第25話君と共に4
「嬢ちゃん!おい、大丈夫か?」
デュークさんの声がうるさくて、私は目を開けた。
「ん…大丈夫だよ」
地面に仰向けに倒れたまま、私はぼうっとしたまま答える。
デュークさんの背後で、あのへび「ヨルムンガンド」は、封印の術により白い膜のようなものに覆われて眠っているように目を閉じ、動かない。
多分、10年ほどは封印が持つと思う。その後は知らない。
身体がダルダルだ。封印の術は強力だが、身体の負担が大きい。力が入らず、眠たい。
心配そうにデュークさんが、私を見ている。
「嬢ちゃん、可哀想に、こんなに傷だらけで……死ぬなよ」
「死ぬわけないだろ」
私が反論する前に、横から声が降ってきた。
へびを確認していたのだろう、クロがデュークさんの横に歩み寄り、私を見下ろす。
「封印の術のせいで眠いだけだ」
「ク、ロ…」
喋ってる!人間の言葉を普通に話してる!
デュークさんが私の肩を抱えて起こしてくれたのを、クロは不機嫌そうに見ている。
「……ヨルムンガンドは、魔族である俺と聖女のお前の気配を察知して現れた。旨そうな餌に見えたのだろう」
推定6歳が、今「俺」と?しかも何なんだ、低い綺麗なそのボイスは?!
「クロちゃん、何か可愛いげなくなったな」
デュークさんが、気持ち悪そうにクロを見て呟く。
構わずに、クロは私に目を向けると、少し迷うように口を開いた。
「…………深紅」
ドキッ、と心臓が跳ねた。
呼ばれただけで、なんか嬉しい。でも……
私の横に膝を付き、クロは言葉を探しているように口を開きかけては黙る。
私はそんなクロに不安になり、急いで詠唱を小さく唱えた。
「………深紅、俺は…え?」
私がぶつぶつと言ってるのが聞こえて、クロは耳を傾けた。そして、その詠唱の独特な音律に聞き覚えがあったのか、溜め息をついた。
「嬢ちゃん、何の術だ?」
クロは逃げなかった。じっと動かずに、少しだけ私を睨んだ。
「まったく、お前は…」
罪悪感にうちひしがれ、眠気に抗い、私は唱え終わった。
「我に、服従せよ!」
「……………………」
「クロ、再び私のイヌとなり……一緒にいて……ごめん」
「……ワン」
うなだれたクロが、ちょっぴり笑ったようにみえたのは、私の自己満足だろう。
「………嬢ちゃん」
憐れむような目を向けるデュークさんに、私は手を伸ばした。
「デュークさん、限界……おんぶして」
「おう、よっしゃ、森から出ような。嬢ちゃんは安心して眠ってな」
「グルルル!」
デュークさんにおんぶされて、くたりと四肢を投げ出す。ダメだ、眠すぎ…
でも、クロを服従の術にかけたから、彼はどこへも行かない。私から離れられない……だから、安心して眠れる。
「ワン!ギャワン!」
「あ、もう止めろ!お前さんがこの子をおんぶしたら足引き摺るだろうがよ!怒んな、妬くな!」
………なんかうるさいな…
片方の耳をデュークさんの背中にすりすりと押し付けて、私は眉をしかめながら眠ることにした。
*************
俺の名前は、デューク。一応、魔物ハンターやってる。
森でおかしな二人に会って、レアな中級魔族『ヨルムンガンド』と闘って2日。
森を抜けたところのアーレス国の外れの宿に滞在中だ。
「深紅ちゃん、目を覚ましたか?」
朝飯を食べていると、階段を下りてきた『クロ』を見て声を掛けた。
上手く人に化けてるそいつは、体は小さいくせに顎を上げて、俺を見下すようにして鼻を鳴らした。
宿屋の食堂のセルフサービスのご飯をトレーに二人分載せているのを見ると、まだあの子は眠っているのだろう。
前を通るクロの首根っこを掴むと、ギロッと睨まれた。
「そう睨むな。俺は今日ここを出て、依頼のあった魔物を狩りに次の街へ行く。」
「…………」
「まあ、森では世話になったな。お前さん達がいなけりゃ喰われちまってたからよ……」
そうして、腰に付けた袋から取り出したのは、ヨルムンガンドの尻尾の先だ。
まさか持っているとは思わなかったのか、何かわかってクロは驚いた顔をした。
「礼がわりに半分やるよ。」
蛇型魔族の尻尾は、焼いて煎じると薬になる。高値で売れるはずだ。しかもレア蛇となれば、何年間かは楽しく遊んで暮らせるだろう。
両手の塞がっているクロの胸ポケットに押し込んでやる。価値が分かるらしく、クロは特に嫌がることはなかった。むしろ、悪い顔をした。
「………なんならお前さんが使ったらいいぜ」
試しに言ったら、顔を赤くして目を泳がせ、口元を緩めた。
……………やっぱりな
6歳の子供がこの意味を知っているわけない。
こいつは、身体は子供でも精神は大人だ。この尻尾で作られる薬は、男性用の精力剤だ。つまり大人の夜の頑張りに効くやつだ。
深紅ちゃんは、大丈夫か?こいつは、危険ワンコだと思うぞ?
服従の術を永遠に掛けるのをオススメするぜ。
「……森で、お前さんが、どうして抵抗せずに嬢ちゃんに術掛けられちまったのかと不思議だったけど、何か分かってきたぞ」
クロは黙って俺を見ている。何て悪い魔族だ。
「クロ。お前さん、ほっとしたんだろ?あの子とこれからも一緒にいられる理由が欲しかったから」
うっそりと邪悪な笑みを浮かべるのが、答えのようだ。
「ちゃんと飼い慣らされてろよ」
願わくば、深紅ちゃんが飼いイヌに手を噛まれないことを祈ろう。
俺は階段をいそいそと上がって行くクロを見送ると、荷物を持って宿を出ていった。
今日も春らしい暖かな風の吹く日だ。
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