第93話君に捧げる狂った愛情4

「どけ」




 静かに命じるその声に、激しい怒りが満ちている。


 主を前にして、ギルは両手を広げたまま立ち塞がって動かない。




 レイは自らの足を縛るギルの魔力を見下ろし、もう一度命じた。




「行かせません」




 それをギルは拒否し、彼の体の自由を奪おうと足から上半身までに魔力を巻き付けようとする。


 ふつり、ふつり、と縛られるそばから魔力を魔力で引きちぎり、レイが先へと進もうとする。


 苦い顔で、主の両腕を掴むギルの足を今度はレイが縛る。




「行ってはいけません!イチカのようになりたいのですか?!」




 腕を掴んだまま、彼らしくなくギルは必死に止めようとする。胸の傷が癒えきらず、血が滲んでいる。




「今この時も、レティが酷い目にあってるかもしれない。早く助けないと!」


「彼女は人質です。殺されたりしないでしょう。それに彼女の代わりは幾らでもいる!だけど魔王の代わりはいないんです!」


「ギル!」




 襟首を掴み怒るレイを、ギルは睨み返す。




「イチカのように、あなたまで失ったら」




 言いかけて、腹にレイの拳を受けて膝を付く。




「そうだ。イチカのようにレティシアを失いたくない。今度こそは必ず守り通す。それに……」




 倒れかけるギルを支えて床に横たえ、レイは恥ずかしそうに答えた。




「俺、今レティに凄く逢いたいんだ」


「バカ魔王……」




 悪態をついて目を閉じたギルの手足を縛り、レイは立ち上がると、陰から見守っていたスリィに目を向けた。




「ギルを頼んだ」


「はい、レイ様、あの」




 既に行きかけていたレイが足を止めると、スリィは深く頭を垂れた。




「レティシア様もあなたも無事に帰って来て下さい。この城は、あなた方がいないと淋しくて」




 俯いて少し笑い「そうだな」と彼は呟いた。




 ****************




 アテナリアの空は、その日どんよりと曇っていた。


 厚ぼったい灰色の雲を割り、突如巨大な鳥型の中級魔族が舞い降りた。




「魔族の襲来か!?」




 聖女候補や神官候補、騎士団が身構える中、王城の三重外壁の門前に、中級魔族から飛び降りた一人の青年が佇んでいた。




「何者だ?」


「いや、待て、あの姿は」




 ざわめく人間達に、冷えた視線を向けてレイは名乗った。




「俺は魔王ネーデルファウスト。アテナリアに拐われた妃レティシアを迎えに来た。速やかに返せ」




 訳が分からないと言った風に戸惑う彼らを余所に、レイは門が開かれるのをじっと待った。




 三重の厳重な門が、僅かな後にゆっくりと開かれる。


 人間達の好奇と警戒と驚きの視線を浴びながら、彼はそこを自らの足で歩き、城の正門で待っていたエドウィンの元へとたどり着いた。




「待っていた」


「…………レティは、どうしてる?」




 冷ややかに問う声音に抑えた焦りを感じ取り、エドウィンはレイを見る。




「無事だ………こんな事をしてすまない」




 そう思っていながら、この愚かな王は……!




「無様だな、アテナリア王。あの女の為にそこまでするとは」




 侮蔑の眼差しを受けて、エドウィンは顔を歪めた。




「っ、ああ、だがそれは貴様とて同じこと」




 言い返されても平気だ。この片思いな男ほど自分は惨めではないのだから。




 王宮の地下へと続く道を、レイは左右を騎士に挟まれて歩いた。暗い地下は嫌な記憶を呼び起こす。


 重たくなる気分を表には出さずにしばらく歩くと、神殿の地下へと隠し扉で繋がっていることに気付いた。




 階段の途中に出て、また下へと歩く。そこは慣れ親しんで、心底憎んだ場所だった。




「レティ!」




 違うのは、自分ではなく彼女が鎖に繋がれていること。


 名を呼ぶとレティは目を開けたが、何も応えない。




 駆け寄り頬を撫でると、ポロポロと涙を溢した。




 様子が変なことに気づいて、それが拘束の術によるものだと理解するや、レイの怒りが爆発した。




「よくもレティに!」




 血が巡らず青黒くなった指をそっと手で包んで庇い、片手で鎖を引きちぎった。




 ふらりと倒れ込むレティを抱きかかえる。


 怒りでぐらつく気持ちをもて余して彼女の肩に顔を埋めていたら、エドウィンに呼ばれた神官が解術を施した。




「………レイ……レイ」




 手足の痛みと体力を消耗し、弱々しくレティが言葉を発した。




「遅くなってごめん、レティ。早く治癒を」


「どうしよう、わたし」




 長時間吊り下げられて感覚が無いのだろう、自分の手を動かそうとして出来なくて、レティは悲しそうにレイを見つめた。




「体動かなくて、でも、あのね……私今凄く」




 言葉を切った彼女は、悔しそうに小さく言った。




「レイに、ちゅうしたいよ」


「……もう、ホント……」




 怒りを忘れて、レイはレティの少しだけ開いて冷えた唇に、自分の熱をゆっくりと渡した。






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