第133話君が目覚めたその暁に3

「最近の各国の情勢はどうだ?」




 つい聞いてしまい、罪深い自分にはもう関わることも無いことだと悔やむ。




「以前よりはだいぶ落ち着きました。何度も話し合いの場を設けていますし、補償は大変ですが、誠意をもって償っていくつもりです。長期の努力が必要ですが、他国との信頼も回復できると思っています」


「私の後始末をさせてすまない」




 俯いて詫びると、ユリウスは緩く首を振った。




「顔を上げて、真白。あなただけの責任じゃない、僕……私や父上、皆にも多少の差はあっても責任はあるんだ。皆の責任であって真白だけのせいじゃない」




 利発そうな顔を向けるユリウスを、何とも言えない気持ちで見つめる。




「それに、ディメテル国の叔母上やレイ・レティシア国のレティシア様にはとても助けてもらっているんですよ」


「レティシア……そう、深紅が」




 彼女のことを考える心中は、複雑だ。




「レティシア様といえば、そうだ」




 ユリウスが、少々強引に真白に耳打ちする。




「そうか、ネーデルファウストが帰って来たのか」


「はい」




 耳打ちする必要はないのに、ユリウスは嬉しそうな顔をしている。


 ネーデルファウストの帰還で、深紅がさぞ喜んでいることを思うと、胸のつかえが下りたような気がした。




 ユリウスは真白を庇うような言い方をしたが、やはり自分のしでかしたことは大きい。多くの人々の人生を狂わせたことを考えれば、今すぐ自分の存在を消したい気分になる。




 エドウィンを自分に託したユリウスは、それがわかっているのだ。エドウィンがいるから、自分は生きていけるということを。




 意識の無い彼を介護する日々が、自分の生き甲斐になっているのは確かだ。




「………ユリウス、ありがとう」


「何もしていないよ」




 屈託なく笑って、少年は父の車椅子を押して庭を歩いていった。




 ******************




 ユリウスと別れて散歩から戻り、エドウィンの車椅子をテーブルに付けて、直ぐに昼食を作り始める。


 噛むという行為ができない彼に、お粥を液体に近くなるまで煮込む。


 そうした根気のいる作業を日に三度する。最初は時間も掛かって大変だったが、慣れれば作り置きをしたりして手際も良くなるものだ。


 粥をスプーンで掬い、また一時間掛けて食べさせる。


デザートにゼリーも食べさせ終えて彼の歯を磨いていたら、手伝いの男がやって来た。




 再びベッドに寝かせ息つく暇も無く、真白は一人で彼のシモを清める。それから二度目の洗濯をし、僅かに休憩を取って、また家事をして夕食を作って……瞬く間に一日が経過していった。




 夜になり、エドウィンを寝衣に着替えさせてから、彼の額を撫でる。




「明日は、ネーヴェ様がお前の様子を見に来るそうだ。格好よくしておかないとな」




 彼の伸びた前髪を後ろへ撫で付けて、明日早めに散髪しようと思った。




 **************




 真白は、目覚まし時計よりも早く目が覚めた。エドウィンのベッドの横の床に布団を敷いていつも眠っている。




 体の向きを変えないと。




 起き上がり、背中に当てていたクッションを外して、窓側に横向きにさせていた彼の肩に触れる。


 突然、エドウィンが咳き込んだ。慌てて背中を擦っていると、彼の唇から咳が消え、代わりに吐息のような小さな音が紡がれた。




「エドウィン?」




 肩を掴み仰向けにすると、青い瞳にぶつかった。何度もまばたきをして、驚く真白をじっと見ている。唇も何度も開いては閉じてを繰り返す。


 もどかしそうな表情をしつつ、吐息がやがてたどたどしい言葉になった。




「……あ、したは、あめかな。月が、みえな」


「……ああ、そう、そうだな」




 笑おうとして、上手くできない。何を言えばいいのか。


 自分の彼への想いは、胸を張って伝えることはできない。それほど罪深いのだから。




「………おはよう、エドウィン。寝坊し過ぎだ」




 淡々と言えば、困ったような淋しいような表情を彼がする。




「からだが、うごかな、い」


「ずっと眠ってて筋力が落ちているからな」




 説明すると、苦い顔をする。ずっと表情の変わらない彼を見ていたので、その表情を見るだけで嬉しさが込み上げる。




 自分の手を見ながら動かそうとして難しく、ため息をついたエドウィンは、眉を下げて悲しげだ。




「ましろ」


「何だ」


「わたしの、かわりに、だきしめて、く、くれ」




 つい笑みを溢しそうになり、気付かれる前に、被さるようにしてエドウィンの首に手を回す。


 首に触れた指先から、彼の鼓動が跳ねているのが伝わる。




 生きている。


 その実感が湧き、力が抜けるようだった。




「ようやく月に手が届いた」




 呟くと、小さく掠れた声で笑い、エドウィンが「そうだな」と応えた。




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