第65話君と世界の片隅で
「そういえばギルさんは?」
「いろいろと用事を言いつけてる」
「ふうん」
ワンコも偉くなったものだ。
私とクロは、ディメテル国の城下町にいた。中級魔族の騒動が一段落した町は、倒壊した家の片付けや修理で、人の行き交いが多いみたいだ。
「………深紅」
「うーん、これはどうかな」
「俺は気付いたんだが……」
「うん、今度は金色のにしよう」
アクセサリー屋でクロの首に小さな石を当てて、どれが似合うか考えていたのだけど、今回は瞳と同じ色にしようかな。
「……………それは魔道具だな。また俺を守る術を込めるのか?」
「ふふ」
笑って誤魔化す私の手を掴んだクロが、深い溜め息をついた。
「俺は金がない」
「ん?」
項垂れる彼は、いかにも情けないといった感じで唇を噛み締めた。
「よく考えたら、宿泊代から食事代、服や、その石だって全てお前の支払いだった!」
「今頃気づいたの?あ、これ指輪にする?」
「指輪?!い、いや待て、そういうのは男が贈るものだ」
急にどうした。
私は結局、金の魔道具をペンダントにしてもらった。
「クロ。今時、男がどうとか気にすることないんじゃない?クロは私のペットなんだし」
「そういう時だけペット扱いするなよ。俺の気持ちの問題だ」
渋い顔のクロの首に、ペンダントを付けるために手を回した。
「まあまあ、モフモフ賃だと思って、ひひ」
「……………………」
後ろから付ければ良かった。前からだと見えなくて付けにくいな。
もたもたしていたら、クロが急に私の腰を抱き締めて密着するものだから驚いた。
「クロ?」
「……たまに本当に無性に舐め回したいな、くそっ、ぺろ」
いや、ほっぺ今舐めてる。
ううん、問題はそれじゃない。
「クロ君。ところでここ店内ですよ」
されるがままに体を預けていたけれど、そう言うとクロは思い出したように、体をゆっくり離した。
鎖骨の間に光る金の石。今は黒い瞳に変えてるけど、きっと本来の金の瞳に揃いでよく合うだろう。
店内は客が私達以外にもう一人と店員さんが一人いて、ちらちらこちらを見ている。
姉弟だと思ってるかな?思ってて、恥ずかしいから。
会計を済ませて店を出ると、私はクロの手を握った。さりげなく握ったつもりだけど、やっぱりドキドキするなあ。
握った手がピクリと跳ねて、それからそろそろと握り返してくれた。
照れるので、ブンブンとその手を振り振りスイーツのお店へ突入。
フルーツたっぷりパフェを食べてから、本屋に寄ってみた。
クロと旅をしだしてからは、あまり本を読む余裕も無かったな。聖女候補の学校にいた頃は、よく眠る前に退屈しのぎに沢山読んでいた。あ、そうか、クロがいるから退屈しなかったんだ。
「これとこれはおすすめだよ。これは『ポケット魔物』略して『ポケまも』っていって、クロの召喚術みたいなのがでる人気の本だよ」
召喚術なんて、この世にあったんだね。今更ながらクロの力、凄い!
「これはギルさんに渡して欲しいな。『騎士戦隊』とあとチュウニ病の本」
「………………」
本を数冊買い込んで、王宮から出て宿に移った私は、部屋でクロにそれらを見せて一つ一つ渡していった。
「………ギルになら自分で渡せばいいだろ」
「嫌だよ、クロから渡して」
「……………何を考えてる?」
「……………クロこそ」
私とクロはソファーに並んで座っていたが、互いの顔を見合って沈黙した。
「深紅、お前本当に何を考えてる?」
「クロ、何か私に言いたいことあるの?」
問いを問いで返すと、クロは目を泳がせて頬を赤くした。そしてまた沈黙。
何とも微妙な緊張感を振り払うように、クロの首に手を持っていく。
「あ」
つつ、と魔道具の石を撫でると驚いたのかクロが小さく声を出した。口の中で詠唱を唱える。何の術かは内緒なので小さくボソボソと唱えながら、少しだけ触れるクロの肌の感触を楽しむ。
クロは擽ったいのか身動ぎしていたが、ふと私の髪に目を止めた。
ズルズルと闇が剥がれて、私の髪は再び赤い髪に戻った。詠唱を唱え終わるまで、クロは赤い髪を指で弄んでいたが、私が黙ると髪を見つめたまま言った。
「……指輪は……」
「さ、お風呂入ってこよ」
「あ、また!」
クロが文句を言う前に私は立ち上がり、ちょっぴり迷いながら、むすっとする彼を見下ろした。
「クロ」
「何だ!?んむ」
唇を押し付け、直ぐに離したら、クロはたちまち赤くなって黙ってしまう。
「明日、出発しよう………もうすぐ旅も終わりだね」
自分の唇を指でなぞって、クロは俯いた。
「………ああ、もうすぐだな。それより俺も一緒にお風呂行きたい」
「なんか幻聴聴こえた」
「く……」
揺れる金の石を少しだけ見て、私はお風呂へ行くためにクロに背中を向けた。
俯いたクロの唇が弧を描いていたのは気のせい、だよね?
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