第三十六話 山の民

 帝国歴二六〇年 藍玉月(三月)。


 領内の村々を回っての巡視を終え帰城すると、良いことと悪いことが同時に報告されていた。


 まずはいいコトから。


 実は俺専用の情報収集組織の候補者として、リゼの出身家であるアルコー家が昔から付き合いのあった山の民との渡りが付いたことだ。


 山の民は、どの勢力にも属さず不可侵の険しい山々を棲家に、狩猟や採集をして生きる人々の集まりである。


 主に狩猟を生業とする人たちだが、毛皮や肉、野草を売りに色々な街へ出かけるのだ。


 領主たちも山の民たちは貴重な獣毛皮や薬効の高い野草を売り来てくれるだけでなく、周辺の情報をもたらす者たちとして重宝されている。


 協力を得られても、支配することはできないと言われている山の民だ。


 自主独立の気風が高い彼らを支配しようとすれば、大きな代償を払わなければならない。


 だが、そんな彼らの本拠である山で戦って勝った領主は未だかつていないのだ。


 どんなに強力な軍を進めても、地の利を生かし、神出鬼没な山の民に撃退されてしまう。


 なので、山の民は利用しても支配はするなと言うのが業界内では暗黙の了解。


 そんな彼ら山の民の一部族が、リゼの家臣一人と懇意にしていたことが縁で困っていることを聞き出していたのだ。


 しかも、このことを解決してくれたら、俺専属の情報組織として動いてもいいとまで内諾を得ている。


 近隣のどの街にも自由には入れる彼らから、自由に情報を得られればアシュレイ周辺の領主の動きは丸わかりだ。


 戦略を立てる上で情報は欠かせない。


 そして、良質な情報を提供してくれる者を手に入れるのは至上命題だ。


 しかし、この山の民の願いごとが困ったことの方だ。


 彼らの願いごとは宗教問題だった。


 実にめんどくさい。この世界、信仰はある程度自由が保障されている。


 ここで、ちょっと簡単に神様を紹介しておこう。


 ・天空の神ユーテル……言わずと知れた創造主(らしい)光の守護者でこの世界で最もメジャーな神様。

 ・叡智の神エゲリア……知恵の神様。世界のあらゆる事象を把握してるそう。学者、医者、官僚などの知識階層に支持されてる神様。

 ・技の神アスクレー……技術の神様。世界のあらゆる武具、道具を作り出す(らしい)。鍛冶屋、大工、石工、衣服屋などの職人たちに支持されている神様。

 ・農耕の神サートゥル……農耕の神様。この神の機嫌を損ねると日照りや干ばつを起こされる(らしい)。農民たちが多く支持している神様。

 ・水の神ネプトゥー……水の神様。怒らせると氾濫や台風を起こすと思われている(らしい)。漁師、海運関係者に支持されている神様。

 ・戦闘の神アレース……戦闘の狂気の神。荒ぶる戦乱を産み出した神と言われ、主神ユーテルから神界を追放された神。邪神扱いされている神。


 以上の六人だ。


 この世界は多神教であるし、わりと信仰に関しては個人の自由でユルユルな感じなんだけど、ただ一つだけダメなやつがあってね。


 そのダメ神をうちの本家が大々的に信仰してるって標榜してるんすよ。


 え? どれがダメだって? そら、他の神様から邪神扱いされている戦闘の神アレースでしょ。


 うちのエランシア帝国の皇帝が魔王って言われるのも、初代皇帝から荒ぶる邪神アレースを信奉してたからで、周辺国からは攻められるのは『お前のとこやべえ神様を信奉しちまってっから、ちょっと潰させてもらうわ』的なノリで紛争になってるのだ。


 ぶっちゃけ、エランシア帝国は周辺国の圧力を押しのけて、初代皇帝が領土拡大を果たしたから、更に周辺国から嫌われているというのもある。


 もちろん、エルウィン家は脳筋一族のため、例の如く戦闘の神を信奉している。

 

 さてさて、話を山の民の宗教問題に戻そう。


 何が問題化してるかってーと。山の民の間で天空の神ユーテルの中でも過激派教団『勇者の剣』へ帰依する人が多くなって、エランシア帝国と近い、自分たちの部族が山の民の間で迫害されているらしい。


 宗教ってのは、神の力にすがってお祈りして人生どうにかしようって考える奴が多いが、神様ってのは見ているだけだぜ。

 

 身体もないしな。ってまあ、俺の宗教観はいいとして、問題の『勇者の剣』の何が問題かってーと。


 『邪神に帰依してる奴ゼッタイ殺すマン』って狂信的な戒律を作って活動している天空の神ユーテルの信徒団体だ。


 教団のトップは『人類を救済する勇者』って、のたまっているらしいから、試しにリゼの領地の近くにある教団の支部に人を送り込んでみた。


 潜入者から話を総合すると、教団のトップは信者からの金を食い物にして、享楽的な生活を送る詐欺師にしか思えないとのこと。


 マジ、めんどくさい。近隣のアレクサ王国で『勇者の剣』が勢力を伸ばし、『聖戦』を声高に叫び、エランシア帝国へ戦争をけしかける行為も確認されていた。


 先頃のアレクサ王国の侵攻も裏で『勇者の剣』が動いていたらしい。


 宗教は人の生活を豊かにするためにあるのに、戦争に利用するとはけしからんね。


 って、いうか。あいつら放置すると、アレクサ王国からわんさかと軍勢が襲って来そうな気配もある。


 俺の平穏な生活を乱されるのも困るし、山の民も迷惑しているみたいだから、ちーと、情報戦の神髄ってのを見せてやるか。


 急いては事を仕損じる? ああ、それも状況次第ということだ。


 情報戦は先制攻撃あるのみ。


 というわけで、文官のお仕事はイレーナに任せ、俺はマリーダとリゼを連れて山の民の住む集落に向かった。

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