながら首をひねっているので、


「そういう研究はないの?」


 とからかっておいた。

 しばらく歩いていると、目の前を大型犬位の大きさの角の生えたウサギが横切って行った。あれは流石に魔物だとわかる。

 そこでふとある疑問にいたった。


「魔物使いってことはエマも魔物を持ってるんだろ?」


 持っている、で表現がいいかわからないが、それ以外の表現が見つからないので、そう言っておく。


「その魔物は?」


 首を傾げる。出会った日はあのエマが四足竜と呼んでいた目玉のある魔物しか見なかったし、その後もエマの周りで魔物らしきものは見ていない。馬車の中の話では、魔物がいるから今までは馬車をあまり使わなかったという話だったが、ニコがいるから無理に馬車に乗ったのなら悪いことをしたと思ったのだ。

 振り返って俺のことを見上げたエマが戸惑ったようにして、笑う。


「私の魔物は……」


 不覚にも、笑ったことに対してどきりと胸が鳴る。しかし、胸を高鳴らせる自分に対して怒りも沸いた。

 その笑顔は、エマ本来の笑みではない。

 宿で見た笑みではなかった。


「今は寝てるのよ」


 まただ、そう思った。

 エマが怪しい影をまとう。笑っているのに、どこか遠くを見ている。間違っても楽しくて笑っているのではないのは分かった。

 誤魔化すようなその笑みに、何か触れてはいけないことに触れたのだと察する。違う、エマは触れさせたくないのだ。ただただ、他人の自分に、その話をしたくないのだと理解した。

 だが、その内容を薄っすらと知っていた。

 全容は見えないが、きっと昨日あんなに取り乱していた理由にそれがあるのだろう。夜中にうなされるようなそれが、エマの触れられたくない部分なのだ。

 昨日の夜、『あの子たち』と言っていたのはその魔物の事だろうか。しかし、それは今はエマの周りにいない。ということは、いなくなったか、それとも手放さなければならない状況に見舞われたのだ。『失格だ』と言っていたのはきっと魔物使いに対してだろう。だから、エマは魔物使いの話題になると何とも言えない表情をするのだ。しかし、エマは自分のことを魔物使いだ、という。魔女にはなり切れない、と首を振るが魔法使いとも名乗らない。まだどこかで魔物使いとしての気高い矜持があるのだ。

 だから、嫌な顔もするし、その思いが有り余って夢にまで見る。

 何よりも、あんな風に悲しそうに笑ってほしくなかった。

 そんな笑い方をさせてしまったのは自分だともわかっている。

 自分の手のひらを強くぎゅっと握った。

 どうしたらエマは楽しそうな顔をしてくれるだろうか。


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