第一五二話 近隣の港も繁盛しすぎている件

 帝国歴二六六年 カンラン石月(八月)


 イレーナが臨月となり、出産予定日が近づきつつあるため城に詰めていたかったが、残念ながら本日はアシュレイ領の貿易港に視察に来ている。


 元は船着き場程度の場所だったが、今ではヴェーザー河から支流を遡上した無数の河船がここで荷を積み下ろすため、係留地に帆を並べていた。


「ラルブデリンから伐採して持ち込んだスギやヒノキの木材はこちらの倉庫に集めております。外殻部材のケヤキやカシは南部にもたくさんあるのですが、船内部材に使う木材はなかなか入手しにくかったので、ヴァンドラ商人がよろこんでおります」


 港の代官が指差す先の倉庫には、高く積み上げられた木材が並んでいる。


 ラルブデリンから輸送する手間はかかるものの、それを補って余りあるくらい高価な値で取引されるため、伐採を進めさせている。


 木材需要の増大のおかげで、周辺地域から募集した木こりたちが大挙して集まり、民間向けの温浴施設や宿も盛況だとフォローグ君から報告が来ていた。


 向こうだと薪にするくらいしか使い道がなかったが、場所が変われば商品価値が全く違う物に変化するという良い事例になる。


 それに、軍馬・競走馬選別からもれた馬を資材運搬用に販売できるため、ビックファーム領の売上も底上げされていた。


 エルウィン家の大型投資案件である水軍建設費は、領内の産業にいろんな恩恵を与え、領民たちの懐を温めて、納税として還付されてくることになると思われる。


「ふむ、木材輸出は主要な産業になると思うので、整備を続けるように」


「承知しております。それと、小型造船所ですが造船所はすでに稼働状態に入り、月に五隻ほどの一〇人乗りの河船は製造できる予定となっております。修理等の予定がなければという話ですが」


 交易用の物資を収めた倉庫群の隣の水辺に、木造船を作るために整備された船台が並んでいた。


 もちろん船の修理もできるようにしてある。


 港の利用者が増えるにつれ、船の修理場が欲しいとの要望が来ていたため、修理場を兼ねた造船所を作ることにしたのだ。


 修理依頼がない時は、交易用の河船を製造するつもりだ。


 水軍を構成する大型船はメトロワを寄港地として整備しているため、この港の造船所は河川用に特化させるつもりである。


「修理の予定はどうなっている?」


「すでに修理枠として募集した月一〇隻の枠が満杯です。交易量がこの数年で増大し、河船も数が増え、ヴァンドラの造船所も満杯ですし、船台増設も検討した方が……」


 五隻分では足りないか……。


 増設したくはあるが、船大工も足りておらぬし……。


 未来を見据えて船大工養成学校を作った方がいいかもしれない。


 どうせ、水軍の艦船修理にも船大工はいるし、早めに動いて人員確保した方がいいはずだ。


 ただ、採掘や農業から人手を取るわけにもいかないし、いくさ道具の制作技術という触れ込みで修行させる若い鬼人族をいくらか調達できると思うが、絶対数が足りない。


 また人集めしないといけないなぁ。


「承知した。来年度予算で船台増設と船大工養成機関の設置費用を付ける。それまでは、現状の船台数で最速の修理をできるよう工程を組むように」


「はっ! 承知しました。何とかしてみます。それと、最近シュルオーブ船籍の船の港への流入が増えております。通常の交易をしておりますが、どうも人員はロアレス帝国の者が多数紛れ込んでいるようです。ワリド殿にはご報告を上げておりますが……」


「それはワリドから聞いている。人員がロアレス帝国であろうと、シュルオーブ船籍であれば、こちらに敵意を見せない限り攻撃するわけにはいかん。こちらもヴァンドラ船籍で相手の港で同じことしているわけだし、警戒はする必要はあるが、手を出すわけにいかない。ただ、怪しい動きを見せれば、すぐに諜報の者に報告してくれ」


「はっ! 承知しました。引き続き動向を注視します」


 ぶっちゃけ、ロアレス帝国の最大の仮想敵は、エランシア帝国になってると思われるし、情報収集に余念なしってところかな。


 南部の寄港地も作ってきたし、戦端が開かれる日もそう遠くないのかもしれない。


 いくさの匂いがし始めると、大会戦ならぬ、大海戦するのじゃってうちの嫁が言い出しそうで怖い。


 まだ、今年就航予定の六隻は引き渡されてないから、エルウィン水軍は島亀型いくさ船しかないのだ。


 できれば海戦は避けたいところ。


 やるにしても陸戦。


 しかも相手が一番苦手そうな山岳地帯でのゲリラ作戦がベター案だと思う。


 山の民の援助を受けたゲリラ戦で、山岳地帯を侵攻するロアレス帝国軍を痛めつけ、撤退させるのが一番犠牲も少なく、経済的打撃も少ない案。


 いくさをして勝っても、多大な犠牲が出ては意味はない。


 犠牲少なく、武功は多くがエルウィン家の目指すべきいくさの形。


 やっぱり隙の少ないロアレス帝国とのいくさはしたくねぇ……。


 反ロアレス帝国勢力の核になりそうなのを見つけないとな。


 急成長した国家だし、レジスタンス組織とかは存在してそうな気はする。


 ゆっくりと内政に専念させて欲しいところだけど、周囲に聞き耳立てておかないと、気付いた時には手遅れでしたってなりかねない世界なんだよな。


 その後、港の視察を終え、アシュレイ城に帰還すると、イレーナが予定日より早く産気づいたと報告を受けた。

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