第27話

 次の日、一緒に帰ろうぜと言う谷口と国木田に断りを入れて俺は朝倉委員長に声をかけた。今日一日、どうにも朝倉委員長がよそよそしかった。まあそれはいいとして、一緒に部室へ行こうと誘うと、用事があるからと断られた。なんだ、寂しいな。あの部室で唯一の味方なのに。涼宮はというと、放課後となるや否や足首に付属するブースターを人目をはばかることなく解放し、どこかへ飛んで行った。まあ、物の喩えだが。通学鞄を肩に引っかけて俺は気乗りのしない足取りで文芸部に向かった。


「……何を読んでんだ?」


 俺が文芸部に到着した時、長門さんは昨日とまったく同じ姿勢で本を読んでいた。少しくらい昨日の件で何か変わったりしたら嬉しかったんだがまったく変化なし。ちょっとははにかんで笑ってくれたりしてもいいのに。恥ずかしがり屋なのかもしれないと、気さくに話しかけてみたが返事はなかった。


「重くない?」


 長門さんがこちらを見て目をぱちくりとした。何?ちょっとしたジョークなのに。


「面白くなかった?」


 長門さんが首を傾げた。


「ユニーク」


「煽ってんのか?」


 思わず口に出てしまったが、長門さんは特に気にした風でもなかった。参ったな、シャイなのか不思議ちゃんなのかだけでも把握しておきたいんだが。しばし沈黙しつつ、長門さんが読書しているのを眺めてみる。しかしまぁ、挿絵すらなさそうな絵をよく真面目な顔で読めるな。正直俺とは違う生き物なのではと思ってしまう。そうしてぼんやりとしていると、蹴飛ばされたようにドアが開いた。涼宮の登場である。


「え?」


 ドアから入ってきたのは涼宮だけではなかった。逃げようとするのをがっちりと捕縛され、どう見ても無理やり連れてこられたと思しき人物。それは非常に見覚えのある顔をしていた。


「なんなんですかー?」


 北高の制服を着たみくるさんだった。なんなんですかはこちらの台詞だ。いや、正確には「何してるんですか!?」だが。


「ここどこですか、何であたし連れてこられたんですか」


さて、みくるさんを連行してきた涼宮はというと、質問には答えずドアに錠を施していた。ガチャリ、というその音に、みくるさんはビクッと震えた。


「何で、かか鍵を閉めるんですか?いったい何を、」


「黙りなさい」


 口を開く前だった俺ですら言葉を飲み込むような押し殺した涼宮の声だった。いやいや、みくるさんが涼宮に見つかってしまったのは流石にマズい気がする。しかし、すでに見つけた後なのでもうどうしようもない。問題は、俺はどうすべきかだ。彼女と面識があることを涼宮に知られるのは、避けた方がいいように思えた。


「誰なんだ、彼女は」


「あんたには関係ないわ」


 ぐぅ。取り付く島もない。それにしても、何でまたみくるさんは北高の制服なんて着ているんだ?まさか、この学校に潜入しようとして涼宮に見つかったとでもいうのか。


「んん?」


 みくるさんをよく観察していると、何か違和感を感じた。何かが足りないような、そんか違和感。少し遠めに見たり、体の各部位ごとに観察した結果、俺は違和感の正体に気が付いた。


「大盛になっている…」


 そうなのだ、彼女の胸が昨日までの特盛から大盛になっていた。俺は持っていないからよく分からないが、女性の胸って言うのは一日で膨らんだりしぼんだりはしないはずだ。それに、改めてみくるさんを観察すると、どこか幼くなっているような気がする。みくるさんは未来人で、昨日会った時より幼くなっている、これが意味することは。


「タイムふろしきを使ったのか」


 たしか無人島でサバイバルしたのび〇くんがやってたな。あれ、割と倫理的にどうなんだって思っていたけど、いやぁ実際に目の当たりにすると大した技術だ。


「…あんた、さっきからみくるちゃんの胸ガン見しすぎよ?」


 涼宮が目ざとく指摘してきた。いやみくるさん、名前までバレているのは、未来人のエージェントとして口が軽すぎやしませんか?しかし、ただ胸を見ていたというのは心外なので少し反論しておこう。


「すまんな、名前を教えてもらえなかったから、見覚えのある胸かどうか記憶を探っていたんだよ」


 涼宮と幼いみくるさんががドン引きしたように体をすくめた。あれ、かえって余計なことを口走った気がする。


「いくら可愛いからといって、あたしが見つけてきたマスコットキャラに手を出したら殺すわよ」


 せっかく見つけた未来人をマスコットキャラにしようというのか。いや、もしかしたら彼女の正体に気が付いていないのかもしれない。たまたま近くにいたみくるさんを、ただ可愛いから連れてきたのかもしれな…いや、そんな偶然あるか?


「まさかとは思うが、可愛いって理由だけでこの人をここに連れてきたのか?」


「まさか。可愛くて小柄で胸が大きかったからよ」


「真性のアホかな」


 ついうっかり口に出してしまい、涼宮の逆鱗に触れてしまった。涼宮はみくるさんがいかに重要なマスコットキャラであるか、萌え要素が必要不可欠であり彼女はそれを体現しているか、そしてこのロリキャラに巨乳というアンバランスさを見事に調和した奇跡の存在か、ひたすら説明した。しかし俺の反応が薄かったからだろうか、何を血迷ったか涼宮はみくるさんの胸を服を脱がし始めた。


「わひゃああ!きゃっ、きゃあああ!!!」


 俺はとっさに目を両手で押さえ、指の隙間から様子をうかがった。いや、いざとなったら助けた方がいいかもしれないし、これは不可抗力なのだ。


「服の上からじゃよく分かんないでしょ。直接その目でいかにすごいか刮目して見なさい」


「きゃああ、きゃ、いやあああ!!!」


 薄目で見ているうちに、みくるさんはセーラー服のボタンを外されたらしく肌色とセーラー服以外の色の何かが視界に入った。


「ほらみくるちゃん。ちゃちゃっとブラも外す」


「俺の負けええええ!!!俺の負けだからそれ以上はやめてさしあげて!!!」


 俺はぎゅっと目を瞑ったまま土下座した。涼宮という女の恐ろしさを俺は理解していなかった。そういえばこいつは悪魔召喚の儀式だか異世界人との交信だかのために一人で校庭で魔法陣を書く奴だった。行動力お化けだったな。


「まったく、最初からそう言えばいいのよ」


 しばらくして頭を上げると、涼宮が微笑みながらみくるさんの胸をわしづかみにして揉んでいた。何やってるんだ?


「どう?うらやましい?あんたがやったら犯罪だけど、あたしはこの胸を揉み放題なのよ!」


「いや、そのりくつはおかしい」


 危うく某ネコ型ロボットみたいになりかけながら俺はそう言った。同意がなければどちらにせよ犯罪だろう。あと、俺は特盛を見慣れているからそれほど羨ましくはない。爆盛だとしてもそれほど心動かされることはないだろう。俺が愛すべきは特盛なのだ。俺の薄い反応でどう思ったのか、涼宮は終いにはセーラー服の下から手を突っ込んでじかに揉み始めた。


「たたたす助けてえ!」


 みくるさんは顔を真っ赤にして手足をバタつかせていた。さて、どうしたものだろう。彼女は本気で助けを求めているのだろうか。だいたい、未来人であるはずのみくるさんが、こうも簡単に涼宮にいいようにされているというのがどうにもおかしい。もし仮に、彼女が何か目的をもって涼宮に接触しているのだとしたら、俺が手を出すのは迷惑になってしまうかもしれない。いやでも、それだったら昨晩会った時に伝えてくれそうだけど。俺はどうしたものか考えていたが、すぐ横にお助けキャラがいたことを思い出した。


「長門さん長門さん。あれ、いじめだと思う?百合だと思う?」



 結論から言うと、もっと早い段階で助けないといけない事案だった。蹴破るようにして部室に飛び込んできた朝倉委員長がすぐさまみくるさんを涼宮から引きはがし、涼宮と俺に雷を落とした。なんで俺まで…。

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