第六十五話 単身赴任なんて聞いてない


 帝国歴二六二年 紫水晶月(二月)。


「カルアたんと鍛錬してくるぅー」


「はい、ダメー。印章押しの仕事はキチンとこなしてくださいね」


「だそうだ。マリーダ様、ルールを破るのはアルベルト様に迷惑がかかるので、お仕事を終わらせてくださいね」


「嫌じゃ! 嫌じゃ! 妾はカルアたんと鍛錬するのじゃー! 放せリシェール!」


 リシェールに引きずられるように執務室へ連れ戻されたマリーダは、俺に助けを求める視線を送った。


 答えはノーだ。


 当主のお仕事はしてもらわないと、こちらが色んな意味で困る。


「カルア、暇だったらミラー君の鍛錬に付き合ってやってくれ。くれぐれも鬼人族との鍛錬はしたらダメだぞ」


「承知した。鬼人族たちからの鍛錬の申し込みは断ろう。特にブレスト殿とラトール殿の二人」


 肩まである漆黒の黒髪と、切れ長の黒い瞳をしたクールな美女剣士であるカルアは、マリーダの私的な客将としてエルウィン家に逗留することになっていた。


 客将といっても実質は愛人であり、嫁の愛人=俺の愛人でもあった。


「ところで、この鎧を勤務中は常に付けねばならぬのか? たしかに動きやすいが少しばかり肌が見えすぎる気がするのだが? マリーダ様から下賜された品であるため着ないわけにはいかぬが」


 ヴァンドラで着てた重装鎧はマリーダが剥ぎ取った時に壊したからなぁ。


 代わりにマリーダと同じように露出度の高いビキニアーマーを着てもらっているが……。


 実にいいっ! 最高か! おっぱいバインバインで、おしりプリンプリンが常に楽しめる!


 カルアの腕前なら、下手な戦士じゃ傷一つ付けられないだろうし、俺の仕事欲増進政策の糧になってもらうんだ。


「あー、カルア。マリーダ様がせっかく似合うと下賜してくれた鎧だから、嫌だろうが着るしかないないぞ。竜人族は負けた相手に絶対服従なんだろ?」


 夜の寝物語でカルアから竜人族の掟を聞き出していた。


 孤高の戦闘種族である竜人族は、戦いを挑んで負けた相手に絶対に服従するように教育されているらしい。


 戦闘の強い者が指導者となり、一族を率いるため鬼人族と近い脳筋種族だそうだ。


 ただ、鬼人族以上の純血主義で外部との接触を拒み続け、時代とともに近親化が進み、数を減らして種族の維持ができなくなったそうだ。


 カルア自身も純血種の竜人ではなく、竜人と人族の混血であるらしく、竜化も限定的にしか使えないらしい。


 それでも、大陸最強クラスのブレスト相手に勝ったとかすごいけどね。


「マリーダ様より上位者たるアルベルト様がそう言われるなら我慢いたします」


 そのすごい竜人のカルアの思考回路はバリバリの体育会系で、自分を倒したマリーダを翻弄し、手懐けている俺が最上位者という認識をしてくれている。


 まぁ、アレだアレ。


 先輩の先輩が言うことは絶対的ってノリみたいなやつ。


 そんな感じで、カルアは俺の言葉に反抗する気は見せず、忠実に実行してくれる色んな意味で頼れる剣士だった。


 カルアがプリンプリンバインバインと尻と胸を揺らして俺の視線を独り占めして執務室から去ると、隣にいたイレーナが咳ばらいをしてきた。


「んんっ! アルベルト様、私やリュミナスちゃんもあの鎧を着て勤務いたしましょうか?」


 マジで! いいの!


 二人ともあんな鎧をきてたらソワソワして仕事が手につかないんだけど!


 イレーナとリュミナスがカルアの着ているビキニアーマーを装備した姿を想像したら、一気にヤル気が湧いてきた。


「よし、それは夜のお仕事の時にとっておこう! 今は昼のお仕事を全力で終わらせる!」


「え? ボクもですか!? は、恥ずかしい」


「リュミナスちゃん、私たちのお仕事はアルベルト様が気持ちよく政務に集中できる環境を構築することですよ。そのためなら、ビキニアーマーをの一つや二つは着なければなりません」


 さすがイレーナ。


 秘書の鏡とも言うべき模範的回答あざーすっ!


 さって、ヤル気も漲ったし、お仕事するべ!


「アルベルト様! アルベルト様に面会がしたいと使者が来ております!」


 政務をしようと勢い込んだ俺のもとに駆け込んできたのは、ツルテカ君こと帳簿の魔術師ミレビスだった。


 俺が戦争遂行できるのは、数字を管理してくれてるミレビスのおかげだと激賞したことで、鬼人族から認められ、戦士階級の者から若い娘を嫁に迎えて仕事にもより一層励んでくれていた。


「私に面会したい使者だって?」


 面会等のアポはイレーナに集約されるようにしてあるんだが、なんでミレビス経由でそんな話が舞い込んでくるんだ?


 商人関係はラインベールだし、インフラ関係はレイモアを通してイレーナに面会要請がくるはず。


 帳簿を担当してるミレビスからとなると、帝国からの監察官くらいしか面会要請こないはずなんだが。


 って! 監察官!!


 まさか、帳簿がきちんと管理され始めたので、先祖代々放漫財政によって取りこぼした上納金を取り立てにきたのか!?


 いやいや、それは困る! 非常に困る!


 いろんな予定が狂ってしまう!


 監察官をなだめすかして、袖の下を渡しつつ、脳筋の怖さを教え込んで何としても上納金の取り立ては阻止しなければ!


「す、すぐに使者に面会する!」


 俺は席を立ち上がると、ミレビスとともに使者の待つ部屋に急いだ。

 


 

 ミレビス君を通して面会を申請したのは、帝国から派遣された監察官じゃなく、魔王陛下の密偵でした。


 監察官と身分を偽ってうちにお越しになってなってたそうです。


 彼の話によると、うちのマリーダが新年にもらってきた金塊はやっぱりタダじゃなかった。


 絶対にそうだと思ってたけど、実際にお仕事代金としてもらってきてしまってるからやらない選択肢は残されてなかった。


 お仕事の内容は、去年よりアレクサ王国内で頻発している農民の一揆を応援して、反政府勢力に糾合して内乱を長期化させろとのこと。


 本格的な侵攻作戦の前に、敵国を分断して親エランシア帝国の勢力を扶植しろってことだね。


 ガチで数年以内にアレクサ王国潰す大戦争が企図されるかもしれない。


 真面目に親エランシア帝国の勢力を扶植して内戦を長期化させとかないと、自分たちが苦しい戦いをさせられかねない。


 はぁ、でも農民反乱の指導だなんて……単身赴任になるじゃないですか。


 やだー。嫁たちとイチャイチャしたいし、息子のアレウスたんから片時も離れたくない。


 よって、ご辞退をしたいなとも思ったけど……。


 密使が持ってきた書状から漂う気配を察するに、『拒否ったら分かってんだろうな。ゴラァああ!』的なオーラを発している。


 パワハラ陛下からのご辞退無理の緊急クエストのようだ。


 たしかにワリドから手に入れてる情報から察するに、アレクサ王国はエランシア帝国との戦に、二度ほど完膚なきまでに叩きのめされ、軍勢の再編成中であり、重税と兵役によって農村の疲弊が重度化していた。


 重税に喘ぐ農民たちは『まともに安全も生活も守れてねえのに、税金がクソ高けえんだよっ! ふざけんじゃねぇ! 俺の税金返しやがれ!!』ってブチ切れて農具片手に領主たちを襲ってるとからしい。


 土台が軋んでるから、謀略も仕掛けやすい時ではあるんだけどねぇ。


 はぅうん。アレウスたん……パパはしばらく単身赴任になりそうだよ。


 脳筋二人に反乱指導なんてできないだろうし、金塊の奮発はマリーダを通じての俺を動かす口実であったようだ。


 確かに直臣をお断りしましたし、うちの当主を通じてなら協力しますよって言いましたよ。確かに。


 でも、この時期は勘弁して欲しかったぁ。アレウスたんの育児に参加できなくなるではないか。


 アレクサ王国の農民反乱指導ミッション……。はぁ、気が遠くなりそうだな。


 書状をたたむと、傍に控えていたイレーナに渡す。


「しばらく、アシュレイ城には帰ってこれそうにない。現在進行中の内政関係の問題は君とミレビス、ラインベール、レイモアで協議して進めてくれ。判断に困る物はワリドを通じて俺の元に届けるように。きっと策源地はステファン殿の寄騎となった領主たちの領地だからね」


「心得ました。ワリド様にもお伝えしておきます。農民一揆の首謀者とかの情報の収集も強化指示だしておきますね」


「ああ、頼む。現地には俺とワリド、あとリュミナスが入る」


「護衛なしで大丈夫ですか?」


「誰か腕の立つ奴を連れて行きたいから、カルアを連れて行く。彼女なら顔もまだ売れてないしね。護衛としてはこの上ない逸材だ」


「承知しました。すぐに手配をいたします」


 数日後、俺は白い仮面と赤い服を着た影武者をアシュレイ城に残し、自分の身分を香油商人マルジェと偽り、長男アレウスに見送られながら対アレクサ王国の反乱指導に乗り出すこととなった。


 農民反乱をちょちょいとすぐに軌道に乗っけて帰ってくるからね。


 それにしても、今回脳筋たちがいくさの匂いを嗅ぎつけたのに騒がなかったのが不思議でならない。


 動物的勘で自分たちの望むいくさが起きないと察したのだろうか?


 それとも、なにか企んでいるのか。


 ミラー君とリゼにはしっかりと鬼人族たちが暴走しないように監督しとくことを頼んだがいささかの不安があった。

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