第71話 儀式

オスカーの情報はほぼない。レオンの方はまだ悪役令嬢フローラに付き従っている姿をゲームで知っているから、軽くだが、彼の背景は知っている。

レオンは心からラングレーを愛していて、それを愚かなフローラから守るために自らの意志を貫く。


でも、オスカーが出てくるのは本当に公爵家が陥落するときだけだ。

本当に情報がない。だから、今の私が接してきたオスカーの姿と行動から考えるしかない。



「私は翼から飛び立つ前に天使と手を繋ぎ、ラングレーは悪魔の嫉妬に焼かれるわ」



修道院で教えられた遠回しな言い方を使って、私が成人前に死にそうだし、ラングレー領は隣国と戦争になるよを伝える。

オスカーは悪どいし、合理主義。この間の事件からわかる通り、幼い子どもが可愛いだなんて感性は持ち合わせていないから同情を買うことはできない。

残念ながらオスカーはお披露目されていない子どもは存在しないを地で行く貴族派だ。徹底して双子を居ないものとして扱っていた。

反対に産まれたときからその一族の一員として考えるのが、生誕派。


常識なしの奥様のおかげで、私は普通10歳でお披露目するはずのところ、5歳で誕生日パーティという形で貴族デビューさせられた。まあ、その後に起きたことを考えれば何が目的だったのかは言うに及ばず。


貴族派からしたらお披露目を早めてまで貴族として認知させてから殺そうとするなんて「ラングレー公爵家は馬鹿なの?」ってとこだろう。

醜聞にしたくなければ、デビューさせないうちに始末する。


それでも、オスカーはルイーゼという理由があったにしろ、私のために動いてくれた。

どうやらラングレー領は嫌いじゃないらしいし、私の能力は買ってくれている。それに、人並みに郷土愛はあるし、姉の皇妃様のことを嫌っている素振りはなかった。



「私はラングレーを護りたい」

「ほう……生き残りたいではなく、護りたい、か。初めの敵は?」



オスカーはよくわかっている。異なる価値観の人間が手を組むなら、敵の敵は味方が一番手っ取り早い。共通の敵がいるからこそ、団結する。



「私は内政から固めるの」

「面白い」

「とても素敵でしょう?」

「それで、比較的血の近い私を確保し、能力が近い騎士に領主教育を施すと?」

「国境領を預かっているのよ、当然でしょう?私が私の先を知らなくても、予備は必要だわ」



才覚を現した騎士が出たら婚約してしまえば良いだけなのだから、死と没落が絡んでくる婚約よりも有益なことは間違いない。


オスカーが沈黙しているうちに、振られたときのための算段を計算し始める。

確保できなかったら有能な人材を失うが、ルイーゼがラングレーにいる限りラングレーを陥落させるような災禍を呼んだりはしないから、当初よりは大分マシになった。

オスカーがこれを断るなら、ルイーゼをラングレー領に縛り付けるための策を練ることに専念しよう。



「最終目的は?」

「ラングレーを名前負けしない公爵領にするわ。そして、私は幸福に生きるの」



ラングレーが戦火に呑まれる原因は、臣下の裏切り。それに、実力不相応の身分。

私は結婚でここを出ることが不可能になった以上、ラングレー領の発展と私の長生き作戦はほぼイコール。


それまで眉間に皺を寄せて、私の言葉の真偽を見るように目を細めていたオスカーはすっと口角を上げた。



「良いだろう。そなたが決意を曲げない限り、私の名を預ける。

オスカー・エウラリア・ルクス・ラングレーは、フローラ・ラングレーを主とすることを女神と精霊に誓う」



オスカーの手元にある花、ラングレー領から出た神官ということで氷の花を模した魔道具が銀色の光を帯びる。

ダンディなイケおじが寝台の傍に跪いているとか、背徳的な気分だ。ただ、夢と現実は異なっているために、私はそんなイケおじに愛されているわけではなく、試されているだけだけど。


マルクとエレンのスチルで見た覚えがある儀式だ。宗教的儀式だろうし、返答はきっと同じで良いだろう。



「我が道を共に歩む仲間を得たことを、女神に感謝致します。精霊の導きを信じ、光と闇の調和を願います」



私の返答を聞いたオスカーが一瞬目を見張り、そして笑みを深めた。

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