十七話 第四課
ゆっくりと昇っていくのがわかる。身体がゆるやかに下へと押しつけられる。
エレベーター内の空気はピリピリと肌に刺さる。
隣の大男は二人を小脇に抱えつつも、予断なく周囲に気を配っている。
駅前の三十五階建て高層ビル。二重のカードキーやガードマン常駐、壁面の防音性、ルームサービス付きなどを売りとした高級志向の物件だ。
重い沈黙に耐えきれず、私から口火を切ることにした。
「あなた達は何者なの?」
「……第四課、って聞いたことないか」
呪術師連合の構造は、大和朝廷の国造り制度に似ている。その土地で最も強力な一族に地域の統括権限を委譲し、その地域に住む呪術師をまとめ、対怪異の警戒任務を遂行させる。
しかし、それらとは別に連合直属のエリート呪術師が存在する。
「うわさ程度なら」
「どんな噂だ。正直に言ってくれ」
彼の声は非常に低く、それでいてハキハキと喋るので、なぜだか背筋を糺したくなる。
私は、彼の質問に答えることを少し躊躇った。
「その……汚れ仕事の担当だ、って」
「ま、間違っちゃいないな」
彼の声は酷く乾いていた。
「我々第四課の仕事は、対人戦闘。道を外れ、法でも裁けぬ呪術の罪を罰するのが仕事だ。死人も屍も怪異に分類されるが、元を辿れば人だからな」
エレベーターは三十二階で静かに停止した。
管理の行き届いた廊下は不気味に静まり返っている。
彼は一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「ほい、手伝え」
促されるまま、私は雪姫――否、白羽さんを受け取った。驚くほど軽い。
彼女は苦しそうな表情で、時折小さく呻き声を上げる。
さらさらの黒い髪に、キメの細かく白い肌。適度な大きさの胸に柔らかいふともも。こうして見ると、ただの少女だ。それも男ウケしそうなタイプの大和撫子である。
「しばらくはここが活動拠点になる。それぞれの部屋も用意した」
玄関から出るとすぐにリビングとなっており、やけに高そうなソファと観葉植物、壁に据え付けられたテレビ、そして弓立てが置かれていた。
彼は抱えていた二瀬くんをごろりと床に寝かせる。私も隣に白羽さんを寝かせる。
「二人をどうするの?」
「今のところ、どうしようもないな」
そう言うと、ゆっくりとフードをとった。精悍な顔立ちの青年、といった印象を受けた。口調や声から想像していた年齢より、ずっと若そうだ。二十代後半くらいだろうか。
「アレは八百比丘尼が得意とする一種の侵食結界だ。自分の意識の一部を切り離し、対象の心へ潜り込ませる。解術方法は確立されておらず、分離した彼女が目的を果たして消滅するか、本人が打ち克つかの二択だ」
白羽さんは相変わらず苦しそうだ。一方の二瀬くんは何も感じていないのか、こんこんと眠っている。
「じゃあ、本体を倒せばいいのでは……」
「奴を殺すには二瀬雄哉の刀は不可欠だ。現状、二瀬雄哉が彼女に打ち克つと信じて待つことしかできん。後手にまわってしまった」
彼は悔しそうに歯噛みした。
そこで、ふと一つの疑問が胸の内に湧いて出た。
あまりに手際が良すぎる。二瀬くん、白羽さん、私の三人が一ヶ所に集まったタイミングでの救出、わざと場を乱すような派手な攻撃、八百比丘尼の追跡の甘さ。杞憂とは言い切れないが、彼らが一芝居うってる可能性だって充分あり得るのだ。
私はそっと薙刀を握り締める。今、後ろから斬りかかれば彼はきっと倒せる。しかし、近くに仲間がいた場合はどうなる? あるいは、彼が本当に第四課の人間だったとしたら?
「奥に鍵付きの部屋を用意してある。好きなところを使ってくれ」
彼は私にそう告げると、背中の大弓を立てかけてソファに腰を下ろした。
演技には見えなかった。どのみち、ここで事を荒立てるのは得策ではない。判断を下すにはもう少し情報を引き出す必要がある。
私は薙刀を携え、奥の部屋へと向かった。
部屋には小さめのベッドが一つと、空っぽの棚が置いてあるだけだった。ベッドにはシーツと掛け布団が既にセットされている。
私は薙刀を立てかけると、ベッドにコロンと寝転がる。
疲れていたからか、スッと眠りに落ちていった。
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