第一六二話 不安材料には、対処しておかないと。

「アルベルト殿、お久しぶりです」


 大広間に入った俺を見つけたデニスが、すぐに声をかけてきた。


 自らが欲望を達成するため、父親と従弟を追い出し、大公家を継いだことで多少は坊ちゃんぽさが抜け感じする。


 とはいえ、まだまだ隙が多い。


 いくさも拙いものだとノット家の重臣から聞かされているため、遠征では足を引っ張られないようしっかりと教育しないといけないようだ。


「デニス殿も大公家当主らしい威厳を身に着けられた。それで、オリアーヌ殿は息災ですかな?」


「ええ、彼女は私によく仕えてくれます。大公家当主としてうまくやれているのも彼女のおかげですよ」


 相変わらずあの女詐欺師にデレデレだな。


 まぁ、あっちも自分を大出世させてくれた旦那だし、大事にしてくれてるってわけだ。


 女詐欺師から、一躍大公家夫人だしな。


「なら、よかった。ファルブラウ家に嫁に行かれたオリアーヌ殿のことをノット家の方も気にしておられたし、我がエルウィン家もノット家とは浅からぬ縁がある家ですので、二人が仲睦まじいと聞き安堵しております」


「それもこれも全てアルベルトの殿の知略のおかげ。これからも頼りにしておりますよ」


 そういう人頼みなところがお坊ちゃんなわけだが。


 大事な魔王派閥に与する大公家の当主様なので、アフターフォローもしっかりとしないといけない。


「任せてください。こたびの遠征は私が全て絵図を描きますので、デニス殿は当主としてファルブラウ家の兵をしっかりと指揮してもらうことに専念して頂ければ大丈夫です」


 ファルブラウ家は、内陸部の領地でいくさをあまり経験してなかったため、兵の練度が低い。


 見た目いかついリザードマンなんだけど、実際はいくさを嫌う柔弱な者が多い。


 侵攻作戦では、大軍で後方の輸送業務と治安維持業務を任せておくつもりだが、不安要素が一番でかい軍である。


 アシュレイ城の守備を任せるリゼたちに、デニスのフォローしてもらうつもりだ。


「いくさは不得手ですので、頼りにしております」


 従弟のフロリングと比べると、本当にお坊ちゃんだよな。


 できればうちの客人になってるフロリングに指揮を執らせたいが、それをするとまた面倒なことになる。


 まぁ、いくさに参陣したという実績だけでお茶を濁させてもらうとしよう。


 魔王陛下からも最前線にまで出せとは言われてないしね。


 俺は大広間の床に鬼人族謹製の詳細地図を広げると、デニスに侵攻作戦の概要を語り始めた。


「来るべく遠征時には、デニス殿にはスラト城に集結してもらい、我らエルウィン家の後方を守って頂きたい。敵軍を撃破したらスラト城からヒックス城に進んでもらい、ティアナから合流するゴラン殿と我らが拡げた占領地の治安維持と物資輸送を担ってもらおうと思っています。最終攻略目標ルチューンですが、ファルブラウ家の軍勢が最前線になることはないはずです。アシュレイ城を守るリゼ・フォン・アルコーたちと緊密に連絡を取り合い、問題発生時はすぐに私に連絡を取れるよう何人かうちの密偵を傍に付けておきます」


 地図を指し示しながら、いくさの進行度に応じてデニスのやるべきことを細かく指示していく。


 まぁ、子供でもやれそうなお仕事だが、油断と慢心が戦線を崩壊させる可能性を生むので細心の注意を払っておいた。


「なるほど、よく分かりました。治安維持と物資輸送なら、私でも問題なく務められそうだ」


 デニスの顔に安堵の色が浮かぶ。


 魔王陛下から参陣しろと言われて、デニスも最前線で戦わされると思っていたらしい。


 君んちの兵の練度じゃ、マジ無理。


 うちの脳筋が練度の低さにブチ切れて、同士討ち始めかねないしね。


 ゴランのところは歴戦の兵たちがついて来るから、脳筋どもが襲うことはないはず。


「侵攻時期は藍玉月(三月)から金剛石月(四月)にかけて。事前に軍事演習という名目でファルブラウ家の兵を動員しておいてください」


「分かりました。今月の終わりには軍事演習として家臣の動員をかけます」


 今の練度だと、動員からスラト城来援までに1カ月半くらいは要しそうだ。


 彼らが来援してから作戦発動とさせてもらおう。


 それまでに、アレクサ、南部諸部族、ロアレス帝国の謀略の方も終わらせておかなとな。


 それから、プライベート居室へ招いたデニスとしこたま酒を飲み明かし、翌日には山の民特製の栄養剤を持たせて帰ってもらうことにした。


 さぁ、これからはいくさの時間に入りますよ。

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