第十章05 残党も美味しく料理します

※マリーダ視点


「さって、美味しいご馳走を独り占めにせねばならんのぅ。まだまだ、この大剣に血を吸わせねばならんのだ」


 兵たちに先駆けて崖を下り、アルベルトたちの放つ矢を避け、隘路から逃げ出してきた敵兵の姿を見て、舌なめずりをする。


「ヒャッハー! 狩り放題なのじゃ! 妾の剣を受けたい者は前に出よ!」

「マリーダ姉さん! オレの分は残してくれよっ!」


 少し遅れて崖の下にきたラトールもいくさに逸り、敵を見る目が充血している。


 この様子じゃと、兵どもの指揮をせよとアルベルトに言われているのを忘れてるおるようじゃの。


 アルベルトは、ラトールを将として鍛えたいと申しておったし、妾の首稼ぎを邪魔させるわけにもいかぬ。


「ラトールは兵どもを率いるようにと、アルベルトから言われておるだろう。サボったら、特別反省室行きなのじゃ!」

「クッ! アルベルトの指示は無視できねぇ! お前ら、ここはマリーダ姉さんに任せ、オレたちは敵の脱出路を先に抑えるぞ!」


 ラトールは、この前の特別反省室入りが、相当懲りたようじゃの。


 青い顔をしていそいそと兵たちを指揮して脱出路の封鎖を始めたようじゃな。


「よい判断じゃ! そちらに追い立ててやるから待っておれ!」


 大剣を肩に担ぐと、逃げ惑う敵兵たちの前に身を晒した。


「妾はエランシア帝国女男爵マリーダ・フォン・エルウィンなのじゃ! 腕に覚えのある者は進み出よ!」

「鮮血鬼マリーダ! こっちは鮮血鬼マリーダがいるぞっ!」

「あんなのがいたら、ここからは逃げ出せないだろ!」

「ほ、他の道を探せ! 馬鹿! 押すな! 鮮血鬼がいるんだっ! 下がれ!」


 こちらの姿を見た敵兵たちが、逃げる足を止め、怯えた顔を見せた。


 アレクサの男どもは骨がないのう。戦う前から逃げ腰の連中ばかりじゃ。


 これでは今回も中途半端になりそうなのじゃ。


「はぁー、クソ雑魚しかおらぬのぅ。ご馳走だと言われて、遠路はるばる駆けてきた妾の落胆がそなたらに分かるか――のぅ!」


 別の道から逃げようとして足を止めていた騎士に飛びかかると、上段から剣を振り下ろす。


 鎧に身を包んだ騎士ごと、真っ二つに断ち斬った。


 何もできずに真っ二つにされ、絶命した騎士の身体を仲間の方へ蹴り飛ばす。


 大剣に付いた血を振って落とすと、敵兵に突き付ける。


「妾は非常に失望しておる! それでも戦うために集められた兵士か! 敵に怯え、逃げ出そうとするのはけしからん! 妾がその根性を叩き直してやるのじゃ!」


 剣を構えると、息を止めて走り出し、20~30名の敵兵集団へ一気に近づく。


 そのまま、大剣の刃が届く範囲にいた兵士たちの胴を横薙ぎに両断した。


 ムッとするような血と汚物の匂いが周囲に広がる。


「ひっ! 鬼だ! 悪魔がいるっ!」

「殺さないでくれ! 頼む! 国には家族がっ!」

「嘘だっ! 嘘だ! 嘘だ! こんな生物が存在していいわけがないっ!」


 目の前で集団ごと仲間が斬られ地面に倒れたことを見た敵兵たちが、泣き叫びながら後ずさりをしていく。


「次は誰が妾の獲物になるのじゃ」


 周囲の敵兵に視線を送ると、皆が首を振る。


 張り合いがないのじゃ! アレクサの連中は随分と質が下がったのぅ。


「面白くないのじゃ! ヒリヒリするような勇士はおらんのかぁっ!」


 ビクついた兵士たちをかき分けるように、図体のやたらとでかい兵士が進み出てくる。


「お前が鮮血鬼か! ようやく戦場で出会えたな」


 巨大な金属槌を持った大男は、亜人であった。


 あの身体のデカさを見ると、エランシア帝国北部の巨人族の出身かのぅ。


 帝国で問題を起こして逃げ、傭兵としてアレクサにいたやつを雇い入れたのかもしれんな。


「妾が鮮血鬼マリーダ・フォン・エルウィンで間違いないのじゃ」

「お前の首を挙げれば、オレは一躍領主様だ! その首、この大槌のドーンマがもらい受ける!」


 同じ国の出身であろうが、戦場で敵となれば、戦いを遠慮するのは失礼じゃし、あの様子だと、多少はやれるようじゃ。


 歯応えのありそうな相手の出現に口元が綻んでくる。


「妾の首を獲るには、ちと腕が足らぬが少し遊んでやろう。えーっと、ノロマだったか?」

「ドーンマだっ!」


 怒気を見せたドーンマが大きな金属槌を振り下ろす。


 速度こそ早かったが、単調な振り下ろしのため、僅かな身体の動きで避ける。


「鋭い振りじゃが、それでは妾は捉えられるのじゃ。ほれ、もっとこい」


 相手を挑発するため、地面に突き立てた大剣に寄りかかる。


 激昂したドーンマが、再び金属槌を大きく振りかぶる。


「馬鹿にしやがってっ! この野郎っ!」

「妾はおなごじゃ! 野郎ではないっ! 言葉に気を付けよっ!」


 振りかぶって、がら空きになったドーンマの顔面を殴打した。


「げふぅっ!」


 あごの骨が砕ける感触とともに、金属槌を振り上げていたドーンマがバランスを崩す。


「まだ、倒れてはならんのじゃ! ほれ、しっかりと立て!」


 倒れかけたドーンマの首筋を掴み、こちらに引き寄せると、腹部に膝がしらを打ち込んだ。


「げはっ!」


 腹部に妾の膝を受けたドーンマの口から、大量の血と胃液が混じったものが吐き出される。


「妾の首を獲らねば領主にはなれぬのじゃぞ。もっと、頑張れ!」

「このくほあまがぁ! ふっころしてやる!」


 怒りを見せ、目を血走らせたドーンマが、確実に当てるために横薙ぎに金属槌を振る。


「顎が砕け、言葉がちゃんと喋れないようじゃが、今のは妾に対する暴言じゃ。妾への暴言は万死に値すると知れ!」


 ドーンマが全力で横薙ぎに振った金属槌を、素手で軽く受け止める。


「ばけものかっ⁉」

「腰の入っておらぬ攻撃なぞ、妾には通じぬのじゃ! 愚か者めっ!」


 相手の金属槌を奪い取り、そのまま握り潰して丸めて球にすると思いっきり蹴り出した。


 蹴り出された金属の球は、ドーンマの身体に風穴を開け、背後にいた兵士数十名の命も一緒に奪って崖にめり込んだ。


「ひ、人じゃねえっ! やっぱ、人じゃねえ! 鬼だ! 邪神の使いに違いないっ! 逃げるが勝ちだ! 相手をするな!」

「向こうでブロリッシュ侯爵様が、敗走中の味方の兵をまとめておられるらしいぞ! そっちに合流すれば助かるはずだっ! 急げ! 鮮血鬼は無視しろ!」


 怯えて動けなくなったアレクサ兵に声をかけたのは、動員された国境領主らしい男だった。


 男が指差した先には、アレクサ王国軍の大将旗が翻っているのが見えた。


 どうやらラトールが率いた兵たちが、脱出路を先に押さえたため、離脱できずにいる様子だった。


「ほほぅ、大将はあそこか。では、一騎駆けをして首をもらうとしようかのぅ! 大将首を挙げればアルベルトも兄様も喜んでくれるじゃろうて!」


 地面に刺していた大剣を引き抜くと、大将旗に向け、落石で落ちた岩を避けつつ、邪魔となる敵兵を蹴散らしながら突き進んだ。


 逃げ惑う敵兵たちを薙ぎ払い、大将旗に近づくと、華美な鎧を着て、馬に跨る男の姿が見えてきた。


「妾はエランシア帝国女男爵、マリーダ・フォン・エルウィンなのじゃ! そこの騎馬に乗った騎士に一騎打ちを所望するぅ!」


 妾を遮ろうとした護衛の騎士に向け、太ももから取り出した棒状の鉄の突起物を投げつける。


 棒状の突起物は護衛の騎士の首筋に突き立ち、勢いよく血を噴き上げて地面に倒れ込んだ。


「敵将襲撃! ブロリッシュ侯爵様を守れ! 近づけさせるな! 追い払え!」


 護衛の騎士たちの指示により、周囲の兵たちが武器を持って斬りかかってきた。


 さすが、大将の近くにいる兵は練度が高いのぅ。


 大将を守ろうとして、逃げずに妾に挑んでくる。


 ようやく感じ取れるようになった殺気に、身体が反応し、頬が紅潮するのを感じた。


「ヒャッハー! これこそ、いくさなのじゃ! さぁ、妾にかかってくるのじゃ! 止められなければ大将の首はなくなるのじゃ! そうなれば、このいくさはアレクサの負けじゃ!」


 こちらの言葉で、敵の放つ殺気が増し、肌がヒリつく。


「戦場はこうでなければならんのじゃ! さぁ、張り切って敵を斬るのじゃ!」


 大剣を握り直し、こちらに向かってきた敵兵を薙ぎ払う。


 一振りごとに数名の兵士が吹き飛び、臓物を巻き散らして地面を転がっていく。


 瞬く間に周囲には、嗅ぎ慣れた血と汚物の匂いが充満した。


「妾はいくさが大好きじゃぁあああ! もっと、斬らせるのじゃ!」


 妾が大将旗に近づくたびに、敵兵の叫び声とともに血の噴水が噴き上がり続ける。


「クッ! 早く止めよ! 私が討たれたらアレクサ王国軍が壊滅する!」


 ブロリッシュ侯爵と思われる馬上の騎士は、兵を指揮しつつ、脱出の機会を窺っている様子だった。


 大事な大事な大将首を、妾が逃がすわけがなかろう。


 近寄ってきた敵兵の身体を足場にして、空中に飛び上がると、一気にブロリッシュ侯爵の前に出る。


「逃さぬのじゃ! その首、もらったぁあああああ!」

「ひぃ! 早く追い払え! 私はここで死ぬ――」


 護衛兵が近付く前に、大剣を上段に振りかぶると、そのまま馬の頭を真っ二つに両断した。


 馬が斬られ、地面に投げ出されたブロリッシュ侯爵の首に大剣を突き付ける。


「動くな! 動けばブロリッシュ侯爵の首を斬るのじゃ!」


 一瞬の隙で総大将を人質に取られたアレクサ兵たちは動きを止めた。


 脱出路を固めたラトールまでは遠いか、叔父上の兵たちは炎に遮られて動きが見えぬ。


 それに何やら身体の調子があまりよくないようじゃ。ブロリッシュ侯爵を馬ごと斬るつもりが、狙いが逸れた。


 いくさの前は何ともなかったが、まさか食あたりかのぅ……。


 これは動けなくなる前に首を挙げて戻らねばならんのじゃ。


「た、助けてくれ! 身代金なら払う。頼む――」

「ブロリッシュ侯爵を殺されたくなくば、道を開けよ!」


 地面に転がっていたブロリッシュ侯爵を立たせ、首に大剣を突き付けたまま、敵兵の間に空いた道を進む。


「変な気を起こすと、そなたらの総大将の首がすぐに離れるのじゃ!」

「マリーダ殿の言うことを聞け! 動かずに見守るのだ。私の命がかかっておる!」


 人質のブロリッシュ侯爵も助かりたい一心で、兵たちに動かぬようにと指示を出した。


 このまま、ラトールの方へ向かい、合流すれば何とかなるのぅ。


 チラチラと周囲に視線を送りつつ、人質とともに敵兵の中から抜け出していく。


 背後に殺気を感じ、人質とともに振り向くと、ブロリッシュ侯爵の身体に矢が突き立った。


「うぐぅ」


 心臓に刺さってしもうたのぅ。味方に殺されるとはな。


 矢の当たり所が悪かったブロリッシュ侯爵は身体の力が抜け、絶命した。


「自らの軍の総大将を殺す兵がおるとはな。まことに残念じゃ」


 用なしになったブロリッシュ侯爵の首だけ切り離して抱えると、身体を放り出し、動揺する敵兵たちの中を駆け出した。


「お、追え! ブロリッシュ侯爵の首を獲り返すのだ!」


 我に返った護衛の騎士が、兵たちに追撃の指示を出した。


 簡単には逃がしてもらえぬか。身体の動きが急に悪くなってきておるし、早く戻らねば。


 追いすがる敵兵に向け、棒状の突起物を投擲し、追撃を鈍らせる。


 走るたびに身体の動きが悪くなり、吐き気までこみ上げるようになってきた。


 今まで感じたことがないほどの体調の悪さじゃ。妾は何か悪い病気にかかったのか……。


 ふらつく身体と歪む視界に戦場で初めて焦りを感じ始めた。


 もう少しでラトールと合流できる。そこまで行けば――。


 エルウィン家の旗はどこじゃ!


 追撃を撃退しながら駆け続ける中で、視界にエルウィン家の旗が飛び込んでくる。


 旗が見え安堵からか、足がもつれて躓いた。


「脱出路を封じるのに専念しろと言われてたから、遠くから手出しせずに見てたけど、マリーダ姉さんにしては動きが悪すぎだろ!」


 ラトールが敵兵を蹴散らしながら、駆け寄ってくるのが見える。


 すでに身体は鉛のように重く立っているのがやっとであった。


「久しぶりの本格的ないくさではしゃぎすぎたようじゃ! ちと、疲れたのであとはラトールに譲ってやろう」

「マジかよ! マリーダ姉さんが戦場で戦わないのか⁉ 本当にオレがやっていいのかよ!」


 敵兵を蹴散らしエルウィン家が制圧している場所に入ると、体力の限界を感じ、地面に座り込んだ。


「妾は大将首を挙げたからのぅ!」


 大事に抱えてきたブロリッシュ侯爵の首をラトールに見せ、体調不良の件を追及されないようにした。


「くぅうう! 総大将の首かよっ! オレも突っ込めてたら挙げられたのになっ!」

「ラトールが兵たちに脱出路を押さえさせたから、首を挙げられたことは認めてやるのじゃ。なので、これよりは妾が兵たちの指揮を執る。ラトールは戦場で首を挙げてまいれ!」

「マジでいいの! マリーダ姉さんの指示だから、やっていいんだよな?」

「よい、許す」

「おっしゃああああっ! じゃあ、ちょっと首を狩ってくるわ! 指揮は頼む!」


 戦斧を両手に持ったラトールが、脱出路を求め彷徨う敵兵たちの群れに突っ込んでいった。


 ふぅ、体調不良の件は悟られずにすんだのぅ。下手にアルベルトに報告されては、いくさに出させてもらえなくなってしまう。


「そこの者、肩を貸せ」


 近くにいた兵に声をかけ、肩を借りると立ち上がり、兵の指揮をするため視界の利く場所に移動した。

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