第59話君は誰3
体が全く動かなくて、私は困惑した。まぶたも重くて開かないし声も出ない。
「おや、気付きましたか?」
うつ伏せで、顔を横に向けている私の額に誰かが手を置いて声を掛けてきた。
「残念でしたね。あと少しで死ねて楽になれたのに、主の命によりあなたを助けないとならないのです」
声の主は、私の右手を取ると背中に回した。
「いいですか、よく聞いて下さい。今あなたの体は意識を除いて、私の力により時を止めているのです。あなたは背中に怪我をしていて、私の力が無ければ直ぐに死ぬでしょう」
……そうだ、私
「これから止めていた体の時を動かします。そうしたら、治癒の術を直ぐに使って傷を治して下さい。直ぐにですよ?かなりのダメージでしたから、少しでも行動が鈍ければ、強烈な痛みと出血多量で再び意識を失いかねません」
手の平を背中に強く押し付けられる。
「あなたはなかなか骨のある聖女のはず。気をしっかり持ちなさい………いきますよ」
「…っあ、くうううー」
食い縛った歯から、唸り声しか出ない。いきなり押し寄せた痛みにじっとしていられない。
「早く」
私は唸りながら詠唱を唱え、固定された手で自らの背中に治癒を施した。
もう本当に痛くて辛くて、今までにないぐらい素早く治癒を施していると思う。
人は痛みが強すぎると、叫べないし涙も出ない。それなのに、眠くなるのが不思議だ。
何もかも放棄したくなるような辛さの中で、私が心を奮い立たせるには、アレを頭の中いっぱいにするしかない!
モフモフモフモフモフモフモフモしっぽモフモフモフモフ、あ?クロどこいったモフモフモフモフ人が痛さに耐えてる時にモフモフあのワンコモフモフ許さんモフモフしてやるモフモフ
「………治癒の術上達しましたね」
「ふえ、もふ、痛かったああ」
傷が治って、見違えるように意識がクリアになった。血を流したので体力の回復は追い付いていないので、まだ体はだるくて重い。
強張りを解いて、ほっとしていると肩を掴まれ、乱暴にくるりと仰向けにされた。
「み!みみみみみみ!」
「セミですか」
私を冷めた目で見下ろしていたのは、以前元聖女のセリエ様の館を襲った上級魔族の猫耳兄さんだった。
「どうしているの!?クロは?!」
起き上がろうとして、ベッドにへなへなと倒れた私の髪をお兄さんの手が掬う。
「この赤毛……」
「な、に?」
お兄さんは私の髪を見て笑った。
「いえ……」
パラリと髪を放したお兄さんは、笑っているのに何だか寂しそうだ。
「クロ、クロは?」
理由はわからないが、助けてくれたということはお兄さんは私に危害を加えることはないだろう。だったら最初にクロを捜さなきゃ!
「………クロね、あの方のことですか。彼は今ここにはいませんよ」
「え?」
「あなたを診ている間、あの方はあの竜形の中級魔族と戦っていました。それで拐われちゃいました」
淡々とお兄さんは言うが、私は焦って起き上がろうと必死だった。
「く、クロ、助けに行かなきゃ!」
「今からはあなたの体力的にムリでしょう。それに、もうあれから3日経ってますしねえ」
「3日…3日!?」
愕然として涙を湛えた私を見ながら、怠そうにお兄さんは傍の椅子に腰掛けた。
「体の時を止めていられる時間は3日が限度でしたから目覚めて良かったですね。もう少し寝ていたら永遠の眠りについていたでしょう、ああ、そうだったら私も耳引きちぎられてました」
私はお兄さんの話なんか聞いていなかった。手足が動かない代わりに体を捻ってベッドから転げるようにして降りて、這いずって部屋を出ようとしていたから。
「う、はあはあ、クロ…クロ」
「あなた芋虫みたいで気持ち悪いですよ」
「うっせ、猫むす…猫坊、クロを早く、助けにゼェハァ」
「誰が猫坊ですか、私は魔族です」
スタスタと私を追い抜き、部屋の外にいた騎士に猫耳は食事を頼んだ。
「まったく、あの方はこの娘の何が良いのか……」
ぼやきながら猫耳は、ガシッと私の襟首を掴み、軽々とベッドに放り投げた。
「うわあん、クロぉ」
「いいから食事をして、まずは体力を回復させなさい。そうしたら助けに行きましょう」
「へ?」
信用できないようで、私の腰の辺りを魔力でベッドに縛り付けて猫耳は腹が立つぐらい冷静に話した。
「ムカつきますが、あなたの力が必要です。早く元気になって、私とあなたであの方を連れ戻しに行きますよ」
「……え、いや、でもこうしている間にも、クロは!」
ベッドに縛られながら、じたばたする私を観察して「なかなか活きがいいですね、これなら早めに行けます」と自分の耳を手で整える呑気な猫耳。
「大丈夫です。あの方はちょっとのことじゃ死にませんよ。それに3日も帰って来ないとなると、既に食べられてるかもしれませんね」
「うあああ!クロちゃん!」
私の反応が楽しくなってきたのか、猫坊はくすりと笑った。
「あの方は滅多なことでは死ねません。例えバラバラになってもね」
「ええ?!」
「まあ竜の糞になってたら、わかりませんねえ。生きててもその時は助けなくていいですよね」
「うあああ!いやだあ!」
そうこうしている間に食事が運び込まれて、私は泣きながら必死で食べた。
早く元気になりたくて、フードファイターと化した私は最後に吐いて胃を悪くし、また治癒を掛けるはめになった。
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