第64話君の尻尾に口づけを2

「はああ、この毛触り最高」


「……く…」


「サラサラ」


「あ、うう」




 ベッドに俯せに倒れたクロは、何かに耐えるようにシーツを掴み、目を瞑っていた。




 私は誰かに着せてもらっていた(誰?)ワンピース型の寝巻きのまま、クロの傍に座り込みモフモフ堪能中。




 50センチほどだろうか。美しい黒い毛並みはサラサラで、何度も指を通して漉いてみる。




 ヨルさんの精力剤を飲んだ時のように酷いことはしない。舐めたりしゃぶったり吸い付いたり甘噛みしてヨダレまみれには決してしないよう注意を払いつつ、優しくモフる。


 尻尾を軽く掴んで、根元から先に引くと、体をピクンピクンさせて一際高い呻き声を上げる。




「痛かった?大丈夫?」


「は、はあはあ……う、大丈夫」


「気持ちいい?」


「ああ!あ、気持ち、いいっ」




 頬を赤くして息を上げて緩んだ口元の美少年は、やけに色っぽくて変な気分になりそう。




「可愛い、クロ君」




 ちゅうう、と尻尾の根元にキスしてみると、クロが切羽詰まったように私の頭を突っ張って離そうとする。




「あ、ダメだ!そんなところ!う、口をつけるなんて!」


「嫌だった?ごめん、もうしないから」


「……ん、い、嫌じゃない」




 よく分からないな。何が良いのか嫌なのか。




「も、もっと……して」




 甘えるように言われて、俄然やる気になって再び根元にキスした。




 クロは眉根を寄せ独り言を言っている。




「耐えろ…耐えるんだ。深紅は、弱っている。今はダメだ。とびかかるな、おそうなイチャイチャは今度だ。俺が、俺だけが、この身を快楽の犠牲にしても……あっ、し、深紅を守らねば」


「クロ、大丈夫?」




 段々と苦しそうなぐらいに荒く呼吸をするものだから、私はモフる手を止めた。


 すると、クロの震える手が私の手首を掴んだ。




「し、しんく……」


「なあに?」




 俯せのクロは、顔だけこちらを向いた。細く開いたまぶたから金の瞳がギラリと覗く。




「俺をモフるのがお前にとってご褒美だというのなら、俺にも今度褒美が欲しい。俺も竜と戦って頑張ったからな」


「え?」


「不公平だろ?イヌもちゃんと褒美をあげなければ……駄犬、いや堕犬になってもいいのか?」




 別に堕犬でもいいけどなあ。でも、確かに私ばかり美味しい思いは……




「褒美……いいよ。何がいいの?」




 言った瞬間にクロは、それはそれは邪悪な笑みを浮かべた。




「ふっふっふっ、悪魔と契約してしまったな。もう後戻りはできないぞ。お前が嫌だと言っても、もう遅いからな、あっ、う!」




 何か偉そうで、シュッと強めに尻尾を撫で下ろしてやる。




「クロ君、まさか私をモフりたいの?私、髪ぐらいしかモフるところないよ?」


「……毛があるところだけがモフれると思うな。真のモフがどういうものか、俺が今度じっくりねっとり教えてやる」


「なんと!上級者でしたか!」




 仕上げにソフトに尻尾を撫で撫でしてあげると、クロは満足したのか、うっとりと目を細めた。私はそれを見つめて、しばらく黙って撫で続けていた。




 ………クロが私をモフることはないだろう。




 もうすぐ家族に会える。クロも直ぐに魔界に帰れる。


 そうして、クロを見送ったら……私は罰を受けよう。


 上級魔族を逃がした罪を、潔く認めよう。




 それが私のけじめだ。


 後悔はない。クロと会えて良かったと今なら思えるから、怖くはない。




 尻尾を撫でていた手で、クロの髪を少し撫で私は布団に潜り込んだ。




「……ありがとう。寝るね」


「深紅?」




 顔まで布団を被ったら、クロが私を覗き込む気配がした。




「……………」




 あ、ちょっと泣きそう。


 顔を隠していたら、後ろから布団を剥いだクロが潜り込んできて肩を掴んだ。




「うう……」


「………またお前は」




 くるりと体の向きを変えてクロの胸にしがみつくと、呆れたような苦笑と共に抱き寄せられた。




「一人でまたバカなことを考えてるな?お前が思い悩むことはない」


「…………クロ」


「大丈夫だ」


「……………」


「俺が………お前を、その……迎えて」


「ダメ……眠い。お休み」


「あ、また!………確信犯か?!なあ、ここまできたら確信犯だろ?」


「うるさい…………」




 よくわからないまま私は眠ってしまった。クロの言葉の意味が分かったのは、少し経ってからだった。




「…………もうすぐだ、深紅」








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