第54話君しかいらない3
「あははは、可笑しい」
王妃様は、私達を見てなぜか気を悪くするどころかご満悦だ。
「タリアちゃん、もういいでしょ。夫さんはヤキモチ妬くよお」
玉座で、それまで大人しく様子を見ていた国王が、くすんくすんと鼻を鳴らして拗ねる真似をした。
「もう、ダーリンったら、かわいいんだからあ」
王妃タリア様は、体をくねらせながら国王のお膝の上に座った!
「いつもの様子見よ。私にはダーリンしか眼中にないの、わかってるでしょお?」
「んー、タリアちゃん」
でぶんと腹の出て、薄く髪の毛の禿げかけた、ちっさいおじさん国王の顎髭を指で摘まむ妖艶な王妃。
「愛してるわん、ダーリン」
「タリアちゃん、そろそろ四人目のお子さんを作らないかい」
ええ?!三人も子供がいるとは、王妃様若い!見えない!凄い!
いちゃつく二人に声も掛けれず、私はぼうっと色々思いを馳せていた。
「……取り敢えず、こいつらから消す!」
クロの手に魔力がわだかまる。
「いやん、一緒に逝けるなんて、素敵」
「悪くないなあ」
ラブパワー恐るべし。国王夫妻のいちゃつきに、クロはぎりぎりと歯噛みした。
「く、クロ、落ち着こうか」
「……くっ、ムカつく!俺ももっとイチャイチャしたいんだよ!くそっ、深紅が怖がるかと思って耐えてるってのに、目の前でベタベタすんじゃねえ!」
「クロ……羨ましいんだね」
クロの腕を引っ張ってあげると、我に返ったイヌが飛び付くようにして、私の肩を抱き締めてきた。
何だろうね……王様と謁見してたはずなんだけど、厳粛さとは無縁な甘い雰囲気は?
「忘れるところだった」
「そうだったわ、ダーリン」
国王夫妻が頬をくっ付け合って、ようやくこちらを向いた。
「聖女深紅、今この国にいる聖女はそなたしかいない。これも何かの導きかもしれぬ。どうかこの国を、そなたの故郷を助けて欲しい」
真面目な表情で、王妃の腰を抱きながら、国王は話している。
「昨夜、多くの怪我人を見たでしょう?医者が足りなくて、聖女の派遣をまた要請しようかと思っていたのよ」
国王の頬にキスしながら、王妃が言った。
「また?何があったのですか?」
迫ってくるクロの顔を、突っぱねながら私は聞いた。
「うむ、あれだ」
国王が、背後の高い位置にある窓を指差した。
そこには濃い緑に覆われた高く急峻な山が見える。
「中級魔族か?」
気配を伺うように、クロが私の肩に顎を乗せて問うた。
「そうなのよ、最近住み着いたらしくて、時折ここらに下りてきて悪さをするの。ほら今、果物とか美味しいから食べに来るの」
「そうですよね、ここの果物は絶品ですからね。味の分かる魔族さんだ」
舌が肥えてる!
感心していたら、王妃様は微笑みながらドレスの裾を持ち上げて、生足を見せた。
「あっ」
「私達も討伐に行ったのだけど、返り討ちに会っちゃって、ざっくりよ」
美しい王妃様の太腿やふくらはぎには、治りかけではあるが大きく裂かれたような傷があった。
「中級魔族が山から下りてくる度に、死者や負傷者が多発しているのだ。一度聖女と神官が派遣されて来たが、遺体となって見つかっている」
「それが三日前」
「待て、まさか」
クロが私を抱き締めたまま、二人を睨んだ。
「聖女深紅、上級魔族クロ、あなた方に中級魔族討伐を頼みたい」
国王の声が、急に厳かな響きを持ち、私はビクリと肩を震わせて仰ぎ見た。
「あなた達にも悪い話では無くてよ」
王妃様は、隣の玉座に深く座り直してから、傷付いた長い足を組んだ。
「私はアテナリアの元王女にして、アテナリア現国王エドウィンの姉。あなた方が依頼を受けるなら、貴女と貴女の家族、それに魔族クロの身柄を保護する為に尽力しましょう」
私は、ぐっと拳を握った。
実は私は王妃様のことを知っていたのだ。
学生だったタリア様は、農業を学ぶためにディメテル国に留学して、父親ぐらい年の離れた国王と恋に落ちた異色のお姫様だ。
才色兼備にして武勇に優れた彼女に、私は聖女の力を交渉の材料にして、はなっから家族を庇護してもらおうと考えていた。
「貴様ら、よくもぬけぬけと!」
「クロ、大丈夫だから」
怒るクロの唇を、そっと手のひらで覆った。
「むぐ、しんく」
「クロ、やっぱり留守番よろしく」
「ばっ…」
私は国王夫妻から目を反らさないように、意識して真っ直ぐに見つめた。
「聖女深紅、中級魔族討伐を慎んでお受け致します。つきましては、私一人で行くことをお許しください」
そう言って顔を伏せた私の肩をクロが掴む。
「もし…私が帰って来なくても、クロと家族を必ず守ってください。私の……命よりも大事な人達ですので」
「し、深紅……」
私を強く抱き締めるクロの肩が震えている。
両手を伸ばして、私もクロを抱き締めた。
「大好きだからね、クロ」
「ばか、深紅、す、好きだ、くそっ」
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