第十章04 残党も美味しく料理します


「ぐふふ、うまそうなご馳走が歩いておるのぅ。たらふく食ってもよいのか?」

「ええ、構いませんよ。徹底的にやっておいてください。ティアナのアレクサ王国軍がいなくなれば、周辺の領主はエランシア帝国にちょっかいを出さなくなるはずですので」


 俺たちはグライゼを討ち、そのまま移動を続け、スラト領に潜伏しているエルウィン家の軍に合流を果たした。


 今はアレクサ王国軍が、街道上をスラト領へ向け、進軍するのを見下ろせる山の上に潜んでいる。


 敵軍は、ワリドが放った偽の使者により、スラト領にアルコー家の兵がおらず、エルウィン家の兵もグライゼ討伐で動けないと思って進軍している。


 そのため、峡谷を通過する隘路であるのに、周囲に斥候を出して警戒するそぶりすら見せていなかった。


「はぁ、はぁはぁ、アルベルト、もうやっていいか? あんまり待つと、あの馬鹿親父が先走るって」


 特別反省室の後遺症が抜けたラトールが、眼下の敵を襲いたくて目を血走らせている。


「ラトールの言う通りじゃ、反対側の山麓に陣取る叔父上が、あのようにうまそうな相手を見て、ワリドの制止を押し切るのが目に浮かぶのじゃ」

「はいはい、分かりましたよ。では、作戦第一段階開始!」

「よし! 岩を落とすのじゃ! 敵を分断せよ!」


 戦場でもよく通るマリーダの号令で、力自慢の鬼人族が崖の上から隘路を進むアレクサ王国軍へ向けて岩を押し出す。


 派手な音を出して崖を転がり落ちていく岩は、隘路を進んでいたアレクサ王国軍を5つに分断することに成功した。


「て、敵襲! 敵が潜んでいるぞ! 警戒しろ! 隊列を整えろ!」

「こっちは岩に塞がれて下がれません!」

「こちらは前が塞がれていますっ! どこへ行けば!」


 スラト領へ入る街道でも一番の隘路で、岩によって塞がれたことでアレクサ王国軍は身動きが取れなくなっている。


「リュミナス、ワリドへ鏡通信を頼む」

「はい、すぐに送ります」


 リュミナスが、反対側の山に陣取るブレストたちへ作戦の開始を告げるため、日光を鏡で反射して潜伏地点に合図を送った。


 すぐにブレストたちが配置に付くと、燃える水とされる石油が入った壷がアレクサ王国軍へいくつも投げ入れられ、同時に火矢が降り注ぐ。


「火だ! 燃えてるぞ! このままだと火に巻かれる!」

「どこもかしこも燃えてる! どこに逃げるんだよっ!」

「撤退しろ! 撤退!」

「馬鹿、下がるな! 進め! 前進するしか道はないぞ!」


 岩と火で道を塞がれ、前進も後退もできないアレクサ王国軍が眼下で右往左往しているのが見えた。


「よく燃えておるのじゃ! 山の民たちが使っておった、あの黒い水は使えるのぅ」


 勢いよく燃える黒い水は、山の民たちが、自然に湧き出している場所を見つけ、明かりや燃料として使っているものだ。


 サイドビジネスを考えてる時に、ワリドが持ち込んだ燃える水の存在を知り、今回の火計に利用させてもらった。


「アルベルト、マリーダ姉さん! オレらは最後尾の敵を狩っていいんだよな!」


 計略の成功を見たラトールが、唯一逃げ道がある最後尾の敵を指差して、出陣を促してくる。


「ああ、やってよし。マリーダ様もやれるだけやってきていいですよ」

「よっしゃああああああっ! 行くぞ、お前ら!」

「ラトール、皆の者、敵の首は早い者勝ちなのじゃ! お先にー」

「マリーダ姉さん、ズルいぞ! 遅れるなっ! 全部持って行かれるぞ!」

「「「おぉ!」」」


 鬼人族の兵を率いたラトールが、マリーダに続いて崖を駆け下っていく。


「私たちはこの場から狙撃だ。全員弓を持って射ちまくれ」


 護衛として従えているリュミナスと、ゴシュート族の者たちが、弓を構えて火に巻かれまいと逃げ惑うアレクサ兵へ矢の雨を降らした。


 俺自身も弓を手に取り、矢をつがえると、敵兵へ向け矢を放つ。


 火矢を放ち終えたブレストたちは、マリーダたちとは逆の先頭を進んでいた部隊へ攻撃を開始したようだ。


 火に巻かれ焼き尽くされていく兵の断末魔の叫びと、鬼人族の武器によって切り裂かれた兵たちから放たれる悪臭が峡谷の中を埋め尽くしていく。


「このいくさで、エルウィンの鬼の怖さを、アレクサ王国は再認識するだろうな」

「はい、少なくともザーツバルム地方の領主たちは、この結果を知り、エルウィン家の力に恐怖するかと思います」

「反オルグスの機運を高めるよう、今回の敗戦も彼のせいだと噂を流さないとね」

「はい、マルジェ商会のアレクサ班が、すでにリシェールさんからの指示で動いております」


 さすがリシェールというところだ。アレクサ王国を2つに割って弱めたい、俺の意図を察してくれている。


「そうか、そうか。それはいいことだ」


 リュミナスの報告を聞きながら、俺は矢を射るのをやめ、鬼人族に攻め立てられるアレクサ王国軍に視線を向けた。

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