第61話君は誰5
「ギル!深紅を下ろせ!」
もがきながら喚くクロは、竜の脚の下敷きになって動けないらしい。雌の竜は、時折クロの頭をザクザクと啄み、その度に流血していた。
「ああ、クロ!うきゃ」
私をぽいっと肩から投げ捨て、ギル兄は一歩前へ出た。
「よくも我が主をツンツンして試食しましたね。その報い今こそ受けるがいい!我が力の前に屈せよ!」
「ぎ、ギルさん?」
やや斜めよりに佇み、猫耳は竜に指をビシッと突きつけた。
「正義の鉄槌を下してやる!」
「おい、ばか、やめろ」
自由のきく片手で目を覆って、クロが唸る。
「この世に悪ははびこらない!」
「あほか、魔族がそれを言うな!」
クロがいたたまれずに首を振って悶えている。
王妃様が、ぷぷっと後ろで肩を震わせているのを感じながら、私は妙に納得していた。
そうか、戦隊モノ好きだからね。なるほどなあ、言ってみたいだけみたいだね。カッコいいセリフだもんね。
卵を温めていた竜が次第に警戒し出して、咆哮を上げて翼を広げ威嚇する。
「思い知るがい」
「縛れ!」
ギルさんが口上を述べ終わる前に、竜が私の拘束の術により動かなくなる。
「あ、またしても!ちゃんと最後まで聞いてからのバトルが約束だって言ったでしょう!」
「んー、でもクロ早く助けたいし、待っていたら長そうだから……えっと、そのチューニ病?」
キョトンとしたギル兄は、ふっと前髪を撫で付けた。
「何ですか、それ?魔族が病気なわけないでしょう、あなたバカですか?」
そうか、チューニ病的なカッコいいバトルな物語の本、ギル兄は読んだことないのか。これはオススメせねば。
動けなくてバランスを崩した竜が、ドオンと横にひっくり返った。
「バカとはよく言われるけど、私としてはギル兄さんにお仲間的な親近感を感じるよ」
「なぜに?」
首を傾げる彼を置いて、私はクロの元へと駆け寄った。
「クロ!」
竜の脚の間に空間ができて、そこからクロの片手が見える。巣の中に寝そべった状態で体を突っ込んで、クロの手に手を伸ばす。
「掴まって」
「深紅!」
王妃様の声に後ろを振り向くと、私の背後の上空に更に巨大な竜が飛んでいた。
これは、多分卵を温めていた雌の番の雄竜だ。
結界をしっかり張っていた私は、雄竜を一瞥すると再びクロの方へ向いた。
「お前の相手は私です」
魔力を紐のようにしたギル兄が、雄竜の体をそれで締め付ける。
「私では長くは持ちません。早く」
王妃様が剣を構えて、雄竜に斬りかかる。
「クロ、手を」
必死に手を伸ばすと、ようやく指先が触れ合った。ピクリと手が動いたと思ったら、ずりずりと地面を這いながら前進したクロの手が、私の手首を逆に掴んだ。
「クロ、良かっ、うひゃあ」
「………はあはあ」
竜の脚の下の暗がりから、息遣いが聴こえたと思ったら、手首から肘までをクロの舌がべろりと舐め上げた。
「ク、クロ?」
「ベロベロ、深紅不足だ、舐めさせろ、ベロベロ」
舐めながら、ゆっくりと這い出す血塗れの顔の魔族。よっぽど餓えているようで、一心不乱に私の肘から半袖ギリギリ肩辺りまでを舐めて止まらない。
「あ、あの、クロ、中級魔族が」
「ベロ、お前がいなくなったら俺も死んでしまうだろうが、くそっ、どうなることかと…」
「え……」
その言葉に、先程の王妃様の言葉を思い出す。王妃様は、夫である国王陛下を看取るまでは死ねないと言っていた。「一蓮托生」とはこのことかと私は納得したのだ。
それは、私とクロにも当てはまるというのだろうか。
「………クロ、私が死んだらクロも死んじゃうの?」
完全に這い出て来たクロは、私の肩を掴まえてベロベロと首や顎を舐めてきた。
「深紅不足だと死ぬ」
「クロ君」
魔族はちょっとやそっとじゃ死なない。ギル兄が言うには、特にクロは頑丈だそうだ。今も嘴でつつかれた頭の傷の出血は治まり、痛みなど忘れたように舐めまくっている。
それでも、クロは死ぬと言ってくれる。私がいないと、死ぬと。
胸の奥がじわりと温かくなって、首に顔を埋めるクロの頭をぎゅっと抱き締めた。
「………私、長生きするね」
そうしてゆっくりとクロの頬に両手を当てて、優しく上向かせると、その血塗れの顔をペロッと舐めてみた。
「しんくっ、あっ」
舐めた拍子に、唇や顎や頬に血がべったりと付着した私に、クロが驚いて身を引こうとするのを逆に追って、まぶたを舐めた。
「…ペロ…魔族の血って人間と変わらないんだね」
唇を拭い、拭った手の甲を舐めて、私は笑った。
クロは、そんな私を見つめると直ぐに俯いた。俯いて、突然私をがばっと抱き締めた。
「……深紅……もうあんな思いはしたくない。死ぬな」
「クロ」
約束はできない。私は人間だから。
でもクロに渡せるものを、私はたくさん持っているよ。
クロの背を何度も撫でて頬を擦り寄せる。
「私は、クロが大好きだよ」
そう告げると、クロは何も言えなくなって応えるように私の頬にすり寄る。
「…………甘々リベンジ」
いや、なんか言った。
「すっかり私達の存在を忘れていますね。何ですか、ベタベタと目障りな」
ギル兄が、魔力で竜の首を締めたところを、王妃様の剣が翼を切り裂く。
「ふふ、私は何も言えないわ。私もリア充ってやつだから」
「人間の流行り言葉は難しいですね」
そう言いながら、チュウしようとしたクロの襟首を掴んで遠くへ放り捨てた。
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