第18話 ハンクの決意
「では、返事を聞かせてくれるか?」
今にも吹き出しそうな表情で、エルフ王アルヴィスは、再びハンクに問い掛けた。
深くもたれ掛る様に座っていたハンクは、数秒目を閉じてから姿勢を正し、アルヴィス王と視線を合わせた。彼の眼差しに疑いの色は無い。
――覚悟を決めよう。もう、誰も無駄に死なせない。
アリア、シゼル、ハッシュ。そして、手の届く範囲の人たちだけでも。ラーナの時の様な後悔は、二度と御免だ。
意を決して、ハンクは口を開いた。
「依頼。お受けします」
「では、イーリスよ。先ほどの依頼を、ギルド経由で彼らに発注しておくように。私は先に戻るが、彼らをもてなしてやってくれ。……それと、意趣返しも程々にな」
「御意に心得ました」
目を伏して答えるイーリスに
「では、また会おう」
威厳に満ちた声で短く言って、アルヴィス王は踵を返す。イーリスも席を立ち、王の退出を見送った。
そして、扉が閉まるのを待ってから、アリアがイーリスをじろりと睨みつける。
「イーリス。どういう事? 説明してくれるわよね……」
「さあ? なんのことでしょうか? それより、この後皆さんを私の屋敷でおもてなしさせて頂くので、移動しましょうか。父様と母様も呼んでありますよ」
イーリスは、にこりとしながらアリアの眼光を真っ向から受け止めた。互いの視線がしばらく交わった後、アリアの目から怒りの色が薄れる。父様、母様と言う言葉に
「…………早くドルカスへ戻りたい」
きっと、父や母に言われる小言の量はイーリスの比ではないはずだ。それを想像して、アリアは
「……参った」
ハンクは両手を上げて、降参の言葉をシゼルに告げた。太陽の光を反射して、ぬらりと光る剣身がハンクの喉元に突き付けられている。
「動きは見えてるのに、身体が動かなかった。シゼルは凄いな」
「まあ、初見だからな。フェイントも混ぜた。何より、まともに剣を打ち合わせたら、確実に俺の負けだろう。お前はアイアタルやマンティコアと平然と戦っていたが、あんな馬鹿力で打ち込まれたら、こっちがもたん」
にっと笑いながら、シゼルが剣を引く。そして、再び剣を構えた。
「だが、こういう技もある。次、いくぞ!」
短くそう言ってシゼルがハンクへ突進する。短く刈った赤い髪が風に揺らめく。全速力だ。そして、その速度のまま、シゼルの剣が上段からハンクへ向かって振り下ろされた。
ギィンと不快な金属音を立てて、ハンクがその剣を受け止める。そして、剣を押し返そうと前のめりに力を入れた瞬間、シゼルの剣からすっと力が抜かれ、体が前のめりになる。気が付いた時には、足払いを食らったハンクの身体が地面に転がり、目の前には再び、シゼルの剣先が向けられていたのだった。
上級冒険者で剣の達人。流石としか言いようがない。シゼルの技にハンクは舌を巻いた。
ところで、何故シゼルとハンクが戦っているのか? それは、王宮からイーリスの屋敷へ移動する道すがら、ハンクがシゼルに剣を教えて欲しいと頼んだからである。
もう誰も無駄に死なせないと決意したのだ。その為にも、戦う術を身に着けておきたい。
真剣な表情のハンクにシゼルはあっさり快諾する。時間の空いた時や、野営の合間などに稽古をつけて貰うと約束し、彼等はイーリスの屋敷へと向かった。
イーリスの屋敷に到着してから、3人はアリアの姿を見ていない。きっと、家族水入らずで話したい事もあるだろうと、割り当てられた部屋で休むのも早々に、男3人は中庭に出て、その真ん中にある大木の横で剣の稽古を始めた。
部屋にいた所で、特にやることも無い。それならばと、早速行動に移したのである。
ちなみに、ハンクの持っている剣は王宮から出る時に、衛兵隊長のマレインに貰ったものである。
報酬から引いてくれて構わないから、剣を1本分けて欲しいと頼むと、マレインは後ろに流した短い茶色の髪を掻きながら、「これをどうぞ。私の予備の武器ですから差し上げます」と気前よく剣を1本くれた。何の変哲も無い、鉄製の
衛兵隊長という風格が出ないものかと、ヒューマンの街から来た行商人より買ったが、長剣はどうも使いにくい。エルフの戦闘術は、弓とショートソードが主であり、彼もその道ではかなりの腕前なのだ。
必然的に、その長剣に出番は無く、もっぱらただの飾りになっていたと言う。
ハンクは、ありがたくその長剣を受け取り、今に至るのであった。
それからしばらく、剣の稽古は続いた。
気がつけば夕方近くになっており、イーリスの使いが3人を呼びに来て、彼らは部屋へと戻った。
イーリスの使いより、一緒に食事を摂らないかと3人は誘われたが、
そして、用意された部屋で夕食をとった後、部屋でやることも無く、ハンクは中庭へと出た。
中庭は小さな公園ほどの広さがあり、真ん中には大木がある。昼はそこでシゼルと剣の稽古をしたのだ。
「異世界か……」
中庭を歩きながら、ぽつりとハンクは呟いた。手近な2人掛けのベンチに座り、空を見上げる。そこには見覚えのない星空が広がっていた。
少し目線を落とすと、屋根の向こうの星空には、柔らかな光の膜が掛かっている。多分、巨大な光源があるのだろう。姿は見えないが、月だろうか? ぼんやりとそんな事を考える。そういえば、転生してから夜空をのんびり見上げるなど、今日が初めてだ。
何をするでもなく星空を見上げていると、誰かが中庭を歩いてこちらへ向かってくるのが見えた。青と白を基調にしたロングドレスに、同じく青いリボンで纏めた金の髪が映える。柔らかな月の光と相まって、その光景はこの世の物とは思えなかった。
「キミも中庭で休んでたの? 隣いい?」
思わずほけーっと見とれていたハンクは、歩いてきた女性が喋った内容をすぐに理解出来ず、しばし硬直してしまう。すると、その女性はにやりと笑った後、答えを待たずハンクの横に腰を下ろした。ふわりと、甘い香りがハンクの鼻腔をくすぐる。
「ホント、どこまで異性に免疫無いのよ。イーリスといい勝負ね」
「ええ……!? ア、アリア?」
呆れた口調で喋る聞き慣れた声に、ハンクは素っ頓狂な声を上げた。思わず見とれていた手前、恥ずかしすぎてアリアを直視出来ない。さっきとは違った意味で、ハンクは前を向いたまま、再び硬直した。
「ふふ……。そういう所、イーリスを見てるみたいで、ついからかっちゃうのよね」
くすくすと可笑しそうに言うアリアに、ハンクは羞恥心で悶死寸前である。
「な、何言ってんだよ……俺は別に……」と、心とは裏腹に口で強がる。
「強がらなくったっていいわよ。初めて会った日だって、密偵を捕まえるために、大声で世間話しようって言いながら、しどろもどろなんだもの。バレバレよ」
「う…………」
「でも、そういう所があるから、信用してもいいかなって思ったの。何でもかんでも人間離れしたとこ見せられたら、きっと私はキミを信用できなかったわ」
急に真面目な声で言うアリアに、毒気を抜かれたハンクの硬直が解ける。そしてハンクは、ゆっくりと一つ、深呼吸をした。
「ありがとな。あと、イーリスが俺の事を何者だって聞いた時、フォローしてくれただろ。それも、助かった。お蔭で、いろいろ決心がついた。常識が無いって言われたのはグサッと来たけど」
「……な、なによ急に。私は別に、本当の事言っただけなんだから」
「はは……今度はアリアが強がってるな」
入れ替わった攻守に、ハンクが笑いを漏らす。
「でも、決めたからには全力で守るよ。誰も死なせない」
「うん。ありがとう」
魔神の刺客。その魔神曰く、アイアタルでさえ練習相手だ。次からは何が来るか分かったものではない。
更に帝国国内への潜入。時として、魔物より人間の方が遥かに危険である。
――平穏は遠いな……
そんな事を思いながら、ハンクは見知らぬ星空を見上げた。
不意に、隣に座っていたアリアが立ち上がり、ハンクの前に移動する。
「冷えて来たわ。中に行きましょ」
「そうだな」
アリアに促されて立ち上がったハンクが、「行こうぜ」と声を掛ける。目が合うと、彼女の動きが一瞬止まった。何かを言い掛けて躊躇った様に見える。どうしたんだろうと、訝しむ視線を向けると、
「部屋に戻る前に、一緒に来て欲しいところがあるの」
少し俯いて、言いにくそうに切り出したアリアに、ハンクはドキッとする。どこへ行くと言うのだろうか? 意味を計りかねてハンクの動きが止まった。
「あのね……イーリスが探査魔法の件で話を聞きたいから、ハンクを連れて来て欲しいって言ってるわ」
にっと笑うアリアを見て、「またやられた!」と思うと同時に、イーリスに言われるであろう小言を想像して、ハンクはガックリとうな垂れた。
翌朝、4人はエルフの街、ギルド支部でアルヴィス王からの依頼を正式に受ける。
内容はハイエルフの保護と、精霊魔法流出の阻止。エルフ王アルヴィス・ルドルフ=エントからの指名依頼である。しかし、ハンクは未だ冒険者登録が済んでいない為、代表者としてアリアが依頼を受注した。
一国の国王より指名される依頼など、特級冒険者でもなければ、そうそうある事ではない。当然、ギルド支部長は、アリアの素性を知る由も無い。その為、普段あまり喋らないギルド支部長が、「頑張れよ!」と、アリア達を激励して送り出してくれたほどである。
その後、密偵捕獲証明とマンティコア討伐の追加報酬を受け取るため、衛兵詰め所に寄ると、イーリスが4人の到着を待っていた。
「皆さんを、お見送りに来ました」と、いつもの調子でにこりと微笑む。
彼女はマレインを伴って街門まで4人を見送り、
「ハンクさん。精霊魔法の扱いには、重々気を付けて下さいね」
と、にっこり微笑んで、釘を刺したのであった。
そして、4人は大森林を抜け、アドラス湾陸路入り口にある、アドラス王国の街ドルカスへと出発した。
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