枩太郎 11

 ガサガサと、細い枝が頬を切る。素肌の前腕に切り傷が増える。どこかの植込みの葉が正大の背中に貼り付いたままだ。

 そうして垣根の草木を強引に割り進んだり、ぬかるんだ土を踏み行かねばならなかったり、親方の言った『抜け道』とやらが険しすぎて、蘇芳は進みながら気を揉んだ。

「よくそんなデカい図体で、こんなせんめぇトコ抜けようと思えたな」

「ここしかないんだ、仕方ない。それにこの道、親方の息子さんが使ってた抜け道なんだって。あの親方の息子だから、彼はそれなりに小柄だったみたいだよ」

「小柄、ねぇ」

 ずんぐりとまではいかないが、親方の身長は然程高くはない。おかみさんも似たような体型だということも踏まえると、親方家族はどんぐりが並ぶようであったろう、と蘇芳は想像した。

(でも顔は先生に似てんだよな? 想像できねぇー)

「着いたっ」

 抜け出た所は草が繁り放題の小さな小さな庭で、丁度屋敷裏にあたる。

「マサヒロさんの部屋のトコか」

「オレが持って出なきゃいけないものはなんもない。蘇芳の部屋に急ごう」

 早口でそう交わし、正大は屋敷を左手に草を踏み分け進み始めた。

 暗がりに目を凝らし進むと、ほんの数十秒で見覚えのある倉の白い壁が目に留まる。「客間の近くまで来れたな」と蘇芳が呟くと同時に、正大は一旦立ち止まり振り返った。

「客間に灯りが点いてない、ってことは、もしかしたらくぅちゃんも夜さまもおかみさんと一緒かもしれない」

「囲炉裏ンとこか?」

「もしかしたら、ね」

 玄関の方向から男たちのざわめきたつ声が聴こえてくる。まるで野次馬までひしめいているかのような、やや緊迫した雰囲気までがビリビリと伝わる。

「行ってみよう」

 正大は言いながら縁側のような廊下に腰かけ、履いていた簡素でボロボロの地下足袋を急ぎ脱ぐ。蘇芳も、先を行った正大に続こうと、履いていた草鞋に手をかけた。

「すぅちゃん!」

 倉の方から耳馴れた一声がした。目を凝らし見ると、くぅであった。声量を絞りに絞り、ようやく届いたものらしい。

「くぅ! よかった、大丈夫だったか」

「おかみさんが今、玄関前にいるの。あたしたちに『しっかり隠れてなさい』って言って外出てって……。あたしは夜さまとあの辺りに隠れてたとこ」

 くぅはそうして倉を指した。

 そうか、と胸を撫で下ろした蘇芳の背後へ、目を丸くした正大が戻ってくる。

「くぅちゃん!」

「正大、さん!」

「よかった、キミがなんともなくて」

「こっちのセリフ。すぅちゃんと一緒で安心した」

 蘇芳が振り返り見た正大もまた、安堵の笑みを浮かべていた。

「よし、んじゃさっさと夜さまと合流しよう。くぅ、忘れモンねぇ?」

「うん、特に」

 蘇芳はさっと立ち上がり、立ち竦んでいる正大を見上げる。

「おら、マサヒロさんも行くぞ。早く履け」

「え、けど、これからどこに行くの?」

 正大は蘇芳へ眉を寄せた。

「決まってんだろ、夜さまと合流して帰るんだよ。元の時代にな」

 そうしてニッと口角を上げた蘇芳は強引に正大の左腕を掴まえ、そこに腰掛けさせた。ドスンと音が鳴ったが構っている時間がもったいないと、蘇芳は正大の左手から地下足袋を簡単に引き抜き、両足に履かせた。

「くぅ、手ェ出せ」

「うんっ」

 慌てて蘇芳は左手を差し出す。それをくぅの右手が掴まえる。

「自分の大事なもんは、自分自身がちゃあんと掴まえとけ」

 蘇芳の左手の中にある小さくて白い艶やかなくぅの右手。それを蘇芳は正大の左手に握らせた。

「えっ」

「ちょ、すぅちゃんっ」

「アンタも、ちゃんとしっかり握ってろよな。次くぅの手ェ放しやがったらサブたちアイツらみたいにぶん殴ってやるからな、覚悟しとけ」

「蘇芳……」

 そうしてくぅと正大を交互に見た蘇芳は、満足そうにゆっくりと笑った。

「──ありがとう」

「ハっ、まだ早ぇよ」

 蘇芳は襟足をガリガリと掻き、照れを逃す。

「正大さん、来た道戻るだろうから案内また頼むな。『元の時代に帰る装置』がどこにあんのかわかんねぇから、これから探さねぇとなんないわけ」

「わかった」

「くぅ、夜さまンとこに案内してくれ」

「うんっ、こっち!」

 ザッザッと草を分けながら、くぅは正大の手を繋ぎ進む。それを後ろから蘇芳が見守りつつ追う。

 チラチラと互いを確認し合い、時折躊躇いを含んだ笑みを向けあっている。まだぎこちないが、本来一緒に居るべき二人がこうして手を繋ぎ歩く様は、蘇芳に充足感を与えた。

「夜さま、お待たせっ!」

 倉の脇まで来ると、そこには『ドア』と夜さまが居た。夜さまは『ドア』の前に腰を下ろし、細長く黒い尻尾をうねらせている。

「くぅ、難儀じゃったな、すまん」

「ったー、この草どーにかなんねぇかな、クソっ」

「すぅ、戻ったか!」

「夜さ──あーっええっ?! 『ドア』こんなとこにあったのか!」

 草を踏み分け夜さまへ辿り着き、夜さまを抱え上げる蘇芳。そして、額と額を付け合いグリグリと首を振った。

「ったく、『知らねぇ』って嘘つきやがったなこんにゃろー」

「フン、儂の気遣いも見抜けんとは、フフッ。まだまだ若造じゃな」

 倉の壁にボウと佇む『ドア』は相変わらずドンと、ズンとしている。壁や建物に埋まっているわけでもなく、ただそこにドア枠と扉が佇む様は、正大の目にかなり異様に映っていた。それと同時に既視感におそわれ、枩太郎のときに『ドア』に呑まれた瞬間の記憶が蘇る。

「あぁ……ああ、オレは──」

 正大は生唾をゴクリとし、その緊張感に唇をひと舐めする。



       ◆


   ◆       ◆



「触れてはならん!」

 あの時、微かに誰かの叫びが聴こえた気がした。だけど、突風と共にゴッという風圧を受け、オレはドアの向こうの真っ黒の空間へと引き摺り込まれた。



   ◆       ◆


       ◆



(あのときのあの声、夜さまの声だったんか)

 くぅと手を繋いだままの正大は、ポカンと口を開けて夜さまが人の言葉を話す様に納得していた。

「──思い出したよ、夜さま」

 蘇芳が夜さまを肩に乗せると、すぐに夜さまと正大の視線がかち合う。夜さまは切なげにアメジストのような深い色の瞳を細めて言った。

「今は『正大』、じゃったのう」

「うん」

 正大と夜さまは、互いの瞳を見つめ合った。夜さまは正大の発言の真意を解こうとして見つめているわけだが、正大がこうして切な気に視線を向けるのは、記憶回帰後の整合からであろうか。

「キミがどうして人の言葉を話すのかとか、いろんな疑問も沸いてくるけど……それはどうしたら?」

「話せば長い」

「まぁ、そうだろうね。ともかく、すっかり元気になったのは、ホントによかった」

 一度目を伏せた夜さまは、改めて口を開く。

「ヌシがすぅとくぅとここに来た、ということは、元の時代に帰り行くことに合意した、と認識するが」

 「よいか?」と夜さまが声を潜める。

「ああ、合意する」

 正大はぎゅ、とくぅの右手を強く握った。

「オレは、元の時代で未来を作る、くる──元のオレたちで。たとえ関係がどうなったとしても、前を向く決心をしたよ」

 くぅは正大を見上げ、静かにその頬に一筋涙を伝わせた。

 蘇芳は顔を喜びで歪めながら、何度もガクガクと頷いた。

「うむ。互いに話すべき事柄は山のように在るが、今この時代に於いて悠長にやっとる時間はない。追っ手も来とるでな。進み行ってから存分に話すとしようぞ」

 肩に乗っている夜さまは、蘇芳へ『ドア』を開けるよう目配せをする。蘇芳はそこで「あのさ」と口を開いた。

「俺らのせいで親方やおかみさんにこんな風に何かあんのは、ちょっと違うと思うんだよ。また俺の甘い考えだったらハッキリ断ってくれて構わないからさ、何か残すことで罪みたいのにならねぇようにしてやれねぇかな」

 夜さまは、間近で見る蘇芳のまなざしに弱い。「ううーむ」としばし唸りながら逡巡し、やがてスルリと蘇芳から下りた。

「ではあれを、取り出すかの」

「『あれ』?」

 夜さま以外の全員がハテナを浮かべていると、夜さまは右前足をぬっと持ち上げた。

「ヌシがラグエルで肩や腹を射られた折に、ヌシの胸の内に埋めた『一五〇〇年時代にて頂戴した謝礼』の品々を取り出す」

 珊瑚色のあの珠のことだ、と蘇芳は目を口をポカリと開けた。

「って、やっぱ埋めてたのか! なんか見ねぇなってラグエルで思ってたんだよ! 落としたかと思った。ったく、早く言えよ!」

「そのような機会はなかったじゃろ」

「いやちょっとくらいあったね」

「もう! ケンカしてないで早く進もうよっ」

 くぅがピシャリと遮ると、正大は小さく「フフッ」と笑った。

 つられてくぅも、目を細める。

「はぁー、ったくさぁ」

 両手の指の関節をバキボキっバキボキっと鳴らし終えた蘇芳は、小さく口角を上げた。

「しゃがめばいいか?」

「いや、儂の右手がヌシの胸の位置にくればよい。持ち上げてくれ」

 蘇芳はそっと夜さまの両脇を抱え、胸の前で止める。

「では、『抜き取りの魔法を施す』──」

 夜さまは再び右前足を持ち上げ蘇芳の胸にあてがう。するとホワ、と淡く薄い藤色にその身を発光させた。

 胸の中心よりもやや高い位置から、ポワンと何かが現れ出でた。ピンポン玉にしては大きく、テニスボールにしては小さい。掌に納まるサイズの珊瑚色の珠が、蘇芳の胸から夜さまの右前足に引っ張られるように出てくる。

 夜さまの発光が終わると同時に、珊瑚色の珠はぽたりと地に落ちた。

 夜さまをそっと下ろし、代わりに珠を拾う。

「これをどうすんだ?」

「ヌシさえ良ければじゃが、これを元の品々に戻し、『骨董品』とし客間に置いて去る」

「骨董品」

「そうか。骨董品や反物なら役人に納められるから、いくらかは金の代わりになるかもしれない。珍しい年代物で、それも綺麗な状態なら殊更ことさら金になる」

 正大がそっと付け加えた。蘇芳は「へぇ」と目を丸くし微笑む。

「さすがだな、先生」

 夜さまへ珠を突き出し、蘇芳は続けた。

「こん中は確か、反物が少しと、干物と陶磁器なんかもあったと思う。干物は腐ってねぇか怖いけどさ、元に戻して、使えるものだけでも使ってもらおう」

 爽やかに言ってのける蘇芳へ、そろりと夜さまが窺う。

「まことに、良いのじゃな?」

「ああ。善意の気持ちもこうやって廻しといて損になんねぇと思う。大体、俺が元の時代に持って帰っても困るだけだ。どーせジイちゃんに上手く説明したって、ガーンと怒られるのは目に見えてる」

 肩を竦めて笑う蘇芳から、夜さまは珠を受け取った。

「正大、その手拭てぬぐいは必要かの」

「これ?」

 首に引っかけてある白い手拭を夜さまへ差し出す。夜さまは正大へ近付きそれを受け取った。

「うむ。これを共に置き去れば、正大の目印となり諸々伝わることじゃろ」

「いいね、夜さまは賢いなぁ」

 正大はそっとくぅと手を離し、手拭を夜さまの首もとに緩く巻き、持たせた。

「では、客間にてこれを元に戻してこよう。儂がここへ戻ったらすぐに『ドア』を開け進む、よいな」

 ぐるりと夜さまは一同を見た。

 三人は深くひとつずつ頷く。

 ふっ、と口の端を持ち上げた夜さまは、珊瑚色の珠を咥えて草の合間を駆けていった。



       ◆



 弱い魔法を駆使し、簡単に客間の襖を開け閉めし入室する。がらんとしたそこへさっさと蘇芳から取り出した珊瑚色の珠を転がし、フゥーっとその身の底に行き渡るよう、深呼吸で気を整える。

 瞼を伏せ、右前足を持ち上げ真っ直ぐに伸ばす。

「──『解除』」

 ポワッと一瞬、夜さまは濃い紫色に発光する。

 瞼を持ち上げると、珊瑚色の珠は、広げられた風呂敷の上にガチャガチャと物が散乱した状態へと戻っていた。

「ほお、これはまた……」

 蘇芳の言っていたとおり、反物が三巻、小さな木箱に入れられた陶磁器のようなものが二つ、水筒代わりの竹筒に、三人分の魚の干物が数種、玄米や雑穀米が炊く前の状態で三人が約六日を凌げるほど包まれていた。

「傷みも無い、全て使えそうじゃの。米は特に貴重じゃろうて」

 人望とはこういうことを言うのであろう、と夜さまは思わず温かな笑みが溢れた。

 蘇芳が短期間にあの時代で行ったことは、人々にこれほどのことをさせるものであったかと、再認識する。

 これを初めに見たあの『狭間』では、『想い慕う心』を欠いていたこともあり、口では良く言ったもののいまいち理解に落とし込めてはいなかった。

「さすが、日向太の祖父じゃわ」

 記憶回帰が全て終わった『今の夜さま』であるから再びわかる。未だ隠れて周囲にも当人にも認識されていない、彼の懐の深さや大きさを。

 首をブンブンと振り、正大の手拭を首から外す。ほどけたそれを柔くみ、品々の上にそっと乗せる。

 そのタイミングで、廊下を歩み来る複数の足音が聴こえた。

 目を細めた夜さまは、タっとそこから駆け出す。弱い魔法を駆使し、簡単に襖を開け閉めし退出した。



   ◆   ◆   ◆



 くぅのサガシモノを捜したい。

 くぅの目的を、遂げさせたい。



   ◆   ◆   ◆



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