第21話君が必要6
おじさんが振りかぶった剣を、クロめがけて素早く下ろす。
それを後ろに避けたところを、横手に薙いだ剣が襲う。
「クロ!」
ぱっ、と身軽に跳んで回避したクロが、その手に魔力を練る。黒い渦のような魔力がわだかまり、クロがおじさんにそれを叩きつける。
「ダメだって!」
おじさんを両手で横に押し、クロの攻撃を受ける。
「ワ…ワン!?」
結界が衝撃で霧散し、私は少し吹っ飛んでしまった。
「っ、いたたた、クロ強…」
さすが上級魔族。まだ本来の力じゃないだろうに、結界が一撃で霧散しちゃった。
顔を庇ったので、両手の先から肘辺りに無数の切り傷ができた。幾つかポタリと血が垂れたのを、ハンカチで拭く。
「リリィちゃん!」
「二人ともストップ!」
手を突き出して大きな声で言ったら、おじさんはビクッと驚いて止まった。クロは、服従の術が発動して確実に止まった。
「グ!?グル…」
「もうなんで戦うの?クロは別に何も悪いことしてないのに」
固まってるクロの傍に行って、きゅっと頭を抱き寄せる。
「リリィちゃん、騙されてないか?俺には、そいつの下心丸わかりだぞ」
「下心?」
「だあっ、小さくても魔族でも男は男なんだよ。言われなかったか、男は狼になるって」
「うん?クロはイヌだよ」
「もう訳わからん」
おじさんは頭を抱えて座り込んでしまった。
よくわからないけど、取り敢えずおじさんは良い人みたいだ。
「おじさん、クロは良い子だよ」
「……そうか?」
「だって、こんなに目をキラキラさせてる」
「……嬢ちゃんの胸に埋もれてギラギラしてるな」
「こんなに愛くるしい顔してる」
「鼻の下伸びてんな」
おじさんはゆっくりと立ち上がると、クロに近付いた。
「……おじさん」
手にした剣が、ギラリと光るのを見つめながら、私はクロを覆い被さるように深く抱き込んだ。
「……嬢ちゃん、何にせよ、こいつは魔族だ。人間に仇なす生き物だ。情が深くなる前に始末した方がいい」
「だめ」
おじさんの殺気に、唸りながら術に抵抗しようとするクロの背中を宥めるように擦る。
「魔族なんて関係ない。クロは私の大事な家族なの。家族を傷つけるなら誰だろうと許さないから!」
「……キュウン」
「リリィちゃん……あんた」
真ん丸い目をして、私をじっと見上げるクロ。この子がいなかったら、私はもうとっくに心が折れていた。
最初は自分の勝手でアテナリアから逃げたけれど、今は違う。
私はクロを守りたくて逃げている。
「クロは……私に必要なの。人間だろうが魔族だろうが関係ない。クロはクロなの。お願い、おじさん…」
クロの肩に額を押し付けると、小さな手がおずおずと私の髪に触れた。
何も悪いことしていないのに、なぜ魔族だというだけで…
そっと私の髪を撫でるクロ。術で手を動かすことも鉛のような重さを感じているはずなのに。
「この子が大好きなの。この子がいないとダメなの」
森の木々が風でさわさわとそよいでいる。
おじさんもクロも私も無言になってしまった。
髪を撫で続けるクロの肩から離れて、その表情を窺う。
クロは、視線に気付くとそっぽを向いた。
でも赤い頬と緩んだ口元が見えた。
尻尾が左右に揺れている。
クロの気持ち、私にはよくわからないことが多いけど、今は嬉しいのかな。
「……分かったよ」
難しい顔をして私達を見ていたおじさんが、ようやく剣を鞘に収めた。
ホッとした私に、おじさんは呆れたように力を抜いた。
「見たところ、嬢ちゃんを本気で傷つける気はそいつには無さそうだし、取り敢えずは様子見だな」
「ありがとう、おじさん」
「デュークだ」
私の帽子を拾うと、手渡しながらおじさんは名乗った。
「それで……訳有りらしいが、嬢ちゃんは何だってこんな森にいるんだ?この森の呼び名、知ってるよな?」
「うん、おじさんが宿で話してたよね。『大蛇の森』」
術を解かれたクロは、わからないといったふうに首を傾げた。
ずっと眠ってたからね。
「そうだ。魔物ハンターの俺がここにいるのは、この森にいるレアでスペシャルな中級魔族『ヨルムンガンド』を狩るためだ」
聞いた途端、目を剥いたクロが私の手を掴んだ。
「ワ、ワウ!ワウウ!!」
ぐいぐいと私を引っ張り、元来た道を戻ろうとする。
「どしたの?大丈夫だよ、ただの噂だし、見た人はいないらしいよ」
「まあ、見た奴は帰ってこなかったからな」
デュークさんは、ははっと軽く笑った。
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