第68話 ラングレー領事情

傷心の可哀想なフローラを他所に事態は目まぐるしく変わる。

事件が大きくなったのはオスカーの策略なのだから、きちんと後片付けまで彼で受け持って欲しいという私の願望を聞き届けたかのように私は熱を出した。


そうなると、情報をもたらすのはいつもの通りレオンのお手紙。と、新たに届き始めた3通のお手紙。


レオンの報告によると、他の3名もきちんと護衛騎士になるべく努力をしたいとのことで、レオンはきっちり申し送りをしてくれたらしい。

「フローラさまはご自身の知らない情報をもたらされることを喜ぶ」と。


レオンのお手紙には、ラングレー領内のお話と私の友人2人について。ジークはマルスの後のお城の下働きの様子、カールは騎士団について。

アダルフォが意外にも周辺国の状況に触れているのが役に立つ。



「フローラさま、体調はいかがですか?」

「少し良くなったかしら」

「そうですか、ご飯は食べられそうですか?」



献身的にお世話と治療をしてくれる侍女のアンとルイーゼに感謝しながら新たに入った情報を反芻する。もちろん2人からも情報は聞く。

特にルイーゼはオスカーの傍にいるから、他よりも注意するべき情報量が多い。


どうしようかと聞き出したいリストを頭の中で立てながら薬を用意しているのだろうルイーゼの後ろ姿を見やる。



「オスカーさまから、本日、面談が可能かとお伺いが来ております」

「あら、なにかしら」

「フローラ様の希望を伺いとのことです」



意外にもオスカーは直接私に会ってくれるらしい。まだ熱が下がりきらない私と会うには寝室に入ることになるが、神官だからかお目こぼしされるみたいだ。

もしくは、よほどの切迫した事態かのどちらかだ。なんとなく後者な気がしてきた。


あー、頭が痛い。色んな意味で。



「それと、熱が下がり次第、魔道具での通信を予定しております。

ここ数日でラングレー領は完全に冬になり、王都との行き来ができなくなりました。

冬のうちに公爵様へ報告できるのはオスカーさまとフローラさまだけになります。この報告は、オスカーさまとエリアスさまだけでは」

「あぁ、そういうことね」



私という貴族位からの証言がないと、公爵からその場で処分が言い渡されてもおかしくない。

特に今回報告することは、間諜である可能性を諭されながら溺愛していた奥様とその双子が亡くなったという報告なのだから。


私が健気に「奥様に殺されそうになったけど、オスカーとエリアスに助けてもらったの!」とアピールしなければいけないってことか。


とはいえ、結構溺愛してそうだったから、私ごと疎まれそうだ。

領地での人気は明らかに私の方が上でも、成人している誰かの庇護を受けないと流石に生き残れない。


ラングレー公爵の跡継ぎが私だけになったから、急に殺されたりはしなくなっただろう。ついでに、嫁入りもない。とりあえず喫緊の問題が起きないだけ良しとするしかない。


今回の件、ハリスとの婚約を白紙にしなければいけないから、今回1番手痛いのはお父様だ。


とはいえ、領地内で私の次の婚約者を探すこともできない。なぜなら私の年代で、相応な位にいる貴族がいないから。そもそも、ラングレー領に貴族がほとんどいない。

公爵家から分かれている分家筋とかは、お父様が警戒に警戒して、既に有力なところは処分している。


貴族位を持つ騎士すらあまりいない。レオンですら、公爵に婿入りするには身分不相応だ。彼の貴族身分の位置は中級から下級にあたる。

とてもではないが、皇家の外戚であるラングレー公爵配にはなれない。



「アンさま、フローラさまはまだ翼の中にいるべき時期です」

「いいえ、ルイーゼ。心遣いは嬉しいけれど、義務を怠った結果、多くを失うのは私だわ。きちんと聞きます」



翼の中の意味がわからないが、恐らくまだ幼いとかそういう意味合いだろう。

麦粥のスプーンをとりながら、アンにもルイーゼにも報告を促す。



「……弟妹様だけは葬儀が可能となりました」

「もしかして今晩?」

「いえ、オスカーさまがフローラさまが並ばれたいのであれば、待とうと仰っています」



弟妹だけというのは、奥様は無理だったということだろう。直接、ラングレー公爵令嬢に刃を向けて、ラングレー公爵家への謀反を明らかにした女を弔うことはできない。

罪人を処分する魔道具を使って、塵すら残さず消すのがこの世界の流儀らしい。


一歩間違えたら私に使われるのがいただけないが、完全犯罪にはもってこいの魔道具だ。



「並びます。アン、私が並べるだけの服はあるかしら」

「はい、最低限は残しております」



ルイーゼからはオスカーに私の様子が報告される。それを見越した対応を取らないといけない。


目を閉じてみても、私は聖女じゃないから何も見えない。体調不良だから、瞼を下ろしたら頭が回るような気持ち悪さが際立つだけだ。

ぐっと唇を引き結んで、受け入れられない現実を受け入れるかのように演じる。



「セーニャとヴィクトルを見送るわ。私がきちんと並べるまで待って欲しい」

「承知しました。そのようにお伝えいたします」



あの惨劇を見てもトラウマにならないどころか、なんとも思わないなんて、今生の私には何かが欠如しているに違いない。

自分の生命の危機に他人まで見てられない余裕のなさのせいかもしれないが、いつまでもそれでは臣下の忠義を集められない。どこかでなんとかしないと。


不味すぎる麦粥に向かってため息をついた。

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