第二十一話 戦後処理
というわけで、エルウィン家の脳筋ツートップ無双&ラトールの後方攪乱攻撃によって、二〇〇の兵が二〇〇〇の領主軍の兵を軽々と粉砕した。
兵の質の勝利である。元々、戦闘経験に違いがあり過ぎるため、最初の数撃で農兵たちが度肝を抜かれ、動揺したところで大将首を挙げられ、意気を阻喪したところに最後方からの攻撃によって完全に士気が崩壊したのが敗因だった。
戦闘職人のエルウィン家の家臣と違い、敵はパートタイム兵士の農兵が主体であったことも士気の崩壊が早かった要因だろう。
「ラトール君がマリーダ様たちと合流したみたいですね。ステファン様が足止めしてるアレクサ王国軍本隊に向けて敵敗残兵を追い立て始めたみたい」
「予定通りだな。ラトールも上手く騎馬の機動力を使うもんだ」
「戦は水物ですからね。敗走兵を上手く追い立てて、混乱を拡大しているようですけど」
リシェールが戦況を冷静に報告してくる。
わりとこの年上の女官長様は想像力や洞察力が高いのか、学がない割に物事の本質を捉える力が凄く高い。
参謀としての才能が意外とあるのでは思えるようになっていた。
そんなリシェールの報告を聞いて、改めて眼下の戦いに視線を移す。さすがの戦馬鹿たちの集団であった。
羊の群れを追い立てる牧羊犬のように、農兵の敗走兵をアレクサ王国本隊に追い立て、混乱を拡大させていた。
「ステファン殿に狼煙で知らせろ。後、伝令も出せ」
「はい。狼煙と伝令君~」
リシェールが輜重隊に所属している近くの兵に指示を出すと、しばらくして狼煙が上がる。
ステファンには随時こちらの位置を伝令を出して知らせてあり、俺たちがこの高台に陣取っていることはすでに知らせてあった。
そのため、狼煙を上げるとステファンの軍勢がこちらの意図に気付いたようで攻勢ラインを押し上げて、アレクサ王国軍を押し返し始めた。
こうなると、数的有利を確保したエランシア帝国軍が俄然活気づく。
壊滅した領主軍の敗残兵が紛れ込んだアレクサ王国軍本隊は混乱をきたし、背後からエルウィン家の強襲に遭いながら、呼応するように攻勢ラインを上げたステファン軍の対応に追われ、次々と兵が討たれると士気が崩壊し、首脳陣も河に向けて逃走を図り、惨敗に近い負けが確定していた。
そして、勝利はエランシア帝国軍に転がり込んだ。
ステファンが帝国軍の勝利が揺るがないと見ると追撃中止を決め、戦闘を中止の合図を出し戦後処理が始まる。
ここで、この世界の戦闘の後処理について解説しよう。
・死人と捕虜の選別
・死人の火葬
・鹵獲した物資の回収
・捕虜たちから技術者および奴隷の選別
・領主、小領主の捕虜から身代金請求
・首実検
って具合に進んでいく。
既に勝敗は決し、この戦の責任者であるステファンからの指示は『追撃するな』であった。
総大将の下知に背けば、魔王陛下の心証を悪くするので、脳筋どもに首輪を着け、捕虜と残置物資の回収を命じておいた。
もちろん、後詰めの俺たちもより戦場に近い場所に移動していく。
武器を捨て、抵抗をやめた者は捕虜、瀕死の重傷の者は楽にしてやり、戦意を見せる者を囲んで討ち取る。
その間も敵が放棄した糧食、馬、武具なども同時に拾い集め、荷車に捕虜とともに積んでいく。
悪いけど、これ戦争なのよね。
集めた廃棄物資や捕虜は大事な収入源になるからな。
放置された馬ゲッチュ! そろそろ、人買いや故買屋が集まってくるかな。
戦場掃除が粗方終わると、周囲には死者を火葬している煙がたなびいている。
手際良く、捕虜や放棄物資を満載した荷車を人買いと故買屋たちが集まって、戦場のど真ん中で市を開いている場所に移送する。
人買いは捕虜を奴隷として買い取ってくれるし、故買屋は剥ぎ取った中古の武具や馬などを買い取ってくれる。
あ、そこの君。捕虜は丁寧に扱いなさいね。大事な商品……。
領主一族の捕虜もね。これから、身代金交渉するんで大事に大事に。顔はダメだぞ。ボディーにしとけ。
市に着くと、人買いに売る前、捕虜たちの中で手に技術を持つ者を自己申告させる。
鍛冶師や大工がいるか申告させる。腕に技術を持つ捕虜は大事な資源だ。
まぁ、奴隷になるのは変わりないが、重労働させられないと言うだけマシである。
それが終わると、人買いに値段を付けさせていく。
若く丈夫なのが一人頭、帝国金貨五〇枚。帝国金貨の金含有量が3・5グラムなので、グラム=五〇〇〇円として、日本円だと大体九〇万円くらいだ。
あとは年齢に応じて減っていく感じ。あまり若すぎるのもダメだし、年寄りすぎるのもダメ。
奴隷の癖に妙に高いって? 人買いに売る値段なんで、奴隷を買う人はもっと払ってますよ。貴重な労働力ですよ。この世界、人力こそが最大の労働力。機械化もされませんしね。
売られていく先は鉱山、船の漕ぎ手、農村の農奴が大半だ。
今回は農民捕虜五〇名を売り捌いた。常時、戦争状態のエランシア帝国では、働き手の需要は高いから、飛ぶように売れた。
帝国金貨二五〇〇枚。それと、中古の武具で脳筋たちがイラネって言ったやつを売り捌いた金が帝国金貨五〇〇枚になった。
やっぱ、中古品は人気がない。貧乏領主が農兵を武装させるために故買屋から買い入れることが多いそうだ。
その点、エルウィン家の連中は武具に関して非常にうるさく、農兵に貸し出すものの品質まで、こだわっている武器マニアどもだった。
武器マニアのお眼鏡に叶わなかった物を売却し、現時点で帝国金貨三〇〇〇枚の売り上げだ。
日本円換算で五二五〇万円の売り上げだ。ぼろ儲けだって? いや、家臣たちの俸給、褒賞、出兵費用、損失物品の補充を考えるともうちょっと稼ぎたい。
なんで、お次は捕らえた領主一族と思しき捕虜たちから、身代金のカツアゲをする。
身代金交渉をするのは、主に領主や小領主といった経済力を持った指揮官クラスの人物に限られる。
身代金交渉は手間がかかるので、ある程度の経済力を持つ者以外は費用対効果が低い。
幸い、今回は早々に戦線が崩壊し、数名の捕虜を得られていた。
領主一人、領主の一族三人、小領主三人の七名だ。
本来ならこの交渉は当主の仕事だが、『妾は叔父上とステファン殿の首実倹に参加するからアルベルトに任せる』と言われていた。
話が前後するが、『首実検』とは、今回の戦の総大将でステファンに、戦場で討ちとった敵方の首級の身元を判定してもらい、論功行賞の重要な判定材料とするために行われた作業だ。
本当に申告した本人の戦功かの詮議の場でもある。首級の確認は捕虜や寝返った者が確認することもある。
生首並べて『このクサレ○○野郎は俺が、必殺の一撃で首を飛ばしてやったぜ。ヒャッハーー!!』とかの報告会だと思って欲しい。
マジで野蛮だぜ。
ちなみにマリーダが領主クラス三つ、小領主クラス九つを挙げ、ブレストも領主クラス二つ、小領主クラス九つ挙げる戦果を残している。
お前ら、頑張り過ぎ。
というかエルウィン家だけ、特化して首を挙げすぎ。
確かに指揮官クラスを狙うのは凄まじく効率的だが、ステファンや他の領主の面目も立たせてやらんと。妬まれるぞ。
戦終わったらステファンと今回参加した領主たちにお中元送っておかないとな。
『先の戦ではうちのアレがご迷惑おかけして申し訳ありませんね』って書状も添えておかないと。
隣近所とのお付き合いは大切。攻め込まれた時に助けてくれるか、刃を向けられるかは、日頃のお付き合いの仕方だからな。
ふぅ、また問題が積み上がるぜ。
まぁ、それはさておき、話を身代金の方に戻すとしよう。
とりあえず、捕らえた捕虜たちにはいくら工面できるか聞き取り調査する。
この辺は自己申告だ。自分の命の値段を自分で付けさせる。
払えない場合は死が待っているので、領地にある資産ギリギリまで出す者もいる。
しかし、逆に貧乏領主で金が出せない者もいた。
多くの場合金が払えなければ死が待っている。
今回は一人を除き全員が身代金額の合意に達した。総額で帝国金貨換算すると二〇〇〇〇枚。日本円で三億五千万円也。
捕虜売買等で稼いだ金と併せると、四億近い金が手に入ったことになる。
エルウィン家としては、大きな黒字を出した戦になった。
額に合意したことで、彼らは身代金を支払うまでは我が家の客人となる。縄も解くし、行動も自由だ。ただし、逃げれば問答無用で斬り捨てられる。
領地の送った使者がきちんと身代金を持ってこれば、お勤めは終了となり、無事に領地に帰れるのだ。
相手もそれを理解しているため、無駄に脱走を考えたりしない。
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