第17話 グランド・オーダー

 夜空の星々が、一斉にこの室内へと集まったかのような光景に、そこに居た全員が呆然とする。

 そんな中、最初に口を開いたのは、イーリスだった。

「ハンクさん。あなたも依代、もしくは神々に祝福を受けた存在ですね。それも、かなり高位の……それなら、全てに説明がつきます」

 彼女の碧い双眸は真っ直ぐにハンクを見つめ、一瞬の変化も見逃してくれそうにない。

 イーリスは運命の女神ノルンの依代だ。今この瞬間も、女神達は彼女を通してハンクを見ているのだろう。そして、先ほどハンクがやってみせた事の意味も伝えているはずだ。

 神々に祝福を受けた存在――それは、勇者や魔王に他ならない。

 事ここに至って、隠し立てをするつもりは毛頭ないが、それでもイーリスの言葉は、ハンクに肯定を促すことは出来なかった。

「この力をくれた神様には、俺が依代だとも、勇者や魔王だとも言われてないんだ。祝福なんて上等な言葉、掛けられもしなかったよ」

「あなたは神に関わっていることを否定しないんですね」

「ああ。自らを魔神だと言うだけで、名前すら名乗らない上に、成長が遅いと命を狙うって言われた」

 おどけて言ったハンクに、アリア、シゼル、ハッシュが息を呑む。

「何よそれ……それなのに、キミは見も知らない他人の人生背負込もうとしてたの?」

 1つ呼吸を置いた後、呆れた声でアリアが呟いた。

「3人とも、ごめん。アイアタルを送り込んできたのは、その魔神なんだ。騙すつもりは無かったけど言えなかった。あの女密偵、ラーナは、その魔神にアイアタルへ変えられたんだ。俺と無関係とは言えない」

「でも! 密偵は捕まった時点で極刑を覚悟してるものだわ。キミが気に病む必要なんてないじゃない!」

 勢いよく立ち上がって、アリアがハンクに詰め寄る。唐突に金髪碧眼の美少女の顔が目の前に現れ、ハンクの心臓がどきりと一つ跳ね上がる。

 もちろん、ハンクには女性に詰め寄られたことも、間近に顔を寄せられたことも無い。思わず呆けて見とれそうになるのを堪え、アリアの両肩に手を置いて座るよう促し、ハンクも自分の椅子に腰掛けた。

「まあ、アリアの言う通りなんだけど、俺は彼女の記憶を見ちゃったからな……」

「……記憶とは? あなたは他者の記憶を覗けるのですか?」

 記憶を見る。女神ウルドの力を借りて、先日、密偵の過去を視たイーリスには聞き捨てならない言葉である。

「アイアタルが消滅した後、最後に残った核に青い粒子が残ってて、それが俺に彼女の記憶を見せたんだ。単なる魔力の光だと思ってたけど、なんなんだろうな、この光」

 再び青白く輝く粒子を右手に纏わせ、それを眺めながらハンクが答えた。


「ハンクよ。魔力とは魂の力を根源とする。常人には魔力を知覚することは出来ても、見ることなど出来ない。齢1100を数える、我が街の最長老でも無理だろう。それは、魂そのものを見るのと同義なのだ。推測だが、お前が視たのは彼女の記憶と言うよりは、深く魂に刻まれた未練かもしれんな」

 目の前のやり取りを見ていたエルフ王アルヴィスが、沈黙を破って口を開いた。その言葉に、「未練、ですか……」とハンクが呟く。

「さあ、な。だが、先ほどお主はその中で、ハイエルフを見たと言ったな。その者はどういった姿であったか、教えてはくれないか」

 アルヴィスのその問いに、アリアとイーリスの肩がピクリと揺れる。

「俺が視たハイエルフは、栗色の髪をゆったり後ろで纏めた妙齢の女性です。彼女はラーナと精霊語で会話をしていました。精霊語上手になったね、でも精霊魔法は自然と共に生きるためのものだと。名前は先生としか呼ばれなかったので、分りません」

 その言葉を聞いて、アルヴィスは嘆息し、アリアが俯く。そして、どこか焦点の合わない目で、「サラ先生……」と、イーリスの口から言葉が漏れた。

「ハンク。その精霊魔法は自然と共に生きるための魔法って言葉、サラ先生の口癖なの。先生は栗色の髪を後ろでゆったり纏めてた。もう、疑いようが無い。そのハイエルフは、サラ=アウテハーゼ。先代預言者で私とイーリスの師匠よ」

 俯いたまま、絞り出すようにアリアが言った。時折声を詰まらせ、今にも泣き出しそうなほどである。

「だから、一緒に帝国へ行くなんて言い出したのか……」

 ため息交じりにハンクが呟く。

「そうよ。あの時も言ったけど、森を出た理由の1つ、というか、半分は7年前に失踪した先生を探す事なの」 

 喋り終えて、アリアが大きく一つ深呼吸をする。気持ちを整えるためだろう。

「ハンクよ。いや、4人に私から頼みがある」

 瞑目し、何事か思案していたアルヴィス王が、4人を視界に入れて口を開いた。

「なんですか?」と、ハンクがアルヴィス王と視線を合わせる。

「帝国領内へ赴いて、サラを連れ帰って来て欲しい。もし、それがサラでなくとも帝国から連れ帰ってくれないか? 元々、信頼の置ける有能な冒険者に頼もうと思っていたのだ。大方、ドルカスあたりで冒険者登録するつもりなのだろう?」

「それは……願っても無いお言葉ですが、アルヴィス王は俺を信じてくれると言う事ですか?」

 ハンクはマナクルタグを持っていない。だが、アリア達3人はそれを所持しており、彼らはパーティだと言う。ならば、ハンクがヒューマンの街で冒険者登録するであろうことは自明の理であろう。

 なにより、ハンクが語る内容に偽りがある様には思えない。そうでなければ、こんなところで仲間たちに詫びの言葉など言うはずも無いのだ。

「お主が信頼に値するかどうかなど、先ほどからの会話を見ていれば分る。無茶をするアリアを護ってやってくれ」

「ですが! 俺と一緒にいると魔神のとばっちりを受けかねない」

「アリアも冒険者だ。相手や状況が解らない訳でもあるまい。――それに、いざとなればお主は一人で戦うつもりであろう?」

 見透かしたように言うアルヴィスに、ハンクが「それは…………」と言葉を詰まらせた。

 アイアタルを再び出現させるほどの神は脅威だ。だが、上級冒険者ともなれば、ただ戦闘力が高ければいいと言う訳では無い。引き際を見極める事くらい出来るだろう。

 ――畢竟ひっきょう、エルフ王アルヴィスはこの4人に賭けてみたくなったのである。

 リガルド帝国が以前から版図の拡大を狙っており、この地方を統一しようと目論んでいるのは明らかだ。そして、帝国にいるハイエルフは、サラである可能性が非常に高い。当然、狙いがあってサラを帝国に連れて行ったのだろう。

 その結果、密偵部隊に精霊語を話せる少女がいた。それは彼女が精霊魔法を使えると言う事である。部隊に1人精霊使いが配置されている。ひいては、そう遠くない未来に、帝国軍全てで精霊魔法が利用されるという事になる。

 精霊魔法の軍事利用。それは絶対の禁忌なのだ。

 膨大な人数の兵士を賄うために、帝国軍全軍で一斉に精霊魔法を使ったどうなるか。

 ――待っているのは精霊力の枯渇。

 すなわち、死の大地ががそこに形成され、最悪、冥界の神を顕現させるだろう。ともすれば、伝説の悪魔達かもしれない。何より、そこは戦場だ。贄には事欠かない。それだけは、なんとしても避けなければならないのだ。

 アリアもいつかこの事実に気が付くはずである。そうなれば、彼女はそれを止めるために一人でも帝国に突っ走るだろう。その上、帝国にサラがいるかもしれないのだ。アリアの事だ、無茶をするのは目に見えている。そこへ都合のいいことに、ハンクも帝国へ行き、サラ達を帝国から解放したいと言っている。

 ――ならば、彼らに任せてみよう。


「その時、仲間は必要であろう?」

 そう言って、エルフ王アルヴィスはシゼルとハッシュに目くばせをした。目の合ったシゼルが、「陛下には、敵いませんね」とかぶりを振る。

「ホントだよハンク。いざと言う時、僕らがいないでどうするのさ」

「そうだ。それに、神様とドンパチか。腕が鳴るな!」

「二人とも、ホントに危ないんだぞ!」

「じゃあ、ハイさようならって言って、僕は死ぬまでずーっと後悔するの? そんなの嫌に決まってるじゃないのさ」

 どうやら、この二人は筋金入りのお人好しの様だ。何を言っても付いて来るだろう。開いた口を塞ぐ事も出来ず、ハンクがうな垂れる。

「ハンクの負けね。当然、私はキミが守ってくれるんでしょ」

 3人のやり取りを見ながら、アリアが小首をかしげてハンクに止めを刺す。「姉さんっ!」とイーリスが向かいの席で素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。

(反則だろ……)

 輝くような笑顔で守ってくれなどと言われては、元々女性に免疫のないハンクに、抵抗する術は無い。あまつさえ、相手は金髪碧眼の美少女だ。勝ち目ゼロである。

「知らないからな……お人好しすぎるんだよ」

 腕を組んで椅子に深くもたれ掛り、ため息をつきながら、ハンクは負けを認めたのだった。

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