第74話君を我が手に4

 むかあし昔、500年ほど前だっけ…人間の住む世界は、魔王の支配下に置かれて、彼らは魔族に隷属を余儀なくされていました。




「いや、そこから違う。人間達が愚鈍な王や腐った貴族共から圧政を強いられたり、流行り病や犯罪などで苦しんだりと無秩序に暮らす様子を憂いた魔王が、人間達を救おうとして支配下に置いただけだ」




 すると、ある時奇跡が起きて、異世界から12人の聖女が降臨したのです。




「奇跡?珍しい自然現象だが、たまにあることだ。異世界からこちらの世界に落ちた人々は、特殊な力を持つようだな。それにその時は、12人ではなく13人の女が同時にやって来た。あの翡翠とかいう聖女候補は、13人だと知っていたぞ。お前は知らなかったのか?」




「一般では、12人って言われてるよ。翡翠は勉強熱心だったから、先生から聞いて本当のことを知ってたのかもね」




 私はお城の書庫から見つけた……


『聖女の術一覧』


『ようこそ!今日から貴女も聖女候補』


『魔王倒します~落ちこぼれ聖女候補が聖女になるまで~』


『イケナイ聖女、奥手魔王の倒し方☆』


『聖女候補は、イヌ(悪魔)を飼う』


 という本を読み漁りながら答えた。




 いや、最後のあたりは何か違う本みたいだけど、そして最後から二番目はムーン版だね!なんで魔王の城にあるの?!そして、私何で借りてきた?!




 結局、今日は魔王の封印を解くことはできなかった。普通の解術では、強力な術は解けない。とにかく本で調べてみることにしたのだ。




「それで?人間達の間では、どう伝えられているんだ?」




 ベッドに寝転がって、枕元のランプで本を読んでいる私の横で、レイは当たり前のように寝そべって、私の髪をくるくる弄っていた。ちなみにここは、レイの部屋だ。




 隣に部屋をもらったのだけど、淋しくて本を抱えて部屋のドアを開けた瞬間、素早く察知したレイの魔力に捕まり、引きずり込まれたのだ。




「ふっふっふっ、どうした?淋しいのか?俺がいないと眠れないんだろう」と、嬉しそうに言うレイに「うん、馴染んだレイの尻尾をモフリながらでないと眠れないの」と切なく訴えたら、「く、ぐは、いや、なんか違う」と複雑な表情を見せていた。








「ええっと、12人の聖女は奇跡の力で魔王軍を蹴散らし、魔王を封じました。めでたしめでたし…だったかな」


「そこからは?」


「確か、12人の聖女はその後世界各地に散らばり、幸せに暮らしました…かな?」


「ふうん、よく分かっていないんだな。いや知らされていないのか……」




 レイは片肘をついて私の方を向き、髪を撫でた。




「その12人の聖女の一人は、お前の遠い先祖だろう。すべての血脈が聖女の力……男の場合は神官だが、それを発現させるわけではないので、聖女の子孫の所在は定かではない」


「あ、やっぱりそうなんだ」




 はっきり教えられたわけではないけれど、この世界の生まれの人が、自然に聖女や神官になるのは違うんじゃないかと思っていた。だからレイの話は、すんなり納得できた。




「本当は、13人なのだが…」


「レイのお母さん……どうして魔王と結婚したの?」




 人間の世界では、魔王と結婚して子供まで生んだ聖女なんて醜聞だったのだろう。だから、一般には13番目の聖女は隠されていたのだ。




 何となくわかってきた。


 アテナリアを中心とした今の人間の世界では、魔王や魔界を悪とすることで、自分達の正当性を保ち、社会の不満や鬱憤の方向を、そちらに向けて捌け口として魔王封印が繰り返されたんじゃないだろうか。




 大昔あった公開処刑や罪人の死体を晒すのと同じ感覚で。




 レイは私の問いに、思い出すように枕元の一点を見つめた。




「13人の聖女によって、魔王は人間界から撤退した。13人だぞ、さすがに多勢に無勢だろ?封印こそされなかったが、魔界の領土は人間によって奪われ、世界の半分だったのが、3分の1になってしまった。そんな時、ひょっこりと魔界に一人の聖女が訪れた。名は、安藤律子。聖女名「紫」……俺の母だ」






 ***********




「何しに来た、聖女紫」


「ちーすっ、魔王。何って、互いを知ろうぜ的な?」


「はあ?異世界語か?よくわからぬ」




 紫は小首を傾げて、玉座に座る魔王リンデンバルトをじろじろと不躾に見た。




「はー、魔王近くで見たら、美ジジイだな。1000歳越え知らなきゃ、めっちゃ眼中」


「じ、ジジイ……」




 金髪に染めてた髪が、黒に戻りかけのプリン紫は、にかっと笑った。白い細面に、ぱっちり二重で、はっきりした美人が…非常に残念だ。




「うちは、魔界と人間とのぉ?えっと、架け橋的な意味で来た使者?な感じな?」




 魔王は、残念ないきものを見下ろした。残念すぎて、愛らしいぐらいだ。残念ないきもの事典な紫は、辺りを見回して鼻歌を歌っている。




「おい……」


「とりあえず、よろしく!てへぺろ」




 ******




「……母は……個性的な残念聖女だった」




 レイは、遠い目をして語った。




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