第104話君が愛した悪魔の僕は

 一時的な休息の為に、ディメテル王宮に立ち寄った私達だが、食事をすると私と橙は翡翠達の様子を見に行った。


 タリア様の計らいだろう、ちゃんとした部屋に数人ずつで軟禁されていて、窓は封印されて扉には見張りが立っていた。




 翡翠は他の二人の聖女候補と一緒に部屋にいたが、入って来る私と橙を見ると、静かに備え付けの椅子に座った。




「アフロディーチェ国は、白亜様が直接向かったから今から救援に行っても、もう手遅れだと思うわよ………あなた達、次はどこに行くの?」




 開口一番、翡翠はそんなことを聞いてきた。家族のことが心配なのだろう。不安と無力感だろうか、俯いて元気が無い。




「私達はアテナリアに行くの」




 そう言うと顔を上げた翡翠だが、疑いの表情をしている。




「転送魔法陣は使えない。ここから行くには、いくつも国を通らなければならない。直接行けるはずがない」




「ギルさん…魔族の転送魔法陣は、まだ使えるの。アテナリアは何度も魔族の襲撃に遭っているけど、それは郊外に隠された転送魔法陣からやって来たものなの」




「そういうこと……でも侵入までに時間が掛かれば、気付かれてしまうわ」




 私はレイとも話し合ったことを、翡翠に話した。


 連れて来た竜は、四頭。魔法陣から、その竜に乗れば門も城壁も越えてアテナリア王宮の上空まで行ける。


 ただし、アテナリアを守る結界を壊してだが。




 竜達は、私の指示にしか従わない。だから、私を入れた数人でしか竜での移動はできない。それに多人数では目立ちすぎる。




「アテナリアの結界は、魔道具に白亜様が術を込めて造られている。それを破壊できるかしら」




 橙が言うと、翡翠と軟禁されている他の二人の聖女候補が顔を合わせて話し合い、こちらへ同時に向いた。




「私達に協力させて。魔道具の位置は調べたことがあるから破壊できるわ」




 勉強熱心な翡翠が、自信ありげな表情をするので、私は橙と強く頷いた。


 共に過ごしたから分かる。翡翠の今の気持ち、信じてみても大丈夫だ。




 話からすると、護は日中は国内外で散々なことをして、夜にはアテナリアで休むらしい。


 翡翠達が護の気を逸らしている間に王宮に乗り込むなら、目立たないように竜で神殿から王宮へと続く地下を通って行けばいいだろう。




「問題は誰が行くかだよね」




 タリア様は、ディメテル国を守る為に自分の竜一頭とここを動けない。弟のエドウィン様と甥であるユリウス様を心配している様子だったけれど、「危なくなったら退いて。気を付けて」とだけ言っていた。




「深紅、やっぱり行くの?」




 建物を繋ぐ渡り廊下を歩きながら、橙が不安そうに聞いてくる。




「うーん、竜ちゃん、私がいないと言うこと聞かないんだよね」




 ちなみにレイの命令にも従うみたい。魔族の王様の特権だね。




「……前みたいに、逃げないのね」




 皮肉というよりは、確信めいた橙の言葉に居心地悪くて苦笑いをする。私がそこまですること、橙は不思議に思わないのかな?




「まあ、ね」


「………あのヒトの為?」


「え、ううん、あくまで自分の為だよ」




 手を振って否定すると、橙はじっと私を窺う。




「だって護って人、また元の世界に帰る時にはレイの力を必要とするから、いずれはどうにかして防がなきゃいけないことだし、それに人間界がこんな酷いことになっていたら、魔界にも影響するから、レイとのんびりしていられなくなっちゃうし………」


「やっぱ、あのヒトの為じゃん…噂をすれば」




 橙を見ていた私が前の方に視線を送る時には、私の体は、そのヒトの肩に担がれていた。




「え!?」




 やれやれ、という表情の橙が遠ざかる。




 肩に手をついて、スタスタ歩くレイを見下ろすと、ご機嫌ななめみたい。




「出たな魔王」


「っ、俺をほったらかしにしたな」




 あ、そうか。レイ君一人だけ魔族で、アウェーな感じか。




「ごめん」


「ついでに言えば、俺を魔界に置いて一人で行こうとした」


「え、と」


「約束したはずだ。一緒にいようって」




 最上階のテラスに出て、ベンチに降ろされた私は、目の前に立つレイを見上げた。




「…………でも、今回のことは人間界のことだから」


「それでもだ。それに忘れたか?あの男には、借りがあるんだよ」




 不敵に笑い、レイが風に揺れる私の髪を撫でた。




「王宮に乗り込むなら、俺を連れて行け。俺を離すなよ、レティは責任持って最後まで飼う義務があるんだからな」


「…………クロ」




 自らペット宣言したに等しいけど、君は私の大事な夫さんだよ。




 屈み込むレイの頬に手を宛がうと、私を見ながらその手に唇を付ける。




「お前が止めても行くのなら、俺はお前を守ってやる」




 キザベタだけど、嬉しい。




「うん」




 力強く返事をしたのに、レイは拗ねたような顔をした。




「だって早く終わらせて、またレティと甘々イチャイチャラブラブライフに戻りたいしな、早く、一秒でも早く!」


「わ、ワンコ?」


「俺達には、この状況よりも困難な最大のミッションが課せられている」


「え?ワンポッシブル?」




 鬼気迫る表情のレイの金の瞳が私を射抜く。




「そう、それは子づく、あう!」


「よおしよし、ワンコ、いい子だね」




 皆まで言わさず、尻尾をモフることにする。




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