第十章06 残党も美味しく料理します


 いくさは日没前に終結し、アレクサ王国軍は甚大な被害を出しながらも血路を開き、撤退をしていった。


 敵の被害は戦死者659名、捕虜312名、領主クラスの首3つ、農民兵指揮官クラス8つ、そして総大将として兵を率いたブロリッシュ侯爵の首も挙げた。


 動員した2000名のうち半数以上が戦死や捕虜となり、壊滅と言える損害を与えている。


 こちらの被害は戦死者0名、重傷3名、軽傷15名だった。


 道を断たれ、崖上からの狙撃に気を取られ、鬼人族に討たれた者も多かったが、火に巻かれて焼死した者も半分を占め、こちらの被害は軽微だった。


 アレクサ軍の壊滅による戦争終結によって、『勇者の剣』の残党と反乱勢力は、エランシア帝国領内から完全に排除された。


 そして、『勇者の剣』との戦いに掛かった収支報告書がこちらになる。


 対『勇者の剣』収支報告書

 支出

 山の民へのお土産代250万円

 ワリドへの情報工作費用2980万円

 サンデル神殿長への工作費4580万円

 マルジェ商会員の採用費3420万円

 山の民への支援費2億5000万円

 出兵費用3670万円

 損耗品補充費1240万円

 収入

『勇者の剣』の財宝及びフロイガ家からの接収物資5億3423万円

 アレクサ王国鹵獲物資売却代金3280万円

 収支総計:1億5563万円増


 っとまぁ、こんな感じで出費は多かったが、1億5000万円以上の利益が出た。


『勇者の剣』の対応を放置し、山の民といくさをやっていたら、赤字どころか、エルウィン家自体がひっくり返ったかもしれない。


 でも、事前に情報をキャッチしていたおかげで、山の民との間に太い絆を作れた。


 彼らとの絆で、新たな産物を生み出すこともできたし、エルウィン家はさらに強くなっていくはずだ。


「アルベルト、今戻ったのじゃ」


 いくさが終わり天幕に戻ってきたマリーダは、敵の鮮血に染まって真っ赤であった。


「お疲れさまでした。マリーダ様たちのお力で味方は大勝利で――」


 帰還したマリーダが手で口を押えると、地面に膝を突いて、吐しゃ物をぶちまけた。


「マリーダ様⁉ どうされた! おい! 誰かきてくれ! マリーダ様の様子が変だ!」

「気分が悪いのじゃ……」


 見たところ外傷はない! だとしたら何かの病気⁉ 何か感染症にかかったのか⁉ どうすればいい! くそっ!


「誰か、頼む早くきてくれ!」


 動揺した俺は血だらけのマリーダを抱き抱え、誰かを呼ぶのがせいいっぱいであった。



 ※オルグス視点


 わたしの後継者としての資質を問う声から遠ざかるため王都を出て、外征の指揮を執るために訪れていたティアナの街は、騒然とした空気に包まれた。


 フロイガ家の内応に呼応して、アルコー家のスラト領を攻めたはずのアレクサ王国軍が、ボロボロになって帰還してきたからだ。


「ど、どうなっておるのだ……。話が違うではないかっ!」

「戻ってきた者の話では、スラト領へ入る直前の峡谷でエルウィン家に待ち伏せされ、岩で進軍路と退路を断たれ、火をかけられ、奇襲されました。ブロリッシュ侯爵の生死不明、ザーツバルム地方の領主たちも数名が行方知れず。兵は半数以上が戦死や捕虜、脱走したとのこと……」

「兵の半数以上だと……。壊滅ではないか……」

「まことに残念ながら、私たちの策は、エルウィン家側に筒抜けだったようです。フロイガ家当主が反乱容疑ですでに斬られたとの噂が流れてきております」


 やはり国境領主程度では役に立たなかったか……。


 あのような話は無視するべきだった。


 他人事のように報告するザザンの言葉に苛立ちが募るが、それ以上にエランシア帝国に攻め込まれるのではないかという恐怖で、足の震えが止まらない。


 宿舎にしている部屋に、首桶を持った近侍たちが駆け込んできた。


「た、大変です! オルグス殿下にと書かれた首桶が発見されました!」

「首桶だと?」

「開けますか?」


 嫌な予感がしたが、首桶を開けないと、もっと面倒なことが起きそうな気がした。


「慎重に開けよ」


 近侍たちに首桶を開けさせる。


 中には神託の勇者を自称したブリーチが被っていた黄金の兜と書簡が入っていた。


「クソがっ! わざわざこちらを脅すため、ご丁寧に送ってきたのか!」


 首桶を蹴飛ばすと、血まみれの黄金の兜が室内を転がった。


「書簡を読みますか?」


 ザザンが床に落ちた書簡を差し出してくる。


 奪い取ると、封を切って拡げた。


 内容を読み進めると、屈辱で血が逆流しそうになる。


 わたしが追放に追いやった叡智の至宝アルベルトからの書簡だった。


 書簡には、わたしがアレクサから追放したことを感謝しているとまで書いてある。


 そして、近いうちにアルベルトがエルウィン家の鬼たちを率い、このティアナの地をもらい受け、次はわたしが床にある血塗られた黄金の兜のようになるとまで書かれていた。


「クソガァアアア!」

「な、なにが書かれて――」

「うるさい! 黙れ! 今回の外征に対し、言いたいことは山のようにあるが、今はティアナの防備体制を整える方が先決であろう! 南部のコルシ地方の貴族にもティアナ防衛の動員をかけよ」

「南部の貴族たちもですか⁉ 殿下への反発がいっそう強くなりますが⁉」

「ティアナ防衛に兵が足りぬだろっ! それくらい分かるだろうが! わたしを殺す気か!」

「でしたら、オルグス殿下は王都に戻られた方がよいかと。ティアナ防衛は私が命を賭して完遂しますので」


 ザザンは頭を地面に擦り付け、ティアナ防衛を買って出てくれたが、外征に2度も大敗したわたしが王都に帰れるわけがないのくらい分かり切っているはずだ。


 帰れば、あの妾腹の子がまたニヤケた顔でわたしを詰り、貴族たちもそれに同調する。


 追及に対し、外征に失敗したなど口にしようものなら、信頼を失いつつある父上に廃嫡されかねない。


 だから結果を出すまでは、王都に帰ることなどできぬのだ!


「うるさい! お前になどティアナ防衛を任せられるか! わたしの言う通り、とっととコルシ地方の貴族たちへ動員の書簡を送れ! 期日までにティアナへ参陣せぬ者は、王国への反乱を企てる者として討伐を受けると書き添えよ!」

「は、はい。すぐにその内容にて送ります!」


 わたしは手にしていたアルベルトからの書簡を破り捨てると、カタカタと勝手に震える足を自らの拳で叩いた。

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