十三話 引っ越し

「はーい、そこで止まってくださーい」

 委員長は、ミラー越しに運転手に合図する。

 某有名引っ越し会社のマスコットをでかでかと印刷したトラックは、僕の家の門の前でゆっくりと停止する。

「ユウくん、なんの騒ぎです?」

 白羽さんがサンダルを突っかけて出てくる。藍色の着物が白い肌を一層映えさせ、なんだか艶っぽい。本人曰く、着物の方が落ち着くのだそうだ。

「委員長が家具とか運び込みたいからって、引っ越し業者を呼んできたんだよ」

「それはそれは……」

 あらあら、と言いながら頬に手を当てる。仕草がいちいち古くさい。放っておけば髪を結い始めかねない。

 作業員と打ち合わせを終えた委員長は、小走りに駆け寄ってきた。

「あれ、白羽さんは和装なんだ」

 早々に服装に突っ込む。

「ええ、洋服は落ち着かなくて」

「そう?動きやすいけど」

「なんだかスースーするじゃないですか。特に制服のすかーと。あんなもの、下品極まりないです」

 委員長の笑顔が固まる。

「はい?現代では可愛いっていうんですよ、あれ。それより下着の習慣が無い和装の方がよほど下品だと思いますけれど」

 白羽さんは一気に真っ赤になる。

「な、何を……!さすがにつけてます!」

「ふーん……?」

 自らの有利を確信した委員長は、単調な煽りを繰り返している。白羽さんは耐性がないのか、ムキになって言い返す。

 こういう話はよそでやって欲しい。

「そういや委員長、引っ越し業者なんて頼めるほどお金の余裕あったんだな」

「え? ああ、そのこと。前にも言ったけど、私はこの街の管理権を連合から渡されてる。言い換えれば、この街の呪術関連案件の仕事を一任されてるのよ。だから必要経費は連合に頼めば支払われるし、保護者代理人もやってくれるし、仕事内容に応じた給料も出てるわよ」

 そこまで言った後、彼女はあっ、と大きな声をあげる。

「二瀬くん、連合に登録してないでしょ……?」

 恐る恐る、といった調子で聞いてくる。

「うん。登録とかそういう話以前に、連合の人間に会ったことない」

 彼女は、あー、と言ったまま固まってしまった。

 両親や祖父、親戚の人間たちは皆出勤しているところを見たことが無いので、おそらく彼らは連合に所属していたのだろう。

 刀は刀のままであれ、という方針の徹底ぶりは想像よりずっと深いらしい。

 だいたい僕が連合に所属していれば、1年間誰も生存に気付かないなど有り得ない。連合はおろか、近しい呪術師にすら僕の存在を隠していたのだろう。

「じゃ、私が登録しておくわね。たぶん特例として認められると思うけど……」

 玄関の方から、戸部さーん、と呼びかける声がする。

「すみませんー!大きな家具運び込むので立ち会いお願いしまーす!」

 はーいただいまー、と言って、彼女はそのまま駆けて行ってしまった。


 僕と白羽さんは、邪魔にならないように玄関の外に立っている。

 本棚や机、カラーボックスなどが手際よく運ばれていく。

「ユウくんはどう思ってるんですか?ご両親のこと」

 隣に立っていた白羽さんが、ぼそりと呟く。まるで独り言のようで、聞き流してしまうところだった。

 ちらりと顔を伺うが、何事も無かったかのように運び込まれる家具を見守っている。

「そうだな……まぁ、二人は思い悩んだ結果の選択をしたんだと思うよ。ただ――」

 そこで一旦言葉を切る。


 両親によって感情を抑圧されていたのは紛れもない事実で、思うところがないわけではない。

 しかし、彼らが僕に『一振りの刀となれ』と命じるまでに様々な葛藤があっただろうな、とも思う。



「――ただ、父さんや母さんと本音で話し合いたいな、とは思うかな。もう無理だけどね」


 彼女は微かに笑う。

 そうですか、と言うと、そのまま庭のほうへ歩いて行ってしまった。

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