第35話君惑うことなかれ
「ワタシハ、ヒトトシテ、オワッタ」
ヨルさんの薬を売り、大金を手にして、呆然と野道を歩いている。周りには水を湛えた田んぼが広がり、どうやら田植えは終わったらしい。
私の前を歩くクロも、ほぼ無言。お互い微妙な空気が漂っている。
……ク、クロの顔が見れない。
昨日の醜態は、やはり薬の影響だったみたいだけど、潜在意識下で、私が望んでいたモフだった。
ああ、私何てことを!あんないたいけな可愛いラブリークロを襲ってモフりまくるとは!
クロは、元気になってもらおうとして、私に薬を飲ませてくれただけなのに。
私は、クロを無理やり…汚してしまった(ヨダレで)
「あ、あの、クロさん…」
恐る恐る声を掛けると、クロは歩みを止めた。
「昨日は、その…ごめんなさい。私、君に……」
ぎゅっと目を瞑り、一気に謝罪の言葉を捲し立てる。
「モフって、モフりまくって、散々もてあそんで、嫌がる君を無理やり…!ごめんなさい!」
そこまで言って、片目を薄く開けてクロを見ると、両手で耳に蓋をして屈辱に震えるクロがいた。
「ク、クロ、許してとは言わない、でも嫌わないで 」
すがるようにクロに懇願すると、なぜかクロは後ろめたい表情で、目を反らす。
「クロ……見捨てないでえ。昨日の私は、私じゃなかったの。普段はあんなに変態じゃないの」
へたりと座り込んで、力無くクロを見上げる。
聖女としても終わり、人としても終わり、飼い主としても終わってしまったら、あと何が残るんだろう。
苦い顔をしたクロは、目の前に歩み寄って、私を見下ろしていたが、いきなりニタリと悪そうな笑みを浮かべた。
「クロ、さん?」
「ワン」
よしよしと私の頭を撫でると、向かって座り肩に手を掛ける。
「ゆ、許してくれるの?」
「ワン」
こくりと頷いたクロが、自分の唇を指差す。
少しだけ突きだされたそれに、まばたきして考える。
「ちゅ、ちゅうしたら許してくれるの?」
神妙に頷くクロ。
い、いいのかな?以前、ちゃんと注意したはずなのに、またクロはねだってくる。
でも、それでチャラにしてくれるなら、お安い御用かも。
「……クロ」
私が顔を近付けると、クロも嬉しそうに唇を寄せてきた。
ドキドキと心臓の音がうるさい。
唇が触れ…
「何をしている!」
「ひゃあああ!!?」
突然声が降ってきて、変な悲鳴を上げて猫のように跳ねとぶ。
あたふたと見上げると、目の前に立派な馬車が止まっていた。護衛らしき男女の兵士が二人先導していたらしく、その内の男性が声を上げたようだ。
「は、えっと?あ、あの!」
挙動不審に狼狽える私は、これは未成年ワイセツで捕まったと覚悟した。
クロは、何事もなかったような表情をして立ち上がっている。
「こちらは前領主夫人セリエ様の馬車である。道を開けよ!」
「あ、はい、失礼しました」
クロを引っ張り、脇に避けて頭を下げる。
聖女候補といっても一般平民の私、特段迷うこともなく、目上の方には礼を尽くす。
それに穏便にしないと、いつ私達のことがばれるか分かったものじゃない。
クロを後ろから抱いて、ガラガラと目の前を通って行く車輪を見送っていると、またしても馬車が止まった。
「そなた…」
馬車の側面についてる小窓が小さく開いて、おっとりとした女性の声が聞こえた。
「そなた、その気配…聖女候補ですか?」
はっとして小窓を見上げると、細くて皺の刻まれた指が窓枠に添えられていた。
「………さようでございます」
ためらいがちに返事をすると、中から「まあ!」と感嘆の声が上がる。
「まあまあ、聖女候補の方に会うなど本当に久し振り。よかったら、私の館までいらっしゃいな。いろいろお話が聞きたいわ!」
朗らかな声に、私とクロは顔を見合わせた。
いや、私とクロはもう分かっていた。
私の聖女のオーラを見抜いているような人だ。
小窓から、白髪の老婦人が顔を覗かせた。
「申し遅れました。私、元聖女候補のセリエ…聖女名は、『緑』と言います」
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