不死の少女は旅をする

マルグリット

1章 旅の始まり

00.月夜の晩に彼等は出会った









 ――――月の綺麗な夜だった。




 街灯が並ぶ夜道を一人の青年が歩く。


 周囲は住宅街。明かりの灯っている家は既に少ない時間帯だ。現に街灯と夜空に浮かぶ月だけが道を照らしている。




(話し過ぎたな)




 歩きながら、青年はぼんやりと思う。


 久々の友人との遊行。ついつい長引き、話し込んでしまった。その長話たるや、二人が時計を見た時には日付けが変わっているほどだ。




 流石に遅いから泊まっていけと友人は言ったが、明日が休みの友人と違い、青年には学校がある。それに長々と居座っておいて泊まるのも悪い気がし、青年は友人の申し出を断り、こうして帰路に着いていた。




(警察に会わなかったのは運が良かった)




 青年はまだ高校生の身の上。深夜に警察に会えば、有無を言わさず補導となってしまう。そうなれば色々と面倒になることを――――友人がよく補導されていたからか――――青年は良く知っていた。




 だからこそ、ここまで出会わなかったのは幸運なこと、なのだろう。


 しかし、青年の幸運はここまでだった。むしろこれからのことを考えれば、不幸と、呼んでもいいだろう。




 それは、偶然にも、彼の目の前に現れたのだから。




「――――――――」




 道の先。青年の目の前に、男が立っていた。


 青年は立ち止まり、男を見る。


 若い男だ。歳は二十かそこら。黒い外套を羽織り、肌は白く、灰色の髪。そして真っ赤に染まった瞳が闇の中で爛々と輝き、青年を見詰めていた。




 あまりにも唐突に現れた男に、青年は身を強張らせる。だが、既に男の動きは終わっていた。




「…………え?」




 ぐらりと、青年の体が崩れ落ちる。一体どうしたのかと下半身を見れば、両足が消えていた。骨と筋肉が露出した断面部から、鮮血が川のように道を流れていく。




「気配を感じ仕掛けてみたが……どうやら普通の人間か。君には悪いことをしたな。だが、私を恨まないでくれたまえよ。勘違いだ。人間、よくあることじゃないか」




 男は倒れ伏し、血を流し続ける青年を見下ろしながら淡々と、そう言った。青年はただ呆然と、男の言葉に耳を傾ける。




「まあ今回のことを教訓として、新たな人生は是非とも私のような存在に会わないことを祈ることだ。その点、君なら問題ないだろう。何せ私に会うことが出来たのだから。それは、とても幸運なことだろう?」




 呆然と聞いていた青年にも、男の言葉があまりにも無茶苦茶で、そして巫山戯たことを言っているのだと、男が言葉を重ねる度に理解出来た。




 怒りを露わに声を上げようするが、男の背から何かが高速で動く。瞬間、秋は深々と喉を噛み千切られていた。




 ごふっ…………




 血を吐き出した。千切られた喉からも滝のように流れ出る。既にかなりの量の血を流しているというのに、まだまだ血は溢れてくる。




「悪いが助けは呼ばせない。呼んだところで助かるとは思わないが、色々と面倒だからな」




 視線だけを動かして見てみれば、男の背から蛇が頭を覗かせていた。口には血に濡れた肉片――――青年の喉を咥えている。




「さて、私はそろそろ立ち去るとしよう。運が良ければ来世で会おうじゃないか。いやきっと会えるだろう。そんな気がするよ」




 倒れる青年に対して興味が無くなったからか、男は話し終わると直ぐに姿を消した。残されたのは、血溜まりの中で死に行く青年が一人。




「………………」




 薄れ行く意識の中、青年は空を見る。


 街の明かりの殆どが消えているからか、夜空はいつも以上に輝いているように感じられた。特に月は、これまでの人生で青年が見てきたどんな月よりも美しいと思えた。




(こんな月を見られたのなら、悪くない最期なのかもしれない)




 訳も分からず、青年は殺された。怒りが無いといえば嘘になる。


 しかし、身を焦がす憤怒すら鎮火させるほど、眼前の月は美しかった。


 頭上で輝く月は、まるで青年を天に導くかのように光を降り注ぐ。


 血はどくとくと溢れ続けている。熱も急速に失われつつあった。心臓の音もどこか遠くに感じられる。


 瞳を閉じ、青年は眠りに就こうとした。永遠に覚めない眠りへと。


 そこへ――――




「どうしたというの『へカーティア』。こっちに何があると…………」




 声が、聞こえた。


 眠りかけていた青年の意識が浮上する。目を開ければ誰かが月を背にし、目の前に立っていた。




「これは…………不味いわね。もう命が尽きかけてる。ギリギリの状態よ」




 助けようと、しているのだろうか。


 死に際、霞がかった意識で青年は思う。




「でも……見捨てる訳にもいかないわ。『へカーティア』。貴女が呼んだのだから力を貸して貰うわよ?」




 青年が瞳を再び閉じた時、最期に見えたのは、真白の髪と――――澄んだ青色の瞳だった。






































 果たして彼の旅は、始まった。


 これはとある男の物語。


 いつか、残酷な真実として語られる御伽話。


 しかし物語としては余りにも醜悪で、




 ――――愚かな話だった。
















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