第十五話 村長式徴税システムのデメリット
さてとっても優れた村長式徴税システムのデメリット一つ目ね。ぶっちゃけ、不正のしたい放題って件。
なんでかって? だって、現状、村長たちの裁量自己申告型の徴税システムだからさ。
大好きな武具の管理台帳以外、台帳を整備せず徴税官すら未だに配置してないエルウィン家に高度な領地経営を求めるのは酷というものだ。
現状は、毎年春に各農村の村長を登城させて、鬼人族の家臣が『おまえのとこさー。今年どれくらい出せるんよ? 細かい数字はいいから、おおよそで教えてくれや』って聞いて、各村長たちが『うちはこんくらいっすね。いや、きつい、きつい。たまにはまけてくださいよー』ってやりとりがされて決定してる。
戸籍台帳も、作付け評価台帳も、租税基礎台帳も台帳と呼べる台帳を全く整備してこなかったエルウィン家は、各農村の村長が言った口頭の租税額を基にして租税を決めているのだ。
もちろん、足りない時は臨時徴収という名の取り立てをエルウィン家が行うので、村長たちはその分も見越して必ず実際より少ない量を申告するようになっているそうだ。
そういった話は倉庫番をしていて、現在各種帳簿作りに投入され
村長たちが農村内の農耕地から上がる収穫量を把握してると思われるが、税金は誰だって少なくしたいのは、どこの世界も同じだ。
あと、エルウィン家は度量衡の統一もしてない。いや、していなかっただな。
農村ごとに各々好きな物を使っているのだ。そう、規格統一がなされていないんだよ。マジで。
天秤で計った一キロのはずの物が、隣村では九〇〇グラムだったり、別の村だと八五〇グラムだったりするの。
マジだかんね。日本で生活してた時はほぼ度量衡は統一されてたから、不便さを感じなかったけど、稀に紛れ込むオンス表示やポンド表示が、日常的に混在してると思ってくれ。
マジ発狂しそうだろ?
村長たちはそこを突いて、小麦二〇〇キロの納税を軽い分銅とか使って誤魔化してるんだわ。
それをやられるから、余計に収量把握ができないでもいると、これまたミレビスが嘆いていた。
そして、余った小麦は自分の懐に入れて、街で売買してウハウハしてるって報告も上がっている。
統一規格がないって、面倒な上に不正の温床になるんだわ。だから、こっちはマリーダの権力を使って公認した分銅と尺、容器以外での納税を認めなくした。今度の徴収からと布告してあるため、計量を誤魔化す方は潰せる予定だ。
まぁ、ひと悶着あるかもしれんけどね。
こっちが村長式徴税システムの税収面でのデメリットね。
もう一つ、こっちは治安維持面でのデメリットがある。
まず、その前に常備兵と農兵の違いを講釈しよう。
エルウィン家の家臣である脳筋鬼人族は俸給を支払って雇っている常備兵だ。二四時間戦うことを専門に行う戦馬鹿の集団。
で、今度は農民兵ね。彼らは戦馬鹿の常備兵とは違い、仕事のない農閑期に補助戦闘要員として、戦に参加する補助戦力としての側面も持っている。
賦役として戦に参戦させる領主もいるため、当然、その場合、指揮官となるべき人材は村長の一族からって選択になるわけ。
村長の一族であれば、経済的に裕福であるし、識字率も高い。準貴族層とも言ってもいい階層の人たちだ。
指揮官には命令書を読む能力も求められるから、字が読める、読めないは大きなファクターになる。
書けない奴はいるとしても、字が読めない指揮官はいないのだ。
中には、そういった農民兵の指揮官でとどまらず、そのまま領主の常備兵の指揮官に出世したり、更に功績を上げて領地をもらったりする奴も出てくる。
ちなみにエルウィン家は、そういった村長一族の出身ではない。
住む場所を求め彷徨っていた一族が魔王陛下に従って武功を上げて、何代か前にこのアシュレイ城を下賜されたそうだ。
話が逸れそうなんで戻すが、何がデメリットかっていうと、納税者が武力を持っているってことなんだ。
ちょっとでも税率上げたら、『てめぇ! 俺らの懐から掠め取るつもりかっ! いいぜ、やってやんよっ! かかってこんかいっ!』って即反乱が起きる。なんて事案が発生するわけで。
常備兵が少なくて貧乏領主とかだと、『す、すみません。この税金なかったことでいいっす。詫びに租税額下げますから、なにとぞ穏便に』ってことも多々発生する。
ちなみにエルウィン家は、徴税業務をほったらかしにしているが、いくさのたびに各農村に徴発割り当てが行くのでわりと重税なのに農民たちが叛乱を起こさないのは、『あの脳筋一族に刃向かうと、一家親族撫で斬りにされちまうぜ』ってブルってるからだ。
こういう時、脳筋一族は役に立つ。おっと、話が逸れた。村長が武装集団の親分をしてるって話だったね。
なんで、そんな奴が村長かって?
それは、このエランシア帝国が周辺国家と戦争ばっかしてるからだと思う。戦になれば農村は敵国の軍隊に荒らされることもある。
そんな時に頼りなるのは、腕っぷしなんだなコレが。
農民たちが求めるのは『安全な生活』だ。
それを提供できる者が頼られる世界。
『安全な生活』を提供する、簡単に言えば、攻め寄せる外敵を撃退する力を持った者が宣揚される時代に俺は生きてる。
だから、村長の力はかなり強い。
下手すりゃ、へっぽこ領主に取って変わる村長もいるかもしれない。
なんで、村長たちの扱いを間違えると、城門の前に首が晒される危険性がある。
エルウィン家の場合、逆上した脳筋たちによって、逆に村長たちの首が城門に晒されるかもしれんが、それはそれで徴税システム崩壊を意味しているため、逆にやばいやつだ。
これが治安維持面での村長式徴税システムのデメリットとなっていた。
この二つのデメリットを含む村長式徴税システムは、今のところ絶妙なバランスで成り立っているが、これをこのまま放置すれば、いつ何時、この地からエルウィン家が放逐されるか分からないのだ。
農村の視察を終えて、馬車内でグッタリとした俺はイレーナの膝枕をしてもらっていた。
「問題山積だな……」
「エルウィン家はわりとマシな方だと思いますが……。私が見聞きした話だと、エランシア帝国各地で農民たちの武装蜂起も何度か起こっていると聞きますし」
イレーナは商人の娘のため、父親の伝手で周辺各国の噂話が入ってくる。
今は内政に力を注ぐ時であるが、戦乱の続いている時なので、外の情報も必要だ。
生き残るためには、外の情報を集める耳目もいるか……。
戦争、お家騒動、叛乱。
外にも内にも注意を払っておかないと、いつひっくり返されるか分からない。
どこの馬鹿が、転生して内政チートして無双したとか言ってんだ。
現実は地道にしか解決しねぇよ。
「首だけにされないようにしないとな。ふぅ」
「お疲れのようですね? 一本サービスいたしましょうか? マリーダお姉様よりアルベルト様をサポートするように言付かっておりますので」
イレーナが妖しい笑顔を浮かべる。馬車の中は密室だ。誰からも見られない。
つまりそういうことだ。お疲れな俺を美人秘書が癒してくれると。
ここは『はい』しか選択肢は出ないとこである。
「はい。よろしくっす」
馬車がゴトゴトと揺れながら城に到着するまで、俺はイレーナに疲れを癒してもらうことになった。
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