最終話 宣戦
邪神フレイと女神ヴェルダンディとの戦いから数日後。
ハンク達は、帝都フレイベルクの貴族街にある墓地に、ザカリアの遺体を埋葬した。その隣には、ヴィリーとサラ、それにイレーネの墓標も立てられた。
そして、現在。ハンク達はヴェロニカの屋敷にいた。
「ヴェロニカ、本気でプエルタムエルタに行くつもりなんですか!?」
「ええ。ベルナード皇帝陛下には事の顛末を報告して暇を戴いたし、エステルはこんな私を許すと言ってくれた。それに何より、神聖魔法を失った私は、もうミズガルズ聖教会には戻れないわ」
旅支度を整え荷物を背負ったヴェロニカが、エルザに向かって、自らの左目を指先でトントンと軽く叩く。
「それに、エルザだってプエルタムエルタに行くんでしょう? 私、生活能力皆無なのよね」
「知ってます! まだ治って無かったんですか!?」
そんな話聞いた事ないわ、と開き直るヴェロニカにエルザが呆れ返っていると、奥から現れた黒衣の少女が姉妹に近づいていった。
「今は我アルタナだ。ヴェロニカよ、お前に餞別をやろう」
黒衣の少女が纏う神の重圧に、ヴェロニカの体が硬直する。
「そんなに怯えることはない。お前の左目を封印してやろうと言うだけだ。万が一にも、その目で我が眷属となったエルザに危害が及ばぬ様にな」
「あ……ありがとう、ございます」
ぎこちなく礼を述べるヴェロニカに、気にするなとアルタナが一言返す。そして、ヴェロニカの背後に回らせたエルザに包帯を外させると、椅子に座らせてから、その左目にそっと掌を当てた。
「時に、ヴェロニカよ、マナの習得は進んでおるか?」
「え? はい。なんとなくですが、少し判るようになりました」
「ふむ。さすが、自らを天才司祭と豪語しただけの事はある。完全に扱えるようになったら、エルザ共々、我が眷属に加えてやろう。……よし。終わりだ。多少、視力を犠牲にしたが、問題はないだろう」
アルタナの掌が一瞬淡く光ったかと思うと、ヴェロニカの左目の魔眼に、不可解な紋様が上書きされた。
「これは……目立ちますね……眼帯した方がいいかも」
「私もそう思う。これ使って」
ヴェロニカの目を見て引き攣るエルザに、アルタナからラーナに戻った黒衣の少女が、ポケットから黒い帯を取り出した。
「ありがとう。えっと、今はラーナなのよね?」
「そうですよ、ヴェロニカ。まぁ、慣れればすぐ見分けられます」
「あのプレッシャーだものね……すぐ慣れそうだわ」
突然柔らかい雰囲気に豹変したラーナをヴェロニカが遠い目で見つめていると、不思議そうな顔をしたハンクが室内へ入ってきた。
「何してるんだ? みんな待ってるぞ」
「ヴェロニカの魔眼を封印してた。もう終わったから大丈夫」
「そっか。まぁ、どう考えても、アレ危険だもんな」
ラーナの言葉に笑いながら答えたハンクに向かって、ヴェロニカが「うっさいわね。やっぱり、封印を解いてもらおうかしら」と睨み返す。エルザはそんな姉を宥めながら立たせると、ハンクとラーナに「行きましょうか」と笑顔を見せる。
エルザの機転のお蔭でその部屋をスムーズに出たハンク達4人は、そのまま屋敷の入り口へと向かった。
しばらくして、頬を膨らませるヴェロニカを先頭に、その背中を押すエルザ、苦笑いのハンクとラーナが屋敷の入り口へ到着した。そこでは既に、馬車の御者台にシゼル、後部の座席にエステルが座り、馬車から数歩下がったところにアリアが立って皆を待っていた。
「やっと来た! お兄ちゃん。私、プエルタムエルタで待ってるから、早く来てね!」
「わかったよ。エルフの街で依頼の報告したら向かう。それまではシゼル達が一緒にいてくれるから、大人しくしてろよ」
ハンクがエステルの頭をポンポンと軽く叩けば、幼いドワーフ王の唇が尖った。
「わたしはこれでも王様なんだからね! ちゃんと護らないとお仕置きだから!」
一同が和やかな笑い声を上げる中、1人ヴェロニカだけが真剣な顔でエステルの前に進み出て、臣下の礼をとった。
きょとんとしたエステルを前に、ヴェロニカが顔を上げる。
「エステル様。この度は私の我儘により、父王ザカリア様を失わせてしまいました。本来ならば万死に値するところ、あなた様はこの私をお許しになってくださいました。償いと言うには
「うん。良いよ。じゃあ、ヴェロニカちゃんは私の1の部下だね!」
よろしくっと手を差し出すエステルの手の甲に、ヴェロニカがそっと口付けをする。エステルはそのままヴェロニカの手を握ると、グッと力を入れて新たな配下を馬車の中へ引き入れた。
「ヴェロニカ……そう言うつもりなら、教えてくれれば良かったのに」
「そうはいかないわ。これは私なりのケジメだから」
「変なとこ頑固なのも治って無かったのね……」
がっくり項垂れるエルザにハンクが苦笑いしていると、御者台からシゼルが声をかけてきた。
「じゃあ、ハンク。俺達は先に行って待っている。お前に道中気を付けろと言うのはヤボだが、後ろの2人の機嫌を損ねない様に頑張れよ」
「シゼル……お前なあ。というか、お前だって安全運転だからな」
ジト目のハンクが御者台へ向かって忠告すると、シゼルは「任せておけ!」とサムズアップで応えた。
その後、それぞれに別れの言葉を言い合うと、シゼルは「ハアッ!」と必要以上に大きな掛け声で馬に鞭を入れたのだった。
「やっぱり。シゼルはいつも通りね。馬車に乗らなくて正解だったわ」
腕を組んだアリアが、急発進した馬車をゲンナリした表情で眺めた。
「彼は、シゼルはいつもああなのか? 気を付けないといけないな」
「それが良いわ。シゼルはお人好しな上に何でも安請け合いしちゃうから、エルザも大変よ。きっと」
「それだけ聞くと、ハンクと大差ないように聞こえるな」
真剣な表情で答えるラーナに、アリアが「違いないわ」と吹き出した。
そして、シゼル達の馬車が帝都フレイベルクの街並みに消えるまで見送った後、2人は足元に置いた荷物を、それぞれ手に持った。
「エルフの街か。本当に私が行っても大丈夫かな?」
「当たり前よ。なんて言っても、あなたはラーナ=アウテハーゼ。サラ先生の身内なのよ」
「あはは。私は家族のつもりだけど、あっちは認めてくれないかも」
「大丈夫。今の私は精霊王。文句なんて言わせないんだから」
自信満々に胸を張るアリアを見ながら、ハンクがポロリと不安をこぼす。
「ところでアリア。俺達は天上神ノルンに、女神ヴェルダンディの生命核を突き付けて喧嘩を売りに行く、って話じゃあ無かったか?」
その通りよと、アリアが人差し指を立てた。
「だけど、キミも私もとっくに普通の人間じゃ無くなちゃったんだし、堂々としてれば良いのよ。そうでしょ? ハンク」
「そうだね。今の私達に怖いものって、そうはないはず」
振り返ったアリアとラーナが、ハンクの顔を見て満面の笑みを浮かべる。
ハンクもそんな2人に釣れられて笑いながら、ふと空を見上げた。
大気中をゆったりと流れる、薄絹の様なマナがその視界に映る。そのままマナを眺めていると、そこにアルタナの気配を感じて、ハンクは虚空に向かって語り掛けた。
「アルタナ。聞いてるか? 俺はさ、チョットおかしな創造神様に普通じゃない身体を貰って、どう考えても普通じゃない敵ばかりを相手にしてる。しかも、頼りの仲間まで、これまたどこか普通じゃないときた。
……でも、これがこの世界での、俺の普通だ。まぁ、見た目だけは普通の人間にして貰えたから、アンタの望み通り、楽しく普通に生きさせてもらうよ。だから、アルタナ。お前こそ、俺を飽きさせるなよ!」
ハンクが創造神アルタナに突き付けた宣戦は、晴れ渡った空の下、世界を循環するマナの深淵へと吸い込まれていったのだった。
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