第34話 転生者達
リンの案内で1度は迷子になったものの、ハンクが巡回中の兵士に道を聞いたお蔭で、2人は市場へと辿り着き、無事買い出しを終えた。
市場で旅の必需品を買い揃えている間にも、リンは何度か迷子になり、その度にハンクは市場中を探し回る羽目となった。その為、本来ならすぐに終わるはずの買い出しも、終わってみれば正午の鐘が聞こえる程に時間が経過していたのである。
当初の予定では、さっさと買い出しを終わらせ、宿で昼食を摂りながら教会へ行ったアリア達の帰りを待つはずであった。しかし、現実は上手く行かない。このままではアリア達を待つどころか、逆に自分達を待たせることになるだろう。
とはいえ、なにも今日出発しようと言う訳では無い。急いで宿屋に戻る必要などないのだ。それなのに、外に出かけたらすぐ帰りたくなってしまうのは、ハンクの性分によるものだ。
――そう、ただの出不精である。
「ねえ、ハンク。今、すっごく帰りたいって思ってるでしょ」
「なんだよ。藪から棒に……」
「気にしないで。そんな気がしただけ」
誰の所為だよと心の中で毒づいてから、ニヤニヤするリンを後目に、ハンクはサンドイッチを頬張った。
現在、ハンクとリンがいるのは、市場の一角にある軽食屋だ。先ほど正午を過ぎたばかりの所為か、店内に置かれたテーブルの殆どは昼食を摂る客で埋まっていた。店内は騒がしいと言う程ではないが、ガヤガヤとした喧騒に包まれている。
そんな中で、ハンクは1つ目のサンドイッチを食べ終わって、次のサンドイッチに手を伸ばした。パンに挿まれたハムの様な物には、薄味だがそれなりに塩気があって美味しい。
塩が高価すぎて、料理に味も素っ気も無いような世界では無い事に感謝するばかりだ。
「ところでリン。アリア達が行った教会って、天上神全部を祀ってるって事でいいのか? てっきり、1柱の神様を中心に国や街が出来てるのかって思ってたから、どうなってるんだ? って思って」
「ハンクの言う通り、聖教会は天上神全部を崇めてる。多神教なんじゃないかな」
「へええ。でも、まてよ。それじゃあ誰がなんの依代かも判らないんじゃないのか?」
「そうだね。カモフラージュにはもってこいだろうね。それに、ヒューマン皆で天上神全体を信じてるから、相互に信仰を集めて神様自体も滅びにくいし、力を得やすいと思う」
「……うまいこと出来てるな」
ひょっとして、それが神の世界でアルタナが言っていた、「小細工」という奴なんだろうか?
それにしても、転生して数か月のハンクとは違い、流石にリンはこの世界に詳しい。
パッと見たところ、リンの外見は18歳くらいだ。気が付いた時は、8歳の女の子だったと本人が言っていたことから、10年近くこの世界で暮らしているのではないかと思う。
そんな事を考えていると、リンが「前から思ってたんだけど……」と前置きしてから口を開いた。
「ハンクが転生したのって、私より絶対年上だよね」
「そうだったな……リンがこの世界に転生した時は、17歳で死んだとか言ってたよな。俺は29歳でこっちへ転生した」
「へぇ、29……もうすぐおっさんだったんだ」
「おっさんいうな。今の俺は多分16,7だ」
「ふうん。じゃあ、中身がおっさんなんだね。でも、あれ? それじゃあ今は私の方が年上か……」
はたとその事に気が付いて、リンがサンドイッチを手に持ったまま考え込んだ。少し俯いた顔に、はらりとオレンジの髪が掛かる。
何度もおっさん呼ばわりした挙句、今は自分の方が年上だと言う事に気が付き、ショックでも受けているのだろうか? だとしたら自業自得だ。
「ったく、そこばっか強調するなよ……だけど、俺より年上って、この世界に転生して何年経ってるんだ?」
「今年18になったから、10年くらい」
「10年か。通りで色々詳しい訳だ」
女性に年齢の話をするのは、マナー違反な気もするが、お相子だろう。なにせ、散々おっさん呼ばわりしてくれたのだ。それに、どうやらハンクの予想は当たっていたようである。
(リンと喋ってると、木下や山崎を思い出すな……)
はたと、ハンクがこの世界に転生する事になった時、一緒にトラック乗っていた2人の事を思い出した。
彼等も19歳か20歳くらいだったはずだ。自分は死んでしまったが、彼等は無事だったんだろうか?
転生した自分が、こんなことを言うのは傲慢かもしれないが、若い2人には無事であって欲しい。もし、そうでなくとも一命だけは取り留めていることを願うばかりだ。
とはいえ、あの時乗っていたトラックは横倒しになり、助手席は潰れていた。仮に命が助かったとしても、重傷は免れないだろう。
あちらの世界には、エルザが使った様な回復魔法など存在しない。どれ程医療技術が進歩しようと、瞬時に怪我を治す事など、出来はしないのである。
それにしても、エルザが使った回復魔法の光は、まるでハンクを拒絶するかのようだった。力を授かった神の違いが原因なのだろうか? その事について、リンなら何か知っているかもしれない。
「エルザが回復魔法を使った時に思ったんだけど、ひょっとして俺達には使えないのか?」
「たぶんね。私も何度か試したけど、使えなかった。でも、生命核を持った私達は、傷を負っても魔力を体に廻らせる事で傷を回復させられるんだ。だから、必要無かったってのが正しいかな」
「え? 初めて知った……なんだよそれ」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。予想外の答えにハンクが呆然としていると、リンは一つ溜め息をついてから、「……ホント、アルタナはハンクに何にも教えてないんだね」と呟いた。
考えてみれば、リンは今まで何度も無傷では済まない戦いをしてきたはずだ。特に、エルダー火山で冥界竜の生命核をヴィリーに強奪された時は、ティナの遺した力が無ければ殺されていたかもしれないのだ。
リンを圧倒するほどの力を持ち、さらにドルカスへ冥界竜の生命核を移植したヴァンを送り込んだ白き勇者ヴィリー。会ったことも無い相手だが、魔神アルタナの次に警戒しなければならない存在は、彼で間違いないだろう。
「ハンク。生命核の気配を消す練習の話、憶えてる?」
「ん? もちろん。そうじゃないと気配ダダ漏れでヴィリーに即見つかるっていってたよな」
「うん。エルザ達と合流したらこんな話も出来なくなるだろうし、今からちょっとやってみよっか」
「いいけど、どうやるんだ?」
ヴィリーの事を考えていたハンクを見透かす様に、リンがにまっと笑う。そして、自らの胸の上に手を当てて、リンが再び口を開いた。
「心を落ち着かせて、体の中心にある魔力の塊を感じる事がまず1つ。次に、その魔力の塊を感じる事が出来たなら、水道の蛇口を締めるようにゆっくりと魔力の出力を絞って行く。当然絞れば絞るほど気配を消す事が出来るけど、出せる力も弱くなる。それこそ、気配を完全に断つくらいに出力を弱めたら、一般人くらいの戦闘力と耐久力になる。流石にそれは危険だから、冒険者として戦えるくらいの魔力は残しておいて。特級や上級冒険者くらいの魔力量に合わせておけば、あっちもそれが魔力か生命核か判断つかないだろうから、そのくらいの強さで魔力を維持するのが目標かな」
「なるほど、やり過ぎは危ないって事か。ちょっと試してみるか……」
目を閉じて体の中心をイメージしながら、ハンクは感覚を研ぎ澄ました。
巨大な魔力の塊を自らの中心に感じる。さらに、その魔力の塊に意識を集中させると、6個の独立した魔力の塊が、暖かく光る何かによって1つの大きな魔力の塊に纏められているのが分った。
(アリアが難民街で言ってたのはこの事だったのか……)
今更ながらに、アリアが精霊魔法で生命核の魔力を感知した時に言った言葉の意味を理解出来た。あの時アリアが言った通り、自らの中心にあるその塊は、大きな1つの生命核であるようでもあり、それぞれ独立した6つの生命核が密集しているようにも感じる。
とはいえ、それを感じる事が出来たからと言って、なぜそうなっているのか説明するなど、ハンクには出来そうに無い。唯一説明できるとしたらアルタナだけだろう。なにせ、6個の生命核を奥村桐矢の魂を使って1つに纏めたのはアルタナである。
(なんにせよ、生命核を感じる事は出来た。次はコントロールだ)
解らない事をいつまでも考えていても仕方がない。ハンクは気持ちを切り替えて、蛇口を絞るイメージでその魔力の塊を小さくしていく。精霊魔法で水を作り出す時に練習したお蔭で、魔力を操作するコツは掴んでいるのだ。
「出来た……かな?」
目を開けたハンクが、ぽつりと呟くように言った。目を閉じていた時間は1分にも満たない程であったが、上手に出来たのではないかと思う。特級冒険者の魔力量が良く解らないが、その辺りは後でシゼルと手合わせでもして微調整すればいい。
そして、これでどうだとばかりに、ハンクはリンに向かってニッと笑った。
「ホントだ……出来てる。ハンク、魔力を絞る練習したことあったの? いきなり出来るなんて思わなかった」
意外。とばかりにリンが目を瞠る。
「精霊魔法で水を作る練習が、これと似たような感じだったんだよ。旅の間も、俺かアリアが水袋に水を作ってあげてただろ?」
「……あれかあ。普段からやってたんだね。じゃあ、あとは、その魔力を維持して。多分、私もハンクも特級冒険者くらいの魔力で行動してれば、ある程度の戦闘力を持ったまま気配を潜ませる事が出来て、丁度いいんじゃないかな?」
特級冒険者と言えば、このバスティア海周辺の国々全体で10人しかいない英雄だとレジーナが言っていたはずだ。だが、リンからするとそれは「ある程度の戦闘力」らしい。特級冒険者達がその言葉を聞いたら、さぞかし憤慨するだろう。
とは言え、リンはエルダー火山で、その特級冒険者10人が束になっても勝てるかどうか分らない冥界竜を単身で屠っている。神の力を与えられ、生命核を持つと言う事は、それほど強大な力を手にするという事なのだ。
「だけど、特級冒険者なんてそうはいないんだろ? それに、ハッシュみたいに魔力を感知出来たり、アリアが精霊魔法で生命核を見つけたりしてたけど……気配を隠すって大変だな」
「魔力感知を会得してる人達って、放出する魔力を感じるだけで、体内に秘められた魔力を感じてる訳じゃ無いみたい。だけど、アリアが精霊魔法で生命核を感じる事が出来るなんて初めて聞いた。でも、そんなこと出来る人間は限られてるだろうし、見つかったらその時はその時だよ。サラさんを取り返そうって言うんだから、戦いは避けられないと思う」
「……それもそうだな」
確かにリンの言う通りだ。この帝国で精霊魔法の使い手は、サラと彼女の育てた子供達だけのはずである。難民街で出逢ったヴァンがそうだったからと言って、そう何度も出くわすものでもないだろう。
しかし、その難民街でアリアは、生命核の気配を隠していたはずのリンとヴァンの生命核の気配を、あっさり感知した。光の精霊を扱う事がどれ程の難度かは分らないが、この事について、アリアにも話を聞いておいた方がいいだろう。
考え込む様に腕を組んだハンクが、背もたれに体を預けて、大きく溜め息をついた。
「ハンク。いきなり魔力ダダ漏れ。当たり前だけど、寝てても魔力漏らしちゃダメだから」
「……マジか。寝てても漏らすなって……そんなの、どうすりゃ出来るんだよ」
「魔力を感知して咬みついてくれる虫とか、痛いぐらい締め付ける金属の輪でもあればいいんだけど……生憎、そんなものは無いし、みんなを危険に遭わせない為にも頑張ってね」
リンはそう言って心の底から残念そうな顔をした。冗談では無い。そんな物があった日には寝不足確定である。目に隈を作りながら旅をするなど御免蒙りたい。
これからの事に少し憂鬱になっていると、遠くの方から鐘が鳴り響く音が聞こえた。昼過ぎに鳴るこの鐘は、午後3時頃を知らせるものだ。気が付けばかなり時間が経過していたらしい。
「きっとみんな戻って来てるだろうし、俺達も宿屋に戻ろう」
「そうだね。早く戻って、誰か虫とか輪っか持ってないか聞かないと」
「……頼むから聞かないでくれ」
ニヤリと嗤うリンを見て、「そんな都合のいいものあってたまるか!」と、ハンクは心の中でツッコミを入れながら、がっくりうな垂れたのであった。
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