第九十六話 第二次ゴンドトルーネ会戦

 侵攻四〇日目。


 避難民と捕虜をテルイエ領に移送するミッションは数日前に完了。


 撤退中の敵軍、隘路を大軍で進むのを諦め、軍を二つに分けたようで、片方が当方の防衛するグカラの街に殺到中。


 その数一万。


 ただいま、応戦中。


「何としてもグカラの街を落とせ! あそこさえ落とせば、国に無事帰れるぞ! 攻めろ! 攻め立――」


「指揮官殿が射られたぞ! 誰か指揮を!」


「おぉ! では、わしが――」


「またっ!?」


 馬上の敵指揮官が、うちの脳筋たちの大弓による狙撃で、次々に脳天を射抜かれて地面に倒れていく。


 二〇〇〇メートル級の狙撃をこなす変態どもにとって、彼我の距離二〇〇メートルは児戯にも等しいらしい。


「はぁー、防衛戦はつまらぬのじゃー。打って出たいのー」


「マリーダの言う通り、弓射ちだけでは腕が鈍ってしまうのー」


「オレもいい加減弓を引くのに飽きたー」


「弓は苦手だ」


「一方的な攻撃は、剣士の美学に反するのだが」


 当主&脳筋四天王たちが速攻で防衛戦に飽き始めている。


 これだから脳筋たちは……。少しはミラー君とアレックス君たちを見習いたまえ。


 押し寄せる敵に弓矢を黙々と浴びせる農兵部隊を指揮している二人には、城壁に据え付けられていた投擲台の指揮も任せている。


「投擲台準備ヨシ! 手榴弾、装填! 点火! 放て!」


 城壁に据えられた木製の投擲台から、点火された手榴弾が投射された。


 放物線を描き飛んだ手榴弾は、攻め寄せる敵軍の頭上で爆発し、陶器の破片や錆びた釘が一気に降り注ぐ。


 馬や金属製の鎧を付けていない農兵たちが、爆発ごとに地面に倒れ、助けを求める声がそこかしこで上がっている。


 敵もまさか自分たちの兵器で攻撃されるなんて、思ってなかっただろうに。


 手榴弾への自衛手段も持ってなさそうだし、本当に一方的な殲滅戦になりそうな予感。


「投擲台準備ヨシ! 次弾装填! 点火! 放て!」


 投擲台が唸ると、新たな手榴弾が敵軍の頭上に降り注いだ。


 爆発するごとに悲鳴と怒号が敵軍に沸き起こる。


 十数度に渡る手榴弾の投射で、傷を負った敵軍の馬や農兵が地面に溢れていた。


「アルベルト、敵が怯んでおるのじゃ! 妾たちを出撃させろなのじゃ!」


 さすが戦闘狂。敵の怯んだ匂いには敏感に反応する。


 あまり城に近づかれるのも、守りにくいし、脳筋どもの獰猛さを見せつけた方が敵の戦意を砕くことになるか。


「よろしい、適度に敵を蹴散らす許可を与えます。引き太鼓を聞いたら帰還するように。指示に反したら――」


「分かったのじゃー。行ってくる! カルアたん、行くのじゃ!」


「承知した!」


 マリーダは近くに立てかけてあった愛用の大剣を手に取ると、カルアとともに城壁からそのまま飛び降りる。


 高さ五メートルくらいはあるんだが、脳筋にとっては階段を降りるより、飛び降りた方が早いらしい。


「うぉおおおっ! マリーダ! 待て! ワシも行くぞ!」


「親父はそこで弓でも射てろ! オレが行く!」


「アルベルト殿、俺も行ってくる。槌を振ってないとやはり腕が鈍るからな」


「はいはい、行ってらっしゃい。くれぐれも引き太鼓の合図だけは聞き逃さないでくださいね」


 それぞれが、得物を持つと解き放たれた猟犬のごとく、敵軍に向かって駆けていった。


 それを見た鬼人族の戦士たちも城壁を飛び降りて、敵陣に向かって吶喊をしていく。


 うちの一族に城門を開けるという現代人は存在しないらしい。


「ミラー君、アレックス君に伝令。しばらく、手榴弾の投擲見合わせ。近寄る敵だけ弓矢で応射!」


「はっ!」


 近くにいた伝令の兵が、ミラー君とアレックス君に向かって走り出す。


 あの二人なら当主が駆け出したのを見つけた時点で、投射を見合わせると思うが、事故が起きないよう伝令は出しておいた。


「な、なんだ! 城壁から飛び降りてきたぞ――」


「赤い鎧! こいつらがエルウィンの鬼どもか! 怯むな――」


「ば、化け物だ! ばけ――」


 敵兵は赤い波に攫われると、首だけが消え失せた胴体になり、地面に倒れ伏していく。


 吶喊した脳筋どもは、手榴弾で怯んだ敵軍を蹂躙していた。


 これまでの侵攻戦といい、この籠城戦といい、ゴンドトルーネ連合機構国の兵も民もエルウィンの戦士たちの赤い軍装がトラウマになってるだろうな。


 見るだけで戦意を消失してくれるようになると、いくさを起こさずに済むんで、今回も徹底的にうちに敵対するとどうなるかだけは教え込んでおこう。


「弱い! 弱いのじゃ! 骨のある勇者がおらぬ! ゴンドトルーネ連合機構国の兵はなよなよしておるのじゃ!」


「腕の落ちる者たちをいくら斬っても、腕が上がらぬけれども、敵ゆえに斬らざるを得ないのが辛い。弱い者いじめは私の性分ではないのだがな」


「紅槍鬼ブレスト・フォン・エルウィンに挑む者はおらぬようだな! では、こちらからまいる!」


「親父! 邪魔! ラトール・フォン・エルウィン様のお通りだぁ! どけどけぇ!  邪魔すっと首と胴が離れるぞ!」


「ここでグッと力を入れる方が、敵が吹っ飛ぶな。もう少し重い槌にしてもいいかもしれん。そこの兵、悪いが練習台になってくれ」


 脳筋たちが無人の野を行くが如く、敵陣の中を駆け巡り、速やかに首と胴を分断していく姿を見ていると、屠殺される家畜の群れに見えて哀れさを多少感じる。


 そろそろ、敵がショックから立ち直りかけてるから、引く頃合いかな。


「街道奥より、新たな軍勢!」


 物見をさせている鳥人族からの報告に緊張が走る。


 分けた軍のもう片方もこっちに来たのか? それだと、少し困ることになるが。


 さすがに隘路にある城とはいえ、二万近い軍を足止めするのは、うちでもしんどい。


「軍勢の旗は――ノット家です! 新たな軍勢はノット家の兵です! 敵後方に襲いかかり始めました! 敵軍混乱拡大中!」


 ショタボーイキターーーー! ナイスタイミングだったな!


 敵も追いつかれたと知って、浮足立っているようだ!


「攻め太鼓を打て! ミラー君、アレックス君はノット家の軍に追い立てられ城に近づく兵を攻撃せよと伝令」


 新たな伝令兵が駆け去っていく。


 敵は後ろにノット家軍を抱え、前は脳筋と堅城で抜けない。


 そんな軍が、どうなるかってーと。


「追い立てられた敵の一部が、損害無視で城の脇を抜けて突破しようとしております!」


 まぁ、そうなるよね。でも、残念、対策済みでした。


 城の脇には、防衛準備中に暇してた脳筋たちに掘らせた塹壕が隠してあり、先を尖らせた木の杭を立てた即席の落とし穴が準備してあるんだな。


 城壁からの弓矢に曝されながら逃げていた敵兵たちの姿が、スッと地面の下に消えていた。


「うぁああっ! 落とし穴だ! 止まれ! 押すな!」


「馬鹿野郎! 止まったら狙い撃ちだろうが! 早く行けよ!」


「押すな! やめろ!」


「矢が来るぞ! 早くしろ! ここで死にたいのか!」


 落とし穴の前で足を止めた敵兵は城壁から農兵が放った弓矢の餌食となって、次々に地面に倒れ伏していく。


 それからは組織的な撤退行動がとれなくなったゴンドトルーネ連合機構国の兵は、エランシア帝国軍の前に一方的な殲滅戦に曝されることになった。


 ステファンの守るツンザを攻めた軍も魔王陛下の親征軍と挟み撃ちにされ、終わってみれば、敵軍損害首級三〇〇、戦死七〇〇〇、重軽傷者八〇〇〇、捕虜四〇〇〇。


 二万二〇〇〇の敵侵攻軍のうち、自力で故郷の土地に帰り着いた者は一割ほどであった。


 こちらは全軍合わせても一五〇〇ほどの損害で、うちも農兵に五〇名ほどの死者が出たが、圧倒的大勝利をおさめた。


 東部奪還作戦の総仕上げとして行われたこのいくさは、後に『第二次ゴンドトルーネ会戦』と呼ばれ、『第一次ゴンドトルーネ会戦』とともにエランシア帝国の戦史上、燦然と輝く圧倒的な戦果を挙げたいくさとして記されることになった。

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