第20話

 俺はみくるさんの前で正座させられていた。みくるさんがとても険しい顔をしている。


「言いましたよね?涼宮さんの好感度をカンストさせる自信があるからもう一ヶ月過去に戻してくれって。カンストどころの騒ぎじゃないじゃないですか!!!」


 今は、俺とみくるさんが出会った日の前日の放課後である。この二か月間、俺は放課後のたびに涼宮ハルヒと交流を図り、その都度全身の骨を折られそうになりながら親睦を深めてきたが、いよいよ明日が、涼宮が自分で団を作るという日である。どれほど仲良くなったかというと、俺が知っているプロレス技はだいたいかけられたといえばお分かりいただけただろうか。


「というより、何で涼宮さんじゃなくて他の子と仲良くなっているんですか!」


 涼宮のかけてくるプロレス技がシャレにならない時、ひょっこりと朝倉委員長が現れて難を逃れることが多々あった。普通なら、翌日もお礼を言うべきなのだが、あいにく俺は放課後にしかいないため、当時の俺は一度も朝倉委員長に学校内でお礼を言っていない。それに対し、朝倉委員長は特に気にする風でもなく、また、俺はみくるさんに会うまで朝倉委員長から話しかけられたことはなかったように思う。まあ、もし好意的に話しかけられても、当時の俺は意味が分からなかったと思うが。


「どうしよう…規定事項から外れちゃう」


 みくるさんは険しい顔から泣きそうな顔に変わっていた。俺なりにベストを尽くしたつもりだが、ちょっとだけ罪悪感を感じる。俺はみくるさんから貰った便箋を読み返してみる。


『涼宮ハルヒが自発的に団を作るように仕向ける(本日)』

『文芸部室で涼宮ハルヒとともに長門有希と対面する(本日)』


 そこでふと気が付く。この日のどのタイミングで涼宮は団を作ることを決心し、そして文芸部室へと向かったのか。みくるさんに尋ねると、文芸部室へ向かったのは放課後らしい。決心したのはその日のどこかのタイミングとのことだ。なるほど、ならまだチャンスはあるな。


「みくるさん。明日の昼休みに俺を連れて行ってください」


 そう、昼休みである。過去の俺と出会わずに涼宮ハルヒと接触を図るのは非常に難しいが、放課後をのぞけば一度だけ、つまり昼休みだけは、過去の俺と出会わずに涼宮ハルヒに会いに行くことができる。俺は教室で弁当を食べ、涼宮は学食へと向かうためだ。この機会で涼宮ハルヒに団を作らせるのだ。



 というわけで。俺は今授業終了兼昼休み開始のチャイムの音を聞きながら、学食の前で涼宮を待っている。大事な大事な最後のアタックチャンスである。みくるさんが本当に泣いてしまうのを防ぐべく、どうにかして涼宮になんちゃら団を作らせなければ。


「…うわ」


 学食前の通路に現れた涼宮は、俺を見るなり足を止めてあからさまに嫌そうな声を出した。マジで嫌そうな声出すんじゃねえよ、俺のガラスのハートが割れたらどうするんだ。涼宮は立ち止まったものの、そのままだと昼飯にありつけないことも分かっているので緩慢な動作の大股歩きでこちらに近づいてきた。


「よう涼宮。ちょっと話をしよう」


「あたしはあんたに話なんてないわ。昼時ぐらい嫌いな奴を視界に入れたくないんだけど」


 さて、嫌いな奴とはいったい誰だろう。谷口あたりかな?まあそんなことはどうでもいい。


「学食使うの初めてだからよく分からないんだ。どうやって注文すればいいんだ?」


「あら、そうなの。2階にある購買部で食べたいご飯のチケットを買って、そこの食堂でおばちゃんに渡せばいいのよ」


 そう言って足早に俺の横を通り抜けようとした。そんな面倒なシステムなのか。


「ありがとよ、俺は唐揚げ定食にするかな。教えてくれたお礼にあとでデカい唐揚げを涼宮にやるよ」


「券売機は2階じゃなくて目の前よ。ほらさっさと財布出せ財布」


 俺はネクタイを掴まれて食堂の入り口の陰にあった券売機まで引きずられていった。おい、嘘教えやがったな?涼宮はそれには答えず、俺が500円玉を券売機に入れたとたんに勝手にボタンを押しやがった。


「おばちゃん、唐揚げ定食とサービスランチね。唐揚げの方はデカいのをお願いね」


 もはや鮮やかな手口と言っていいまでの涼宮の一連の行動に俺が感心すべきか怒るべきか考えていると、わらわらと他の奴らも券売機に群がってきたのでとりあえずその場を離れる。ふと涼宮をみると、渡し口からそそくさとお盆を持って近くの席に座ろうとしていた。俺も自分の唐揚げ定食を受け取りにいくと、そこにあったのはキャベツがのった皿とご飯があった。


「お前お前お前!!!唐揚げ全部持っていきやがったなこの野郎!!!」


 後ろから頭のカチューシャをわしゃわしゃしてやるとハムスターみたいに頬を膨らませた涼宮がムッとした表情で振り返った。


「とーれんのらいかよ!!!」


 唾を飛ばすな、唐揚げをこぼすな、何が当然の代価だ。どうしてくれるんだよ俺の昼飯…キャベツとご飯しかねーじゃねーか。流石に悪いと思ったのだろうか、涼宮がサービスランチについていた福神漬けの小鉢をよこした。もはや何もくれない方がマシなまである。俺は置いてあった調味料のソースをキャベツにかけ、塩をご飯に振りかけた。



「それで?話って何よ」


 俺が物欲しそうに眺めていたサービスランチのメインである白身魚のフライを一口でのみ込んだ後、涼宮が不機嫌そうにそう切り出した。


「え?話聞いてくれるの?」


 てっきり唐揚げの食われ損だと思いきや、一応話を聞いてくれるらしい。鬼かと思いきや、多少の慈悲の心を持っていたか。


「まあいつもよりお腹いっぱいだしね。食後の休憩のついでよ。で、何?」


「あ、あぁ。部活のことなんだが、特に面白いのはなかったって前話してただろ?」


 涼宮は「全然ね」と補足した。ここまでは概ね予定通り。ここからは俺の賭けである。


「でだ。面白そうな部活がないんだったら、俺が作る部活に入らないか?」


 涼宮が「は?」という表情をし、実際にそう言った。つまり、こういうことだ。みくるさんの未来的には、涼宮が自発的に部活を作らないといけないらしい。しかし、必ずしも事実だけが未来に残っているとは限らないだろう。歴史上の事実が後年ひっくり返るなんてことだってあるのだから。ようは、未来から涼宮が作ったと思われる団体を作ってしまえばすべての問題が解決する。どうよ、この俺の天才的なアイデア!


「却下よ。あんたが作る部が面白いわけないじゃない」


 天才的な…そうか、涼宮がノってこないっていうのは想定外だ。マジかよ、思いついた瞬間に俺天才だと思ったから他の可能性を考えてなかった。


「でも…そうね。自分で作るって言うのは確かに悪くないわ。そうよ、ないんだったら自分で作ればいいのよ!」


「…は?」


 なんというウルトラC。アクロバティックな着地過ぎて自分でも軽く引いた。割と真面目に、俺は何のために放課後こいつにしばかれていたのか問い詰めたい。誰にって?知らん。


「言っておくけど、あんたはあたしの作る部に入れないからね」


 気持ち的にはそれで全然かまわないのだが、なんとなくみくるさんが絶叫している声が聞こえた気がしたのでちょっと考える。確かみくるさんからもらった便箋には特に俺が涼宮の部活に入るって話はなかった気がするが、俺が涼宮に部活を作るように発案だけさせて、俺が入部しないってことありえる?


「まあ、あんたはあんたで頑張りなさい。じゃあたしは部室探してくるわ。ご馳走様」


 言うが早いか、涼宮は一目散に走りだしてすぐ見えなくなった。一度みくるさんに合流したいところだが、そんな悠長なことをしている余裕はないように思えた。確かみくるさんの未来では、放課後に文芸部室へ行くはずで、つまりそれまでの間にあいつは文芸部室を見つけたわけだから…俺はまたしても天才的な閃きを思いついた。俺は文芸部室へと真っすぐ向かった。

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