第66話君と世界の片隅で2

 故郷の村が近くなるにつれ、次第に足も心も早ってしまい、休むのも忘れて歩き続けた。


 もう10年だ。手紙のやり取りだけで、その間一度も会っていない。




「はあ、は……お母さんお父さん」




 脇目も振らず前ばかり見て、街道を抜け、山を二つ越えた。




「わっ」




 山道を下る途中で足がもつれて転びそうになったところを、クロが腕を掴んだ。




「あ、ありがと」


「深紅、落ち着け」


「だ、だって10年振りなんだよ」


「俺は300年振りだな。こんな風に外を歩くのは」


「……へ?」




 驚いて、クロの顔をまじまじと見つめた。




「少し落ち着いたか?」


「………300」




 とても長く閉じ込められていたのはわかっていたが、まさか300年とは……なぜ君は落ち着いてるの?




 じわりと歪んだ視界に、クロが目を瞬く。




「おい」


「………寂しく、なかったの?繋がれて、退屈で辛く……なかったの?」




 クロは私の荷物を肩に掛けると、隣を歩いた。




「魔族は長く生きる分、時間の流れの感じ方が人より違う。1日1日が少々早く感じるようだ。退屈だとは感じていたが、苦痛というほどではなかった。ギルとは声を飛ばして会話も可能だったし寂しくもなかったな」




「そう」




 目を擦る私の頭を軽く撫で、クロは少しだけ険しい表情を作った。




「………ただ、いつかここを出たらアテナリアの奴等をぶっ殺すことばかり考えていた。俺は奴等が憎くて……」


「クロ」




 そうだろう。


 私はクロに過去何があったか知らない。だけど、彼が人間達に酷いことをしたとはどうしても考えられないのだ。繋がれて閉じ込められていたクロこそ怒る理由がある。




 斜面を下りて、しばらく平坦な道を行き、また上る。




「それなのに、なぜかお前といる」


「なんでだろうね、クロ君」




 ぽつりと言われて、額の汗をハンカチで拭きつつ、顔を見合わせて笑った。




 思えば不思議だ。


 人間と上級魔族が出会うこともそうないのに。私達はそればかりか、こんなに……こんなに……




 だだっ広い世界の片隅で、私はクロを見つけてしまった。そして、たくさんのことを知ったよ。




 舗装されていない砂利道を歩いて、小さな山を越えたその先に、村の家の色とりどりの屋根が見えた。




「ここか?」




 クロの声も耳に入らず、立ち尽くす。




「……………帰って来た」




 小さい時に、何度も見たここからの景色。記憶と照らし合わせた方角に、確かに青い屋根の家が見えた。




 私の家だ!


 わかった途端に胸が高鳴り、走って叫び出したい衝動に駆られた。




「……クロ!」




 私は隣にいるクロに飛び付くと、その体を懸命に抱きしめた。


 笑う声と共に背中を抱き返されて、私は嬉しさと悲しさと寂しさとでごちゃ混ぜだった。




「ほら、行ってこいよ」




 泣きながら頷くと、私は斜面を駆け下りて家を目指して走った。




 **********




「それで、ちゃんと話したんですか?」


 


 深紅の走っていく後ろ姿を見ながら、クロはゆっくりとその後を歩いていた。




 ふいに横から聴こえた声に、振り向くこともなく彼は溜め息を吐いた。




「…………言い出せなかった」


「………いい歳の魔族が、ウブ過ぎやしませんか?」


「何か言ったか?」


「さあ」




 主を主と思わないギルの態度に舌打ちしつつ、それでも気分は悪くはなかった。




「なかなか面白い旅だったな、残念だ。もう少しクロでいたかったのに」






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