第88話君と歩く世界
「きゃっほお!街だあ!」
初めて魔界の街へとやって来た私は、ワクワクしていた。
城からの移動手段は幾つかあって、ギル兄のペットの足の早い中級魔族に乗っけてもらったり、徒歩でも良かったのだが、今回は転移魔法陣で即、街中に降り立った。
「ふわあ、街……ね、なんか食べようよ」
「………レティ、どうしてそんなに元気いっぱいなんだ」
はしゃぐ私に手を引っ張られながら物足りなさそうな表情で、レイは「疲れ知らずだな、昨夜はあんなにアンアン…」と、ぼそぼそ呟いた。
「レイ君、そんなこと言ってたら」
「はあはあ、魔力いる?あ、今切らしてて待ってくれたら溜まるから」
「モフるよ?」
昨日も、はあはあが激しかったのに、もうはあはあゲージ最大みたいなレイは、赤い顔で嬉しそうにする。
「いいさ。お前になら俺はモフを差し出そう。俺のモフを好きにするがいい」
「はあはあ、そうだよね、私達夫婦だもんね。どこ触っても許されるよね!」
「はあはあ、そうだな」
ヨダレを我慢して、彼の尻尾をうっとりと見つめていたら、レイは私の体をうっとりと見返した。
私もレイも新婚気分に浸ってるんだね!
街は道路は整備され、メルヘンなキノコのような屋根のカラフルな壁色の可愛らしい家が連なっている。
お店もあるし、ミュージックホールや図書館なんかの文化施設もあった。
あれ、ここって魔界じゃなかったかな?
「意外だったか?」
私がキョロキョロしていると、レイは少しだけ得意そうに言った。
「なにぶん長寿なもんだから、上級魔族は日々をどう楽しんで過ごすかを追及している。文化的なレベルでは、人間よりも優れているはずだ」
行き交うヒト達は耳と尻尾以外人間のようで、買い物をしていたり、仕事の途中だったり、習い事に行く途中のような様子も見られた。
「子供が少ないね」
見た目は若いヒト達ばかりなのはわかるけど、子供を殆んど見かけない。
「長寿ゆえ、反動で出生数はかなり少ない。レティ、そこの子を見てみろ」
私を背後から腕に囲うようにして、顔の横に示された指を辿ると、兄弟らしい二人の子供が家の前で追いかけっこをしている。
その子供達には、耳は無く尻尾だけがふわふわと揺れている。
「人間との……」
「魔族と人とのハーフは、魔界の人口の20パーセントを越えた。純粋な魔族同士では、婚姻も少ない上に出生数も少ないが、ハーフだと生まれやすい。はあはあ、だから俺も頑張れば」
「へえ、じゃあ『最初の子』のレイが発端なんだね。でもそうした人達への差別は無いの」
「昔はあったらしいが、魔王の子がハーフだからな。自然受け入れられた」
「そっか……良かった」
「だが、人間界ではハーフは受け入れられていない。だから、魔界に皆流れてくる」
レイは、忌々しそうに顔を顰めた。
確かに私もそういう人達を知らなかった。ギル兄が魔界に戻った理由も本当はここらへんにあるのかもしれない。
「あ、魔王様とお妃様だ!」
ハーフの兄弟が、私達に気付いて近寄ってきた。
「もうばれたか」
残念そうにレイは言うが、私の肩を抱いて、これ見よがしにニヤニヤとしている。
気付いたヒト達が集まりだして、口々に「お帰りなさい!」「おめでとうございます!」と、にこにこと歓迎してくれた。
私が人間でも気にしてないみたい。
レイが魔族と人の初めての子なら、レイのお母さんの紫さんは、初めて魔族と結婚した人間だ。
彼女がいたから、こんなにも優しく私を受け入れてくれるのかも。
私の両手を柔らかく握って「お幸せに」と祝福してくれる上級魔族の女性に御礼を言ったら、レイが顔を寄せてきた。
「レティの演説が効いたな。皆好意的だ」
そう彼は言うけど、どうだろう。よくわからないけど、そうなら嬉しいな。
レイは魔王らしくゆったりと構え、適当にあしらっているけど決して冷たい態度ではない。人間と接する時とは違うみたい。
「レティ、今日は俺に付いて来てくれ」
人垣をやんわりと分けて、レイは私の手を引いて行く。
着いたお店は宝飾店で、高そうな宝石がショーウィンドーにずらっずらっと鎮座していた。
「うわあ、すごっ」
キラキラ眩しくて怯んでいたら、レイは鼻高々に私を見ていた。
「レティ、今の俺は無一文で養われていた可哀想なクロじゃない。俺は魔王だ」
「はあ」
「つまり金がある」
なんだ、自慢か。
私は白けて、レイから宝石達に目を移した。
「聞け、だからレティ、結婚指輪を買おう。どんな高いものでもいいぞ」
「ほんと?」
「ああ、何でも買ってやる」
何か頼りなかったクロが懐かしいな。
私は色合いに惹かれた小さな宝石を二粒手に取った。
「これが良いな」
レイに差し出すと、がっかりした顔をされた。
「これ?」
「うん、これ」
米粒ほどの大きさの金と赤の小さな宝石。
私は二つを掌で包んで満足して笑った。
「綺麗でしょ?私の髪とレイの瞳の色だよ。私はこっちの……金の方をずっと付けておくね。そうしたらいつでも一緒にいるみたいで嬉しいから」
私は上目遣いでレイを見つめた。
「レイも……付けてくれる?私の色」
「…………レティ」
声を震わせたレイが、私をぎゅっと抱き締めた。
「付ける。う、レティがそう言うなら、それがいい」
最近レイは、直ぐにうるうるしちゃうな。
もしかして、私の調教が効いたのかな?
マオウハ
セイジョノ
ヒッサツワザ
チョウキョウデ
ハイボクシタ
…………なんてね。
よしよしとレイの背中をさすりながら、妄想して一人くすりと笑った。
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