第87話君よ……どうか6
レイの指がそっと鎖骨をなぞり、肩に吐息がかかる。
「っ! 」
びくりとして離れようとするのは、雨の夜に噛まれたせい。
肩に触れそうだった唇が、私の名を紡ぐ。
「レティ」
「あ……ごめ…」
拒否したように思ったかな。
口許に拳を持っていき、不安げにレイを見上げる。
「い、痛く、しないでぇ」
「ぐっ、は、はあはあ、だ、だいじょうぶ」
以前噛み付いた肩を繰り返し撫でてから、そうっとキスをして「酷いことはしないから」と、レイは宥めるように私の頬にもキスをした。
体を隠そうとする手を、彼がやんわりと外して握る。
「は、恥ずかしい……灯りを消して」
言った途端にレイの魔力が消してくれたが、暗闇にも迷わずさわさわする手に、ハッとする。
魔族は夜目がきく。
「もしかして、レイ見えてるの?」
「ああ……はあはあ、大丈夫……一緒に風呂に入っていたんだ。レティの腰にある、ほくろも知ってる」
「うきゃ、やだあ」
「気にしない……大丈夫」
何が大丈夫?
でも力の強いレイが、私が怖がらないように凄く気を遣って触れているのはわかる。
今まで色々されたけど、こんなにぎこちなくて優しい触れられ方は初めてかもしれない。
キスが下へ下へと移動し、やがてやっぱりいつものように舌を出して私の肌を舐めた。
「ん」
「あ、甘い」
驚くレイに、顔が合わせられなくて手で覆う。
「……なんか口に入っても大丈夫なオイルを塗られて、ひゃん」
もう一度味見をして、レイが食レポを始めた。
「これは……飽きのこない甘さに、後味に舌に残るピリッと刺激的な旨味。まさに一舐めしたら病み付きになる味」
「レ……」
「美味しい、レティ」
目を細めるレイを見て、遂に吹き出して笑ってしまったら、こめかみにキスをして彼も笑う。
私の足の間に体を割り入れて、顔の横に手をつき見下ろすレイに、自ら両手を広げて抱き締められることを求めた。
私の様子を窺いながら、レイは丁寧に時間を掛けて触れ、たくさんキスを贈り、とても大事そうに抱いてくれた………途中で理性を失うまではね。
***************
「………レイ様、いたんですね」
「んー」
「いつの間に」
「んー」
「………エロ魔王」
「んー」
次の日の昼、ギールバゼアレントは執務室にいるレイを見つけた。
今日はもう部屋から出て来ないと思っていたので、新しく追加の書類を仕分けて、自分が代わりに少し仕事をしようとやって来たのだった。
魔界は人間界と政治の仕組みが違っていて、議院も無いし貴族もいない。加えて魔王を守る騎士もいない。だって強いから。
魔王の力によって下級中級魔族は本能的に従うし、上級魔族には貧富の差はなく、基本自分達のことは自分達で処理してしまう。
争い事は滅多に起きず、起きても互いに話し合って解決させる。
上級魔族という種族は穏やかで強くて、干渉されたりすることを厭う性質があった。
だから魔王の仕事といえば、滅多に無い出産や死亡届の受理だったり、建設工事の許可だったり、まあなんとか一人で半泣きでこなせる程度だ。
心此処に有らず。
レイは椅子に座って手にペンを持ってはいるが、それだけ。
ぽうっとして、ギルに悪口を言われても生返事をしている。
「仕事しないのに何でいるんですか?」
「んー……午後レティとデートに行くから、それで今のうちにと……」
「できてませんけどね」
「………幸せ」
「はいはい、良かったですね。それで無理強いしなかったでしょうね、彼女は部屋ですか?」
「するわけないだろ!はあ、可愛かった気持ち良かった良い匂いで良い味のセクシーレティ……」
「……………」
「ギル、レティは多分厨房にいると思う。結婚祝いのケーキを作るって言ってた。はああ……」
ギルは魔王の甘いオーラに当てられ身体中が痒くなり、そのまま放置して去ることにした。でも、ふと気付いた。
「いや待ってください。いると思うって、あなた魔力はどうしました?全く感じませんが?」
「レティに魔力吸収されちゃった。なんか夢中になって色々ずっとしてたら、しつこいって俺の、俺の一部(魔力)がレティの一部に……はあはあ」
「……………………………」
悪びれず頬を赤らめるレイに、ギルの冷たい視線が向けられたが、それすらピンク脳の彼にはへっちゃらだった。
彼女も彼女だ。
レイの魔力を全部吸い取るとは聖女でも彼女ぐらいだろう。そしてしつこいと言って……グッタリしてる?割りに、普通にケーキ作ってるって人類最強か?
まあ魔王をデレンデレンにして仕事に支障をきたせてるのだから、最強か……
「指輪を渡すんだ」
嬉しそうに呟くレイに、呆れた顔をしつつもギルは少しだけ口端を上げた。
「はいはい、お幸せに」
イチカは、兄であるレイのこの様子を見たらきっと喜んだことだろう。呆れながらも。
数百年、何度も助けに向かって、人間達に阻まれて、イチカの死にも立ち会えなかった自分だが、少しだけ報われた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます