チャプター ビフォー・アンド・アフター・ワンスモア
マミー・プリーズ・パワフル!
あゝ何て凬が心地違ふでせうか、娑婆がこそ良い墓場にでき候ずだらうに。
――――――
「もしかしてあなたは、マダム・ローリング? お久しぶりです!」
「……マダム・クーン? なんの因果でしょうか、丁度お会いしたかった!」
オープンテラスのカフェでファッカーの母ジェシカが哀しげに背を丸めていたレインの母エリカに逢うのは可なり久しぶりの事であった。それもそのはず、エリカはがんを患いずっと入院生活を余儀なくされ残りの余命一週間を自由に過ごそうとしていて、ばったり再会できたのだから、こんなに嬉しい事はないと騙し騙しお喋りに花を咲かせていると、
「奇遇ですね、お二方。お世話になっていますポールの母です!」
「あらら、なんという……それより戻って来られたんですねパウラ!」
「ええ、やっと。あの時は重たい楽器を運んで下さって誠に――」
「昔の事は良いんですよ、互いに事情があったワケですしね! 元気そうで何より」
「お陰様で、恐縮です……お二方はワインを?」
「ええ。パウラ、こんな機会は滅多にないんですから一緒にどうです?」
「是非!」深々と頭を下げる腰の低いマダム・パーシーも加わったのだから三人共々夢を見ている様な、バラバラだったものが偶然によって一つのカフェに集まり、旦那のグチや自分の子供の昔話をしたり馬鹿話して笑い合う機会を与えてくれたのは神様の気まぐれかとエリカは心に決めていたというのにサヨナラをしたくなくなって、そんな自分を嗤う。
「あなた、その髪……!」
「もしかして……がんだったんですか!?」
「お二人とも、どうか子供を信じるように。どんな子供だって同じ人間なんですから」
一週間後、身寄りのない彼女は院内で笑みを浮かべながら安らかに息を引き取ったのを二人が立ち合い、一人娘であるレイン・ローリングに知らせて三人だけの葬儀となった。
「ポールのお母様、ハリーのお母様、本当にありがとうございました。お二人に看取られ母もさぞかし幸に天へ召された事でしょうが、しかし……娘である私は母のがんを知らず呑気に生きて居ました。それが私の胸を引き裂くような悲しみと後悔です……母はいつも元気なんだと自分で決め付けていた成れの果てが、こんな馬鹿をいうのも何ですが……」
「いいえレイン。エリカは亡くなる寸前まで笑顔を絶やさずにずっとあなたを自慢の娘だと、それも他人の子と比べずに、自分の人生で一番の幸せはあなたが生まれて来た事だといつものように言っていたのを私たちはしっかり聴いていましたよ」
「ええ。母親である私たちでさえ理想の母親像で見習わないといけないなとしている内に最期を迎えてしまわれて、私たちは狐につままれた様に、イタズラかと思うくらい苦しむ素振りなく安らかに逝ったのはレインを悲しませたくなかったからでしょう」
「こうも言っていました。娘のレインは生真面目すぎる、もっとラフに生きてほしいと」
「生真面目……? お母さんが私にそう言ってくれていたんですか? それなら私はこう言ってやりたかったですね……私は、お母さんに言われた事を守って来ただけだぞって!
お母さんの調子の良さと抜け目のなさったら誰よりも群を抜き一歩先を行って、その先がたまたま崖だったんでしょうねー、もう、まったく!」
「フフ、エリカさんと喋り方がそっくり! ウチのポールなんて――」
「いやいやパウラ、ウチのハリーは未だに負んぶに抱っこだから――」
親でも娘でも息子でも、何だって初めは同じ子供から始まって枝分かれに成長してゆき大人の格好をする者も居れば大人を嫌う者も居て、双子でさえ一人一つずつ生命が宿りし人間世界の中で一番に必要なものは親の教育であっても逆に子から学ぶこともある不思議生物ニンゲンとは常に面白い事を考えてゆかねば楽しくないと死に際に彼女がいった言葉だが、近頃の世の中ではそうひょうきんに考えて居られない人たちが沢山いる様なのだ。
↑……………………↓
「あ! あれ、さっき流れ星があったんだよ!」
「うん、キレイな星ばっかり!」
「でもお母さんはケータイ見てばっかりーっ!」
「ごめんね、今ちょうど手が離せない時期だから、ね?」
「もーっ! お母さーん!」
「お母さん今つまんなくなってるから七時まで庭に行って良いよ」
「良いの? やったやった!」
「ちぇっ、あと一時間しかないじゃん」
「文句あるならウチに居なさい」
「こんなに星がキレイなのに。あ、待ってよーっ!」
『ディア・レイン・ローリング。今後のスケジュールが開き次第、弊社での打ち合わせのご検討の程をよろしくお願いします。フロム・コンチェッターフォーブックス。』
「そろそろハリーとポールに言うべきかなー。でも言ったらきっと――
『おいおいマジか今がこの時にメンバー脱退……こっちの方が向いてるに決まってる!』
『そりゃあ一つに絞った方が良いに決まってるがよ、俺たちの立場ってもんがあるぜ?』
――とか大袈裟にされちゃうんだろなーっと! 火ぃ点けっ放しにしてた!」
「お父さん帰って来たよ、お母さん、お腹すいた!」
「俺も腹ペコペコだーっ! けど、また新しい次元の感じに出来たな」
「おうとも。ブランクなんて何のその、俺たちの進化は止まらねえ!」
「はいはい二人とも、まずはシャワー浴びて来てねーっ!」
「失礼しますマダム・レイン・ローリング。わたくし次回作のプロデュースを務めさせて頂きますジョージです、産休の所すみませんが一寸、外で一つお話を伺えませんか?」
「ジョージ。あなたは常々間が悪いですねー、家族を待たせるワケにはいきませんので」
「レインピスス・チャイルド! あなたはそれで良いと思いますか!? あの頃の熱意は何処へ行ってしまったんだ! 私はアナタの弾くギターを録るまで諦めませんからね!」
「……お母さん、あの人かわいそうだよ? 泣いてるよ?」
「……しーっ、お母さんも泣いてるんだよ」
「ごめんね、バカなお母さんで……。良いでしょうジョージ、そこまで言うのなら!」
――――――
最期に是を云いたひ。男よ一夜に生娘を”ふあつく”せぬ世の先に無し。
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