第七十八話 ゴラン王子、陥落セリ


 ゴラン王子、通称赤あざ王子。


 アレクサの民からそう呼ばれた男。


 顔の半分を覆う赤あざが人々に気味悪さを感じさせるため、民からも王からも嫌われていた。


 けど、人としてオルグスと比べた場合、圧倒的にゴランの方が能力も人格も高い。


 クズ王子であるオルグスに目を付けられて、冷や飯を食わされた貴族が彼のもとに自然と集まってグループを形成するに至っていた。


 赤あざと実家の弱さがなければ、嫡男オルグスを排して王位に就いててもおかしくない人物である。


「ゴラン殿下、久しぶりにお会いできて嬉しい限りでございます。ようこそ、エランシア帝国へ」


「ゴタゴタが起きたせいで、こちらが金銭的な支援ができなくなってから、近隣の領主たちとエランシア帝国に亡命したと聞いて心配しておったが息災のようだな」


 ゴランは、従妹のカランを大事にしてたと聞いてたからな。


 母親の実家の血縁者となると、現状ではカランしかいないから、彼にとって妹みたいな者なのかもしれない。


「はい、もとの領地は失いましたが、エルウィン家のマリーダ様より新たにこのヒックス領を頂き、寄騎としてお仕えしております」


「そうか、大事にされておるか?」


「はい! 寝所を共にするほどの厚遇を受けております」


 たしかに寝所を共にするほどの厚遇だな。


 女当主同士であれば、親愛の情を示しているように聞こえる。


 きっとゴランもそう思ってるだろうが。


 アレは性欲大魔神であって、厚遇の意味が違うんだよなぁ。


「そうか、冷遇されてなければよい。エランシア帝国に裏切った者たちの末路が悲惨であったと聞いてたからな」


 裏切った一七家で生き残ったのは、カランのガライヤ家だけだしね。


 他のところはザーツバルム地方のアレクサ側に残った家との戦争に動員され、一家断絶したところとか、生き残っても新領地として与えられた土地の民に反抗され殺されてるんだよな。


 そうなるようにしたのは俺だけどさ。


 でも、お家が劣勢だからって裏切ったやつが悪い。


「心配をしてくださり、ありがとうございます。わたくしもずっとゴラン殿下の身を案じており、こたびの亡命計画を受け入れて頂けてとても喜んでおります」


 カランの言葉を聞いたゴランは、ため息と共に左右に首を振った。


「こたびのエランシア帝国への亡命の件、腹心たちよりカランが主導したと聞いていたが、やたらと手筈が整いすぎて違和感しかなった。画策したのは隣にいる男であろう?」


 おや、俺が糸引いてるのを見抜いたか。


 俺は一切前面に出ず、腹心たちとのやり取りはカランを通して行わせてたんだがな。


 それに今の俺は、『金棒』アルベルトとして有名になった白い仮面と派手な赤い服を着ず、普通の服を着ていた。


「ゴラン殿下、そのようなことは――」


「カラン、そなたのことは幼少の時よりよく知っておる。こんな大掛かりなことを決断できるような者ではない。となれば、後ろで糸を引いた者がいるとしか考えられんだろう」


 おー、さすがに従妹の性格をしっかりと把握してたか。


 色々と苦労してきたから、ただの王子様ではないね。


「それに鬼人族は謀略を使わぬ。よって、そちらの若い鬼人族は謀略の首謀者ではないとなると、この場に参加している者で謀略を主導したのは、そこの若い男しか残らん。彼がアレクサ王国を混乱に導いた『金棒』アルベルトであろう? 違うか?」


 こっちの参加者を見て、素顔をさらしている俺がアルベルトだと見抜いたということか。


 優秀だねぇ。


 マリーダに会わずアレクサ王国に残って官僚になってたら、王の死後には確実に彼の陣営にいたな。


「さすが、ゴラン殿下。我が謀略を見抜かれてしまいましたな。ご指摘の通り、私が『金棒』アルベルトです」


「見抜いてなどおらん。実際、私はここに来ることしか選択肢がなかった。それがアルベルト殿の狙いだったのだろう?」


「左様です。本当なら、私の存在を知られずに進めようとも思ってましたが」


「腹心たちは与えられた餌に食いつき、私はアルベルト殿たちに命を握られた。断るには命を捨てねばならん」


 一瞬で自分の立場を理解したか。


 頭のいいやつとは仲良くしたい。


 話がすぐに通じるし、計算で動く。


 脳筋を御するよりも、楽できるからゴランとは末永く友好関係を築きたいところだ。


「でしたら話は早い。腹心の方々にはお伝えしておりますが、我々はこのヒックス城と裏切った一七家の領地を除いてザーツバルム地方をゴラン殿下へ返還し、農民反乱軍を殿下の兵として組み入れ、相互不可侵条約を結ぶという条件を提示させてもらっております」


「大盤振る舞いだな。エランシア帝国側に利があるのか?」


 ゴランは腹心たちと違って、与えられる餌の裏事情を探ってきてる。


 不遇な王子なので、美味しい餌に毒がないか疑う癖がついているのだろう。 


「大いにありますな。アレクサ王国との戦が収まれば、他方面に送る兵力に余裕ができます」


「私がザーツバルム地方を領有して独立勢力になったとして、オルグスと手を取りエランシア帝国を裏切るとは思わんのか?」


「ゴラン殿下の御気性を鑑みるに、オルグスとの和解はありえないと見ております」


 和解できるなら、もうすでにしてるだろうしね。


 この世界、王族の兄弟間の争いは、たいがいどっちかが死ぬまで収まらない。


 うちは兄弟同士で喧嘩するなと、アレクサたんとユーリたんにしっかりと教育しておかないとな。


「ただ、オルグスとの王位継承戦争に勝利し、アレクサ王国全土を統一した際はこちらも相応の用心をさせてもらいますが」


「エランシア帝国は、内乱で弱ったアレクサ王国ごと飲み込むつもりであろう」


「ご慧眼をお持ちのようで」


 有能臭のするゴランが王位に就き、アレクサ王国が内乱の傷を癒せば、エランシア帝国には脅威でしかないので、そうならないようすでに手を打ってある。


 打った手が上手く決まれば、ゴラン政権を傀儡化できるはずだ。


「とはいえ、オルグスが王ではエランシア帝国が侵攻する前に国が潰れる。ただ、エランシア帝国に組した私に手を貸す貴族は減るであろう。色々な面でエランシア帝国に頼ることとなり、私は傀儡化されるはずだ。裏切れば、私から潰される」


「ご理解が早く助かります」


「そして、この場で断れば死。数年のうちにアレクサ王国の名は歴史から消えるか……。そなたのような謀臣が私の家臣ならば、オルグスなど一捻りであっただろうな」


「お褒めに預かり恐悦至極」


「よかろう。アルベルト殿の策から逃れることはできぬ。このうえは、傀儡であろうが、私がアレクサ王国の名を残して見せようぞ」


 頭のいいやつは、本当に楽で助かる。


 自分で答えを導き出し、最良の返答を返してくれるからな。


 これが脳筋相手だと、『俺を倒したら言うことを聞いてやる』がデフォルト。


 うちには人類最強の脳筋がいるから苦労はしないけどもさ。


 さって、あとは魔王陛下からオッケーもらった件を承諾してもらうだけだな。


「ご英断に感謝いたします。魔王陛下もお喜びでしょう。両家の盟約の証として、亡命し身辺のお寂しい殿下にシュゲモリー家の血縁者である夢魔族の美姫リゼル様が輿入れされることの内諾を得ております」


 魔王陛下にゴランの嫁を見繕って頼んだら、超絶ヤバいのがきた。


 よりにもよって、男女ともに夜のご奉仕最強種族だけど、数の少ない夢魔族! それも綺麗どころですよ!


 色ごとにウブそうなゴランが、夢魔族の美姫に即昇天するのは間違いなし。

 

 いやー、マジで魔王陛下えげつないわー。


 でも、俺も一度くらいはお相手願いたい――。


 嘘です。嫁と愛人たちがいるんで大丈夫。間に合ってます。


 せっかく充実し始めたセカンドライフで、早死はご勘弁してもらいたい。


「魔王の血縁者が輿入れ? それはまことか?」


 ゴラン喜んでいいのか? 君は夢魔族のヤバさ知らないだろ?


 夜な夜な、色々とエロエロなことしちゃう種族だぞ。


 夜の性活を頑張りすぎて、早死にしかねない罠を張られたと気づけてないのか?


「魔王陛下はゴラン殿下を対等な同盟者として遇するとお考えですので。そして、我らは同胞の血を引く者は敵対しない限り攻撃いたしません」


「夢魔族の娘との間に子ができれば、敵対せぬ限り攻撃せぬと?」


 まぁ、その子が指導者となれば、完全な傀儡にできるからね。


 輿入れする夢魔族のリゼルにも、そうするように魔王陛下から指示が出されてるだろうし。


 アレクサ王家とエランシア帝国貴族の血を引いた者がザーツバルム地方を治めれば、南部の国境線は安定するはず。


「はい、魔王陛下はとても律儀な方なので、約束は違えません」


 下手に手を出す必要もないしね。


 あとはゴランの頑張り次第だし、ゴランが勝ちすぎるようなら色々と理由をつけて支援物資を絞って調整するくらいで、内乱は長期化するはず。


「よかろう、輿入れの件も進めてくれ。毒を食らわば皿までだ。エランシア帝国の力を使ってもオルグスを打倒する」


「承知しました。では、ゴラン殿下にはこのままティラナに入ってもらい、そこを策源地として反オルグス政権樹立を宣言してもらいたく。すでにかの地には装備を整えた元農民反乱軍の兵八〇〇名ほどがおります。皆、オルグスの無謀な侵攻の犠牲になった者たちで、殿下の決起を心待ちにしておりますぞ」


 ゴランは無言で立ち上がると、こちらに一礼し、腹心の貴族たちを連れ退室すると、一路ティラナに向かって駆け出していった。


 数日後、ティラナの地でゴランはオルグスの王位継承に異議を唱える宣言を行い、同時に自ら王位を称し『正統アレクサ王国』の樹立し、ザーツバルム地方や自らの派閥に属する貴族たちとともにアレクサ王国からの分離独立を果たした。


 こうして、アレクサ王国は『正統アレクサ王国』と『アレクサ王国』に分断され、長い内戦の時代に突入していくことになる。


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