第五十五話 英才教育

 ちょっと、『金棒』アルベルト・フォン・エルウィンは有名になり過ぎた。


 特にけちょんけちょんにやられたアレクサ王国から、俺の首に懸賞金が掛かったとの情報が。


 やべえ。ちょっと頑張り過ぎたかも。


 なので、ワリドから勧められていた派手な衣装と仮面装備を纏うことにした。


 なんでかって? 影武者をいっぱい作るためだ。


 顔の似た者を探すのは大変なので、画一的な恰好をして敵の目を誤魔化すことにしていた。


 仮面や衣装であればいくらでも整えられるし、ワリド配下の山の民から俺と体格の似た者に着せれば影武者効果は抜群なのである。


 おかげで俺は今白い仮面に真っ赤な衣服を身にまとっているのだ。


 誰だ! 〇ャアとか〇アトロとか〇ャスバルって言ってる人は! 俺の名はアルベルト・フォン・エルウィンだ!


 でも、この格好、実は嫁と愛人たちの意見を取り入れた形なのだよ。


 どうも、うちの嫁と愛人たちは厨二かぶれをしているらしい。


 けして、俺の趣味じゃないからな。


 顔バレして賞金狙いの暗殺者にスパッとやられるのを防ぐ意味での衣装なんだ。


 けして『坊やだからさ』ってやりたい訳じゃないんだからねっ!


 さて、話が逸れそうになったので、本題に戻すが。えっと、何の話してたっけ?


 ああ、そうそう。厨二っぽい衣装って話だったね。


 実はこの衣装、嫁や愛人たちだけじゃなくってエルウィン家の脳筋一族にも大人気になったわけさ。


 特に俺が特注した戦用に着る真紅の鎧が、脳筋たちの心を鷲掴みにしたようで、家老ブレスト始め脳筋一族が『マジ、そのカッコいい鎧を着たいから、作っていい?』的なノリで大流行している。


 元々、エルウィン家の種族である鬼人族は『真紅』を貴ぶらしく、旗などは真紅に染めた色を使っていたが、武具を真紅に染める発想はなかったようだ。


 そこに俺が影武者対策として作った真紅の鎧が登場して、『ちょ、マジカッコよくね』という話になり、瞬く間にエルウィン家の戦士は真紅の鎧を着るようになった。


 ただ、独自ルールも制定されたようで、正式な戦闘職人である『戦士』の役職以上の者しか真紅の鎧は許されず、エルウィン家の真紅の鎧は、それまでの異名である『鬼のエルウィン』と合体して『紅鬼エルウィン』に進化した。


 そして、近隣領主たちからは、戦場での恐怖の代名詞として使われるようになっていると思われる。


 『紅鬼エルウィンが通った後は大地が紅く染まる』と言われる時代もすぐに到来することになるだろう。


 あと、魔王陛下から直接の褒詞をもらったミラーも戦士長に抜擢され、俺の腹心としてリゼとともにアルコー兵を率いることになった。


 これは地味に嬉しい。


 ミラーはいくさになると制御が難しい脳筋たちと違い、俺の指示を忠実に実行してくれ、守れる将として期待を寄せているからだ。


 エルウィンの将たちを引き連れ俺が外征に出たらアルコー兵でリゼとともに領地を守ってもらうことにしている。


 守れる将が増えれば、脳筋たちが領地をがら空きにして外征に出ても安心できるのだ。


 二度の大勝でアレクサ王国は疲弊しており、魔王陛下が対アレクサ王国の大規模侵攻を企てる可能性もあるため、人材の拡充は引き続き進めておかねばならなかった。


 そんなことを考えながら執務室でぼんやりしていたら、秘書官のイレーナが書類を持って話しかけてきた。


「アルベルト様、今年の税の予想額が出てきました」


 執務室にはイレーナが秘書兼文官として常駐し、実務を取り仕切るミレビスや商人たちとの交渉を行うラインベールとの連絡役をこなしている。


 あと、俺の癒しのために。


 脳筋たちが引き起こす問題で疲れた俺の精神を癒すのもイレーナの大事なお仕事なのだ。


 特に目の保養と、目の保養と、目の保養で。


 彼女のおっぱいとおしりがあればこそ俺の仕事も捗るということだ。


 イレーナも持ち前の頭の良さで、俺の意図を汲み取ってくれており、露出度が高い服を着てくれている。


 ありがたや~。偉くなって持つべきものは美人秘書ってね。


「そうか見せてもらおうか。それで作物の収量の方はどうだ?」


 目線はイレーナの盛り上がった谷間に集中しているが、耳はきちんとお仕事の報告を聞く体制をとっている。


 税は現金でも入るが、多くは物納される食い物がメインでそれらを売り捌いて現金に換えている以上、豊作であった方がよいのだ。


「アルカナこそ、予想以下ですが、この地は元々税収の基本計画に入ってませんでしたからね。そちらはおまけです。今年もアシュレイ、スラトともに豊作といっていいくらいの収量予想です。流民の開拓村も一部開通した水路によって田畑の実りもよく、どうしてもマリーダ様に食料を献上したいとも申し出ております」


 やはりアシュレイ近郊の土地は滋味が豊かで、水路を開削したとはいえわずか一年足らずで作物を実らせる農地ができ上がっていた。


 これがアルカナとかになると数年かけても農地になるか怪しい土地ばかりなので、銀山の開発が頓挫しそうになったら、彼らにもアシュレイに移住してもらうことに決めていた。


「なるほど、開拓村の食料は快く受け取って代わりに足りない物資をバンバン送っておいてくれ。彼らには財を蓄えてもらわねばならんからな」


 元流民が税を納める領民となるまでは手厚く保護する予算はすでに組んであるため、開拓村の住民たちはガンガンと開拓を進めてもらおう。


「はい、承知いたしました。予想の税収であれば、アルカナへの支援物資も増やせそうですが、増やしますか?」


「ああ、銀山開発も控えているしな。いくさでの傷も浅くはないだろうし。支援の最重点地区にしておいてくれ」


 アルカナ領はいくさが続いたことで、収穫にも影響がでていたため、領民慰撫を兼ねて最重要援助地域にしておく。


 銀山の鉱床が大規模であれば、鉱山を開発し、食料ではなく銀を物納させる予定なので、田畑は最低限自給体制を構築する程度の予定だ。


「心得ました。あと、父ラインベールから銀山開発の成功を見越して、アシュレイとアルカナを結ぶ街道の拡張計画が上がってきておりますが、いかがいたしましょうか?」


「まだ、試掘も終えてないからな。現場はニコラスに一度見させてもらった。銀鉱脈が露出しているが埋蔵量は不明だし、『地底人』たちの試掘の判断待ちだ。それの結果によってラインベールの献策を受けるか判断する」


 領土が増えればやることも増える。


 アルカナを自家の領土に加えたエルウィン家は、銀山開発という大規模な公共事業を単独で行うために色々と出費がかさんでいた。


 しばらくはいくさをせずに内政に注力して、無事銀山の開発に漕ぎつけていきたい。


 マリーダとの子が生まれれば、その子はこの領地を継ぐことになる。


 その子たちにはできるだけ裕福な地を与えてやりたいと思うのは、どの親も同じだ。


「マリーダ様っ!! 印章押しは出産間近までサボってはなりませんよ」


「アルベルトっ! リシェールが酷いのじゃ。お腹の膨れた妾に印章押しをさせるのじゃ」


 すっかりとお腹の大きくなったマリーダが嫌いな印章押しを投げ出し、いつもの如く俺の執務室に走り込んできた。


「なんだとっ!! それは大変だ!!」


 俺は執務机から立ち上がると走り込んできたマリーダに駆け寄り、彼女の大きくなったお腹に耳を当てる。


「ママがお仕事をさぼりたいって言ってるんだが、君はどう思う。うんうん、きちんとやらないとダメ。だよねー。そうだよねー。君はママみたいになっちゃダメだからねー」


 すでに俺はお腹の子に対し、脱脳筋に向けての英才教育を始めている。


 こういうのは最初が肝心なんだ。


 母親の影響を受けて『いくさだヒャッハー』とかみたいなヤバい子にしたくないので、胎児の時から言い聞かせておくことにしていた。


「むうう。アルベルトも酷いのじゃ! 妾の子を一族から軟弱者と言わせるつもりか」


「『思慮深く』したいだけさ。男の子だったら武芸の鍛錬もさせたいけどね」


 マリーダのお腹を撫でて、産まれてくる子に想いを馳せる。


 とりあえず色々と考えることはあるが、今は無事に産まれて来てくれればというのが第一の願いである。


「この子は男の子なのじゃ。最近は元気に妾のお腹を蹴っておるからのぅ。武芸の鍛錬は妾がキチンと躾てやるのじゃ」


「それはとりあえず禁止させてもらう。マリーダだと勢い余って大変なことが起きそうだし」


「酷いのじゃ! 言いがかりなのじゃ! 我が子を調練するのは当主の務めなのじゃ。妾も幼少から父上に武芸を仕込まれ戦場で育ったのじゃぞ」


 マリーダが父親についていくさ場を遊び場に成長してきたのは知っているが、それをやると脳筋ができあがるので、できればまともな守役をつけてエルウィンの血の気が程よく抜けた子にしたい。


「その件はマリーダの意見を尊重するけど、今のところは保留で。俺の子でもあるし。産まれてくる子の乳母はフリンなのは確定で」


「なっ! フリンのおっぱいは妾のものじゃぞ。それに妾もついにおっぱいが出るようになってきたのじゃ。アルベルト、試してみるか?」


 マリーダのおっぱいがさらに巨乳かしていたのは知っていたが、ついに母乳まで出るように進化したか。


 い、いちおう、子供のためにも毒見は必要だな。毒見は。味は大事だ。ひじょーに大事。


 俺の視線がマリーダの胸に注がれたのを見たリシェールから冷やかしが入る。


「アルベルト様、鼻の下が伸びてますよ。マリーダ様の母乳マッサージはあたしがきちんと行いますのでご安心を」


 リシェール、手をワキワキすなっ! というか、俺のお仕事をとっちゃラメェエ!


「マリーダの母乳マッサージは、俺がきちんと行うので大丈夫だ」


「えー、あたしもしたいですよー。ちょっとだけ、先っぽだけでもいいからやらせてくださいよー」


「リ、リシェールはダメなのじゃ! アルベルトも優しくやるのじゃぞ」


「アルベルト様、では一旦執務は休憩といたしますか?」


「そうだな。一旦休憩にしよう」


 イレーナが素早く頭を巡らせて、ご休憩タイムを提案してくれたので、鷹揚に頷く。


 そして、マリーダたちとともにご休憩タイム(母乳の品評会)を堪能した。


 品評結果は二重丸であったことだけはお伝えしておく。

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