第一四二話 重大事案発生!
帝国歴二六五年 黄玉月(一一月)
「まさか、この時期を狙って出兵するなんてね。完全に予想外だったよ。寝たふりをしてたってわけか」
「こちらが警戒度を下げた途端の極秘出兵でしたからなぁ。スヴァータも裏をかかれたようです」
目の前の報告書には、ロアレス帝国の黒虎将軍が、うちとのいくさで大打撃を受けたフェルクトール王国の沿岸都市を電撃的に落としたとの内容が記載されている。
皇帝派との悶着で領地に籠っていたのは、漁夫の利狙いだったのかもしれんな。
あの夫人ならやりかねん。
旦那の出身国でもあるし、電撃戦を手引きした者もいるだろうし。
俺と同じく自家繁栄だけを考えて、行動してるんだろうしね。
「陥落させた都市はフェルクトール王国から独立させ、親ロアレス帝国の傀儡国家となってますなぁ。でも、まぁ親ロアレスというか、黒虎将軍をフェルクトール国王へ奉戴する組織って見立てもできますが」
「追放されたとはいえ、元王族だし、うちとのいくさで大敗したフェルクトール王国民も黒虎将軍の武功は知ってるし、支持する者もいるだろうな」
「ですなぁ。うまい策だと思います。勢力が伸びれば、取り込めばいいし、フェルクトール王国によって征伐されれば、自分の手を下さずに国力を下げられますしな」
黒虎将軍夫人は、俺と同じ転生者の匂いがするんで油断はできない。
積極的に敵に回したくないが、うちにちょっかいだしてくるなら受けて立たねばなるまい。
今のところは直接的な敵対行動は見せてないが……。
「スヴァータには、引き続き警戒度を高めておくようにと伝えてくれ」
「承知した」
ワリドが連絡のため執務室から姿を消すと、眉間の皺が深いイーレナが入れ替わるように入ってくる。
あれ? 仕事は順調に進んで年末の決算も今年はわりと楽に越せそうな目処が立ってるはずだが。
なんでイレーナの眉間に皺が……。
「アルベルト様、大変な事態が発生いたしました。予想外のことですので、まずはアルベルト様のお耳に先に入れようと思います」
俺の秘書役としてだけでなく、近頃はエルウィン家の内政団の筆頭担当官として色々と切り盛りしているイレーナが大変な事態って言うことは相当な問題のはずだ。
仕事をしている時に、そんな重大事が発生していたなんて気づかなかったが、突発で起きた事態なんだろうか。
誰かが使い込みをしていたとか、租税の徴収作業でちょろまかしがされたのか、それとも文官の誰かが事件を起こしたのか。
イレーナの眉間の皺の深さを見て、俺の心臓がドキドキと鼓動を早める。
「う、うむ、報告してくれ」
イレーナは俺の手を取ると、ジッとこちらを見つめる。
スーパー有能な金髪美人秘書として、俺の政務を助けてくれる才女であるし、色々と仕事の息抜きにもお付き合いしてくれる大事なパートナーだ。
「実は、来ないんです……」
「へ? 何が?」
「月のものが来ないんです。三か月ほど遅れたことはなかったんですが」
イレーナの眉間の皺が緩むと同時に赤らんだ。
来ないって、月のものが……って、ことは――。
「それって、つまり――」
「懐妊したかもしれません。まだ、確定ではありませんが」
俺は嬉しくなって、席を立ちあがるとイレーナをギュッと抱き締めた。
「よくやった! きっと、懐妊してるはずだ! 私の子をよく身籠ってくれた!」
「あ、ありがとうございます。もしかしたら、年齢的にもう無理かと思っておりましたが、ついにやりました」
イレーナが子作りを焦っていたことは知っている。
父のラインベールから俺の子を生むように、けっこうなプレッシャーもかけられていたと聞いていた。
男女どちらでもいいので、元気な子を生んでもらいたい。
「イレーナ、子ができたそうじゃな!」
今日の執務終えて鍛錬に出ていたマリーダが、さきほどの話を聞いたようでニヤニヤとした顔をしてこちらを見ている。
「はい、アルベルト様の子を懐妊したと思われます」
「な・ら・ば・祝いをせねばなるまい! 皆の者、酒樽を持て! 筆頭内政官イレーナの懐妊祝いじゃ! 酒じゃ! 酒を持て!」
戦場でもよく通るマリーダの大声で、すぐさま酒樽を持った鬼人族がワラワラと姿を現した。
また、祝い事を出汁にして、バカ騒ぎしようとしてるな。
だが、今回は騒ぐのもありかもしれない。
なにせ、新たな子ができたからな。
「マリーダ様! イレーナ懐妊祝いの会場は中庭にしますぞ! 城内の者、皆を集めろ! 文官たちも参加するように! 今日の仕事は終わりだ!」
「おっ! 分かっておるのぅ! よしよし、アルベルトの許可を取ったのじゃ! 今日は騒ぐのじゃ! すぐに酒宴の支度をいたせ!」
「「「ウェーイ」」」
鬼人族は、いくさの準備の次に酒宴の準備が早い種族である。
即座に酒宴の開催は城内の鬼人族たちに伝達され、あっという間に中庭に特設会場が設置された。
「父上、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
アレウスやユーリもイレーナ懐妊の話を聞いて、祝いの言葉をかけてくれた。
「ふむ、イレーナの子はまだどちらか分からぬが、お前たちの兄妹になる。生まれてからもお世話を頼むぞ」
「「しょうち! イレーナ殿の子は我ら兄弟がアレスティナともどもお守りします」」
「よい、返事だ。さっそくだが、あそこのセクハラモンスターの討伐を頼む」
俺は我が家のセクハラハンターに対し、獲物を指差す。
「イレーナたん、妾が子供ためのおっぱいを味見するのじゃ。リゼたんの時も、リュミナスの時も妾が味見をしておるからな。ほれ、恥ずかしがらんでもよいのじゃぞ」
「マリーダ様、このような席上では困ります。あとで寝室にまいりますので――」
さっそくおっぱいの味見をしようと、狙っている輩には鉄槌を下すべし。
ハンターの二人は獲物を見つけると無言で頷く。
そして、そのままマリーダのもとへ駆け出した。
「母上! セクハラ現場を押さえましたぞ! ユーリ、現状確認せよ!」
「しょうち、ははうえは、イレーナ殿へきょうぶを出すよう無理強いをしております。当主としての権威をかさに着たこういかとしあんいたす!」
「っ! 逃げるが勝ちじゃ!」
ハンターに捕捉されたマリーダは、即座に危機を察知したらしくイレーナから飛び退き、酒宴に集まった鬼人族の中へ消えていった。
「「待て! 母上、しんみょうにお縄につくのです!」」
アレウスとユーリは、酒宴の会場の中に姿を消したマリーダを追っていった。
うちの風紀委員は優秀だな。
将来が楽しみだ。
「マリーダ様をあまり苛めない方がいいのではありませんか?」
隣に来たイレーナが、嫁に息子二人をけしかけた俺へやんわりと忠告する。
「マリーダ様は自由奔放すぎるので、あれくらいでちょうどいい。それよりか、子に含ませる乳の味見は私もさせてもらうとしよう。父親としては確認しておきたい」
「ふふ、承知しました。出るようになったら、ご報告しますので味見をお願いします」
よし、これで同意は得ているので、うちのセクハラハンターに狩られることはないはずだ。
ちゃんと同意はとらないとね。
ああ、そうだ! お休みを取るとなると、体制を整えないといけないな。
本人の意向を聞いとかないと。
「産休はどうする? イレーナの代わりはいないので、体調が許せばなるべく手伝って欲しいが」
「リュミナスさんも臨月近くまで働いてましたので、わたくしもそのつもりです。そこから、半年ほどはお休みをもらわねばとは思いますが、内政団はわたくしがいなくても機能するようそれまでに調整しておきます。産休を境にわたくしはアルベルト様専属秘書官になり、ミレビス殿を後任の筆頭内政官に指名しようかと。もちろん、父にもしっかりと働いてもらうつもりですが」
さすが、イレーナ。
自分が抜けた後のことをすでに考えて、準備を始める予定をしてたか。
ミレビスも嫁との間に子が生まれたと聞いたし、出世させればやる気をみなぎらせてくれるはず。
それにモラニー市で拾ってきた気骨のある若い市議会議員の人。
えっと、ヘクスだったけ。
処刑場で首を落とそうとしてた鬼人族の男が、勇気に惚れ込んで独身の彼に娘を与えいつの間に血族入りしてた。
今は交易関係の折衝役としてアシュレイ領の港に常駐し、交易上のトラブル解消役を担ってるらしい。
文官たちからの評価は高く、有能らしいので、もう少し交易の経験積ませたら出世させてもいいかもしれんな。
ジームスが裏切ったら、モラニー市の議長兼エルウィン家代官として送り込む予定の人物だし、早々に出世させて恩を売りまくっておくか。
「承知した。体調にはくれぐれも気を付けるようにね。職務多忙の場合は、私が代行する」
「はい、承知しております。大事なアルベルト様のお子ですので無理はいたしません」
愛おしそうにお腹に手を置いたイレーナへ、俺の一緒に手を添える。
この子らが貧乏暮らししないで済むよう。もっと、頑張らないとな。
それから、鬼人族有志による例の寿ぎの舞踏という名のマッスルダンスをさかなに、皆で朝方までバカ騒ぎをすることにした。
たまにはこんなことがあってもいいと思う。
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